■ひろたりあん通信バックナンバー
 2004年6月号 
わが街 今昔
■都筑区中川3丁目(昭和60年)
 

  眼下に流れる早淵川に沿って矢倉沢往還(大山街道)が通っていました。右手すぐに荏田宿、左手は牛久保から有馬を抜けて溝口へと向います。この辺りの道は平成初期まで竹林や雑木林が鬱蒼と繁っていて、古い街道の面影が残っていたそうです。   中川は古く都筑郡大棚村でした。棚は田名や田奈に通じ、山の傾斜が緩やかに横に広がった地形を意味するそうです。港北ニュータウンの建設事業によって"大タナ"は削られ、住宅街へと変貌を遂げました。写真中央、鍛冶橋を渡った向こうの山が鍛冶山です。鍛冶屋さんの住居や作業場があったからだと言われています。
 

 写真提供 荏田町 藤井さん



荏田町(荏田ビレッジ)より中川を望む(平成16年5月)
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