| ■ひろたりあん通信バックナンバー |
| ▼2004年9月号 |
| 地名推理ファイル歴史探偵 高丸の地名推理ファイル」 |
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■ファイル12 鴨志田(中編) 運転免許試験場があることで神奈川県民なら誰もが知っている旭区の二俣川。 今からちょうど800年前、この地を舞台にして「二俣川(鶴ヶ峰)の戦い」は起った。 この戦いで一族もろとも討ち死にした鎌倉武士の鑑・畠山重忠公は、このファイルにも度々登場し、石川の牧や驚神社とも因縁浅からぬ関係があったと思われる。 先日、免許の更新のため二俣川に行く機会があったので、その終焉の地を訪ねてみることにした。(これも何かの縁。えっ、なんで警察署じゃなくて試験場で更新するんだよ?って ・・・う〜ん、たぶん重忠公のお導きなのではないでしょうか) 爽やかな男 「すいません。史跡を訪ねているので、地図見せてもらっていいですか?」 言いながら入っていくと、若いお巡りさんが、「どうぞ」と椅子をすすめてくれた。しかも分厚い地図を持ち出してきて、一緒になって探してくれる。その熱心さもさることながら、礼を言ってドアを出ようとした背中に「お気をつけて!」の声。この熱暑で汗ばんでいる体と心に、爽やかな風が吹きぬけて、心地よさと感動を覚えつつ、交番をあとにした。 教えられた場所には、重忠公の首塚と終焉の地の案内板があった。敷地の小さな祠(ほこら)にそっと手を合わせる。首塚という場所であるにもかかわらず、とても清々しい気分なのが不思議だ。(やはりお導きなのだ!)
重忠公との因縁を感じつつ、区役所から水道道と呼ばれる道路を200メートルほど行くと左手路地に「矢畑」と書いた標柱を発見した。合戦の際に大量の矢が畑のようにささったことから、この名が付いたそうで、いかに激しい合戦だったかを物語っている。 (こしまき?あっ、腰巻だ!) 鴨志田の板碑や甲神社のある辺りも確か「腰巻」と言ったはず。周辺を見回すと、標柱の先に高台が見える。そのまま路地を進み、「鶴ヶ峰本町公園プール」を抜けると、その裏手には帷子(かたびら)川が流れている。橋の上からあらためて高台を眺めてみると、鴨志田の地形に似ていなくも無い。すかさずバッグからカメラを取り出し、近くに寄って写真を撮る。段丘状の地形がますます似ている。 怪しい男 ホタルと馬と鶴と鴨 名刺を渡し、歴史を調べていることを説明して、なんとか誤解を解くことが出来た。と思いきや、「ちょっと、こっちに来て」とビルに向って歩き出す男性。(まだ何か?) ビルの一階には「鶴ヶ峰霊園」と書いてある。どうやらここの社長さんのようだ。ドアを開けて、一緒に中に入ると、「これあげるよ」と一冊のパンフレットを渡してくれた。そこには「帷子川の水と緑に包まれた霊園誕生」の宣伝文句。 「これに地図が載っているから、史跡めぐりに使いなよ」 ページをめくると鶴ヶ峰地区周辺のウォーキングマップに史跡や公園の位置が写真やイラスト入りで記されている。 「この鶴ヶ峰は歴史だけでなく、自然がまだまだ豊富に残っているんだよ。あまり知られていないけど、そこの帷子川には今でもホタルがいるし、この先には白糸の滝という滝もあるしね」 「へぇ〜ホタルですか・・・。ところで、この辺りは何故(越し巻き)って言うのですか?」 「越し巻き?聞かないねぇ。そうだ、マキと言えば、この旭区には万騎が原と書いて(まきがはら)と言う町があるね。何万もの大軍が集まって、戦をした所だそうだよ」 (万の騎。騎は騎兵、馬だ。万騎が原は本来「牧が原」に違いない。すると越し巻きの巻きも牧か?じゃぁ、コシは何だ?牧を越した所か?ふ〜む)
帰り道、橋の上から帷子川を眺める。(なるほど、ホタルが生息しているだけに水も澄んでいる。思いがけず、コシマキと言う共通の土地に遭遇した。鶴ヶ峰、鴨志田とどちらも渡り鳥が地名になっているのも面白い。そうか、鶴見川だから向こうは鶴もいるか。鶴は蔓と同義で、細長く屈曲した所だから、川に関係しているのだろうか)すると突然、白いものが目の前をよぎった。鶴ならぬ、白鷺だ。鷺が飛び立ったあとの川面の下には小魚が群れている。川面の下。かわものした。かもした。鴨志田。鴨は川面かも。(カモカモカモってカルチャークラブか。古!しかも、あれはKarmaカルマ=業=
う〜ん、因縁だ!) |