■ひろたりあん通信バックナンバー
▼2004年8月号 
地名推理ファイル歴史探偵 高丸の地名推理ファイル」
ファイル12 鴨志田(前編)   

 鴨をご馳走になった。先日、美しが丘が生んだ天才落語家「林家錦平師匠」の落語を聞きに池袋まで出かけたおり、一緒に行った美しが丘在住のT川さんに「おまえに、旨いもん食わせてやる」と連れて行かれたのが『笹周(ささしゅう)』というお店。東京でも有名な鴨料理の店で囲炉裏で鴨を焼いて食べさせてくれる。しかも、この店の鴨は合鴨などではなく天然の真鴨。この野趣あふれる鴨の串焼きに、店主お薦めの吟醸酒で一杯っ…、

「こらこら!なんですかこの書き出しは」
いつも温厚な編集キャップが険しい顔で睨んでいる。
「い、いや鴨志田編ってことで悩んでいるうちに、この間の鴨の味を思いだしちゃって、つい・・・。まずいですよね、お店の宣伝は…」
「そんなことを言ってるんじゃない。なんで自分だけご馳走になってるの?それも鴨串に吟醸酒だってぇ、く〜〜っ!」
「そんな真鴨、いや真顔で怒んなくても…」
「こんな無駄話で字数をかせごうと思ってもダメですよ」
「ゲッ!」
「あっ、それから締め切りもちゃんと守ること!」
「ゲゲッ!」

鴨志田一族
 鴨志田(かもしだ)。古くは都筑郡鴨志田村。明治二十二年の市町村制施行の際、寺家村、成合村、上谷本村、下谷本村、鉄村、黒須田村、大場村、市ケ尾村、北八朔村、西八朔村、小山村、青砥村、下麻生村を合併して中里村大字鴨志田となり、昭和十四年の横浜市編入の際、鴨志田町となった。このことからも分かるようにかなり古い地名であることは間違いない。
 地元の人によると、鎌倉時代に源頼朝の御家人である鴨志田一族が住んでいたことから、この地名が付いたという。

 鴨志田一族については二〇〇二年2月号の特集記事で紹介した。その一族が残したといわれる、神奈川県最古の板碑(いたび)がこの地に残っている。ほかに江田小次郎、石河六郎、都筑三郎など、鎌倉時代には青葉区周辺の地名と同じ苗字をもつ御家人達がいたことは、鎌倉幕府の公的記録書『吾妻鏡』にも記されている。

地名が苗字
 ただ、以前にも書いたと思うが、日本人の苗字の8割は地名(居住地や先祖の出身地)などから付けられている。おそらく鴨志田氏が住んだから鴨志田なのではなく、この「かもしだ」と呼ばれていた土地を所領にしたことで、鴨志田という姓を名乗ったのではなかろうか。
 『吾妻鏡』によれば、1190年、頼朝上洛の先陣である畠山重忠の随兵(ずいひょう=供をする兵)として、鴨志田十郎をはじめ先述の御家人たちが列に加わったとある。
 ここで登場するのが、あの馬を愛する鎌倉武士の鑑(かがみ)「畠山重忠」である。(あざみ野編参照)因みに畠山重忠の正式名称は、畠山荘司平次郎重忠と言う。(えっ、どこで区切るか分からない?)
 つまり「畠山と言う荘園(土地)を任されているのは平氏の次男坊である平(たいらの)重忠であるぞよ」と言う意味なのだ。この時代、自分が任された領地を苗字にすることは、武士にとってのステイタスだったのである。

畠山重忠と牧
 畠山重忠が新石川にある驚神社を崇敬していたこと、そして驚神社がかつてこの一帯にあったと言う「石川の牧」の総鎮守だったということは「あざみ野編」で書いた。その「石川の牧」は驚神社のある石川村からこの鴨志田村、隣の川崎市の早野にかけ、数箇所存在したといわれている。源頼朝の「するすみ」や畠山重忠の「三日月」と言った名馬も、この石川の牧から献上されたという言い伝えがあり、鴨志田では第二次世界大戦前まで、甲(かぶと)神社の西側に競馬場があったそうである。行って見たが、神社の西側に確かに段丘状の地形がある。この土地は腰巻(こしまき)と呼ばれていて、先述の板碑はこの上にある。実際に歩いてみたが、見ようによっては、競馬場の観覧席に思えなくもない。
 最近、「立野牧」(港北区にあったと伝えられる牧場)と武蔵七党の綴(都筑)党との関係が話題にのぼったが、「石川の牧」も鴨志田、石河と言った鎌倉の武士団と、深い繋がりがあったのではないだろうか。

甲(かぶと)神社
 頼朝に最も信頼された武将・畠山重忠も頼朝亡き後、執権・北条氏の陰謀により謀反の疑いをかけられ滅ぼされる。(鎌倉の実権を一手に握りたい北条氏にとって幕府草創期の語下人は邪魔な存在であった。 そのため、三浦氏、和田氏などライバルはことごとく滅ぼされている) 

 1205年、畠山重忠は二俣川の戦い(横浜市旭区)で敗れ最後をとげる。このとき、鴨志田一族は畠山重忠に加担。のちにこの事が幕府の知るところとなり、一族は離散し、恩田の地に逃れて百姓になったと伝えられている。武士を捨てた鴨志田一族が、この地を離れる時に、甲(かぶと)や刀を捨てたのが「甲神社」となったそうだ。
(かぶと?そうか鴨の字は甲に鳥だ。これは何かある。でも鴨は何でカブトの鳥なんだ?う〜ん、逆さにしたら鳥のカブト。トリカブト〜!ゲッ! 余談だが、毒草で有名なトリカブトは花の形が神楽舞いで頭に被る鳥兜と言う装束に似ていることから付いた)

 「鴨」の付く地名は青森から九州までかなり多い。日本人にとってよほど思い入れのある鳥に違いない。
                                              つづく   


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