■ひろたりあん通信バックナンバー
▼2003年 4月号
地名推理ファイル歴史探偵 高丸の地名推理ファイル
■ファイル5 美しが丘(後編)
 航空写真からは坂がどれだけ急だったのかは判別つかない。現在、平崎橋や平原橋の交差点からたまプラーザに向かう道は急な坂が長く続いて歩いて上るには骨が折れる。

「ほら、ここなんかはすごい崖だったよ」

 崖や谷は黒い影となってくっきりと写りこむ。ちょうど美しが丘三丁目と四丁目の境界線が当時の峰道で、三丁目の谷に向かって大きな崖が落ち込んでいた。

「その峰道の所に(てんで山)って言うのがあって、そこからは遠く南武線の汽笛が聞こえたもんだったな〜!そして、ここが胸突き坂、この辺りもひどい坂だった。俺も子供の頃、新聞配達のバイトをしたことがあるけど、その当時は自転車だったから、そりゃあ大変で、自転車置いて歩いて配るっきゃなかったよ」

イサムさんは一つ一つ説明してくれながら遠い子供の頃を思い出している。

「そういえば、(のぼりざか)や(はんべいざか)と言う屋号の家があるよ」

 屋号は村内で同じ名字を区別する為に使われる各家の呼び名で、土地の特徴や商売名、職業など様々な名前がついている。

「ワハハッ!肝心なのを忘れていた。金子の本家の前の道は(うま坂)と言っていた」

「うま坂?それってまさか、馬の通った道?」

(実は、先月号の「わが街今昔」の写真が「うま坂」で昼なお暗い鬱蒼とした砂利道だったそうです。横に写っているのが金子家の本家です)

「さあ〜それはどうだか、兄貴なら知っているかな?」

 金子家長男のケイイチさんは、イサムさん以上にこの辺りの歴史に精通している。特集記事で祭りを取材した時には平川神社の由来や石川村の歴史を詳しくお聞きした。やはり鎧兜が似合いそうな武将の風貌だが、弟のイサムさんが武闘派 なら、お兄さんは温厚な知性派といった趣だ。

馬と猿
 その「うま坂」を上っていくと平川神社に辿り着く。

 ケイイチさんによると平川神社の祭神は山王権現(大山咋神)と猿田彦尊だそうで、地元では「山王(さんのう)様」と呼んでいました。

 昔この地には野猿が多く棲息していて、田畑を荒らしまわって村人を散々困らせたそうです。村人は仕方なく猿を殺して作物を守ったのですが、猿は山の神の使い。神罰を恐れて社を建て、猿を祀ったという言い伝えがこの神社にはあるそうです。

「馬坂で思い出したんだけど、猿って言うのは馬を守る神様なんですよ」

「ほぉ〜お!」

「江戸時代、武士の家では正月、五月、九月に猿回しを屋敷に呼んで、馬の無病息災を願って厩のお祓いをしたと言います」

「何よ〜!猿回しってのはそんな意味があるのかよ?」

「山王様の総本山、近江坂本(滋賀県)の日吉大社も猿は神馬の供をする神の使いとされています。その山王信仰を基盤にして山王一実神道をつくり、徳川家康、秀忠、家光の政治顧問でもあった天海僧正。彼が造らせた日光の東照宮にも猿がいるんです」

「日光?おっ、分かった!日光猿軍団!」

「そうそう猿回しだけに・・・違う!違う!有名な見猿、言わ猿、聞か猿ですよ。」

「アハハッ!」

「その彫刻があるのが神厩舎と言う馬小屋なんです」

「へーっ、でも何で猿が馬を守るのよ?」

「猿は馬の身体についた害虫を取るとか、また陰陽五行の十二支では、火の象徴(馬)を水の象徴(猿)が抑えるからだとか、説はいろいろあるんですよ。

 さっきの猿回しや東照宮の猿の彫り物は馬を守るだけじゃなく、火から建物を守る意味もあったらしいですよ」

「地名にもありますよ。横須賀港に浮かぶ猿島。ここも馬と関係があるんですよ。鎌倉時代、三浦半島には三浦一族の馬牧があって、東北と馬の交易をしていたんです。つまり房総半島経由で東京湾を船で運ばれる馬を守る意味が猿島の名前には込められていたそうです。茨城県には猿島(さしま)郡があって、ここにも古代の牧(長洲牧)があって、あの平将門の本拠地で、将門はこの牧の長官だったと言われています。」

「そうか、ここにあった石川の牧と平川神社の猿と何か関係があるってことか」

「いや単なる思いつき、想像ですよ。そう言えば平川神社の階段は何で曲がりくねっているんです?」

「そうなんだよ。区画整理であんなになっちゃったけど、昔は真っ直ぐで、ほらバス通りの向こうの石灯籠の方まで参道が続いていたんだよ。昔は村芝居なんかもやったなあ。早淵川も綺麗でさ、ウナギやタナゴを捕まえたり・・・蛍だって沢山いたんだよ、宮ちゃん」

「ホタル!居酒屋の名前はそれで付けたんですね」

 イサムさんに限らず、地元の人達にとって、開発以前の自然豊かな平川の景観こそ、いつまでも心に残る故郷の姿なのだろう。

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 次回は元石川編です。
                                   (つづく)宮 澤(挿画とも)

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