■ひろたりあん通信バックナンバー
▼2004年7月号 
地名推理ファイル歴史探偵 高丸の地名推理ファイル」
ファイル11 黒須田・鉄編(後編) 

 黒須田川の別名は「うた川」であった。確かに市ヶ尾高校の西側には「歌川橋」と言う名前の橋がかかっている。この事は何を意味するのか?ウタ、アイヌ語のオタ(砂金・砂鉄)と言う私的解釈で言うなら、やはり金属資源との関わりが非常にウタガワしい。

美味しい米
 黒須田の米が美味しかったことは冒頭で述べた。米の味は水質や土壌に含まれるビタミンやミネラルなどの成分が大きく左右すると言われている。はたして黒須田川の土壌はどうだったのだろうか…?
 ふと、一人の後輩の顔が頭に浮かんだ。彼は鹿児島の種子島出身で、時々実家でとれた米を送ってくれる。

 「へぇ〜種子島で米なんか出来るんだ〜?」

思わず疑問を口にした私に、

「何言っているんですか!種子島は日本の稲作のルーツなんですよ。日本一早い新米も出来るし、赤米と言う古代米は島の特産品なんです!」

 と口をとがらせて、自慢げに話していたのを思い出した。

 古代米(赤米・黒米)は弥生時代に海を渡って来た稲の原種で、玄米の部分に色が付いている。普通の白米に比べてビタミン・ミネラル・鉄分などが豊富に含まれている。この古代米を白米に混ぜて炊くと赤いご飯になるが、お祝いの時などに食べる赤飯は、この古代米御飯の名残だと言われている。彼が送ってくれる米は古代米ではないが、種子島の米は案に相違して中々美味なのである。

 種子島の地名は二千年前から沢山の米が獲れたことで「タネの島」、タネが島になったと言う説がある。またアイヌ語のタンネ(細長い)島からきているとも言われている。
 種子島と言えば何といっても火縄銃である。1543年、種子島に漂着したポルトガル人によって、二挺の火縄銃がもたらされた。これを手に入れた時の島主・種子島時尭(ときたか)はすぐさま製造法を学ばせ、複製を作るように命じた。そして10年後、鉄砲は国内で大量生産されるようになり、その後の日本の歴史が大きく塗り替えられたことは、誰でも知っている史実である。しかし、これが単なる偶然ではなく、種子島と言う土地だから成しえた結果だと言うことを、知る人は少ない。何故?種子島なのか。

砂鉄の島
 実は種子島は良質の砂鉄の産地なのである。そのため当時全国の鍛冶師たちが、砂鉄を求めてこの島に集まっていた。その中にわが美濃の国、関(岐阜県、関の孫六で有名な刃物の町)の刀鍛冶「八板金兵衛」がいた。彼の刀鍛冶としての技術と熱意によって、わずか二年で国産第一号の鉄砲が完成したのである。この時、鉄砲の構造(ネジ)を教えてもらう事を引き換えに、自分の娘をポルトガル人に嫁がせている。父の悲願のためにその身を犠牲にした「わかさ姫」の愛がなければ、種子島の鉄砲は完成しなかったのである。
 美濃が誇る刀鍛冶とその娘の親子の絆!なんと八板家の系図によると「わかさ姫」の誕生日は私と同じ4月15・・・ってそんなことはどうでもいい!ようするに鉄分を含む土地と「美味しい米」の関係を言いたかったのである。
(う〜ん。やはり、土壌が問題なんだよな。土壌、どじょう・・・どじょうすくい、泥鰌すくいと言えば安来節。あら、えっさっさ〜♪)

ドジョウすくい 
 そうそう、島根県の民謡「安来節」はどじょうすくいのユーモラスな踊りで有名だが、あのどじょうは、どじょうのことではなく、どじょうのことなのだ(?)つまり、魚の泥鰌ではなく土壌なのだ。
  安来は出雲砂鉄の産地である。江戸時代、日本刀に必要な玉鋼(たまはがね)は、この安来から全国の刀鍛冶の元へ送られていた。今でも日立金属・安来工場で作られる「ヤスキハガネ」は、カミソリからジェットエンジンのタービンまで、最高級刃物鋼のトップブランドとして、世界中にその名が知れ渡っている。
  安来駅の近くにある「和鋼博物館」では、日本古来の製鉄法「たたら製鉄」の用具の展示や映像や体験コーナーを通じて、古代日本の製鉄の歴史 や流通を学ぶことができるのである。

 ウタリ
 話を黒須田川に戻そう。大場町と鉄町の境に「子金橋」と言う橋がかかっている。鉄町の旧字名を調べると、子金岡や金水谷戸の名前もみえる。 この地名からもこの川が金属と関わりが深いと言えるのではないだろうか。地名辞典によると「ウタ」には「湿地」の意味があると言う。しかし、エタ(江田)やムタ(牟田)なども湿地だとされているので、 まさに日本は湿地だらけだ。金の字がつく字名とどう結びつければ良いのだろうか。かといって、すべてをアイヌ語で解釈するのも、どうかと思うのだが…。

 あざみ野駅の南側、江田駅方面に 向って線路沿いを少し下ったところに「宇多り公園」と言う変わった名前の公園がある。「宇多」は漢字で「り」だけひらがなだ。地元の人に聞くとこの辺りは「うたり」という字名だったそうだ。

 北海道にアイヌ民族で構成する社団法人「ウタリ協会」がある。ウタリとは(仲間、同胞)と言うアイヌ語である。過去にアイヌ と言う言葉が差別用語として使われていたことから、彼らアイヌ民族はウタリ(仲間)と言う語を選んで差別問題と取り組んできた。(因みにアイヌとは【人間】のことである)
 地元の人に聞いても「宇多り」の意味は分からない。なぜこの関東の地にアイヌ語のような意味不明の地名があるのだろうか?

「宇多り」の隣の「赤田 」である。いぜん赤田地区の地主の方から赤田の地名について面白い話を聞いた。

「この辺りの田んぼの水は赤い色だったんだよ。たぶん、鉄分が多かったんだろうね 。赤い田んぼ。だから赤田なんだよ」

 赤の付く地名には鉄のサビから来たものもあると聞く。赤田の赤に黒須田、鉄の黒。 (う〜ん。謎が謎呼ぶ『赤と黒のミステリー』。そして歌川のウタとウタリ。鉄とアイヌの謎。う〜ん!それにしても今年の夏は暑い!のどが渇いた。そうだ!子金橋の近くの焼きとり屋 でホッピーでも呑みながら考えよっと。)
                                    次回 鴨志田編につづく


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