| ■ひろたりあん通信バックナンバー |
| ▼2003年 11月号 |
| 地名推理ファイル歴史探偵 高丸の地名推理ファイル」 |
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■ファイル8 荏子田(前編) 荏子田。石川村で唯一昔の名前を残している町。平川が美しが丘、牛込があざみ野など、他の集落が宅地開発の過程において新しい名前に変わり生まれ変わっていく中、その名と同じく今でも自然が豊富で昔の面影が残っている土地である。「えこだ」と読む。「エコだ!」なんと地球に優しい土地であろう。(そのエコとは違う。横浜はG30!) 石川の他の集落が例の荏田・石川の水争いに因んだ?名前であるのに荏子田にはそのような話が無い。読み方も地元の人は「えごだ」と濁って発音する。中には「えごた」と言う人もいる。いったいどれが正しいのだろうか? 枝のような細い道 今から二百年前、江戸時代に編纂された『新編武蔵風土記』と言う書物には「枝子田」と表記されている。(枝のように小さな道が分かれていた)からと言う解釈もされている。しかしどうだろう、この土地には古代の横穴古墳が残っていることから古くから人が住んだ土地だと思われる。だとすると元々あった地名にあとから漢字を当てたと考えた方がすっきり来る。 同じ青葉区のある仙台市は古くは川に囲まれた土地なので「川内」と書いて「せんだい」と読み、その後、永く栄えるようにと「千代」になり、最後に伊達政宗が今の仙台に改めて今に続いている。日本の地名はヤマトコトバの音に漢字を当てたものがほとんどなのである。 それに江戸時代から近代にかけては固有名詞の漢字表記は結構いい加減でアバウトなのだ。例えば保木が保儀だったり、石川が石河だったり、地名だけでなく人物名なども私文書のみか公文書までも間違った漢字を平気で使っている。古文書を読んでいて呆れることもある。当時は音さえ合っていれば漢字は適当でもよかったのです。 余談だが、幕末の新撰組は撰の字が選になっていたりする。その局長の「近藤勇」は「伊三美」や「勇美」と適当に書かれているし、「沖田総司」も自らの手紙に「総二」と書いている。「坂本龍馬」なども手紙に「坂本良馬」と書かれていて面白い。 読み方を分かってもらう為ならこれもOKだったのだろう。 東京の江古田 さて、荏子田である。東京の練馬区に「江古田」と言う同名の駅がある。昔、西武池袋線沿線に住んでいたのでこの駅は馴染み深い。武蔵大学の近くの漫画喫茶にはちょくちょく足を運んだものだ。最近は「新江古田駅」と言う地下鉄大江戸線の駅も出来たらしい。西武線の駅は「えこだ」と読む。大江戸線は「えごた」と濁る。しかも両駅とも江古田の町ではない。本当の江古田と言う町はそれよりも少し南の中野区にあるから、まったくややこしい。駅は西武新宿線の沼袋が近い。歴史的には江戸城を造った太田道灌がこの土地の豊島氏と戦った『江古田原・沼袋の戦い』(1476年)が記録に残っている。 沼袋駅の近くに歴史民族資料館があるので地名に関して何かわかるのではないかと休みを利用して二十年ぶりに訪ねてみた。ゴミゴミと細い路地がいりくんで相変わらず東京は息が詰まる。青葉区の荏子田とはエライ違いだ。 エゴノキ 地名の由来に関してはハッキリとこれだとは言えないが、幾つかの説があることが分かった。一つはこの辺りに「えごのき」が群生していた。または荏胡麻(えごま)がとれたという植物説。また「古田(こだ)」と言う水田が広がっていたという説。この中で一番有力なのが「えごのき」説で田んぼの畦道に沢山植えられていたからだと言われている。言われていると言われても「えごのき」がどんな木なのかよく知らない。たぶん見てはいるのだろうが「これがそうですよ」と説明されたことがないので思い浮かばない。全国的に雑木林や水辺で見かける木で万葉集にも歌われている有名な木なのに恥ずかしい話だ。荏子田にもかつて川のほとりに沢山あって石鹸や魚を捕るのに使われたという。白い果皮には毒(サポニン)が含まれていて、それが名前の由来である。 (やはり、えごのき説か?ではエゴが正しいのだろうか?) 住みやすい土地 例によって語源辞典からも拾ってみると、エグ(刳)・タ(処)から「山の側面のくぼみ」「川岸のえぐれた所」「岩穴」「溝」そして「丘に囲まれたところ」と解説されている。 旧道を荏子田に向かう。平崎橋の交差点近くの佐登屋さんと安藤酒店さんの間の路地を抜けてしばらく行くと「元石川高校行き」のバス通りに出る、それを右に曲がり、次の信号をまた右に曲がって進むと横穴古墳(通称かんかん穴)と八幡社に出る。この辺りは八幡谷戸と呼ばれている。 荏子田は北側(保木)に山を背負い、南側(船頭)は雑木林に囲まれて冬は暖かく、夏は南風で涼しく、四季を通じて山内で一番住みやすい土地だと言われている。 宮 澤 |