■青葉区美しが丘4丁目(昭和40年10月)
自宅を出た葬列がお寺(満願寺・あざみ野)に向う野辺送りの情景です。 写真の砂利道は現在の県道横浜生田線のバス通り。道の右側には田園が 広がり、その向こうを蛇行しながら早淵川が流れていました。
雑木林が生い茂る反対側は、急な崖になっていて、いくつかある坂道 (中ほどに上の畑へ向う坂道が見える)は相当急な坂道だったそうです。 道の端に並ぶ黒っぽい柱は、昭和31年に山内農協が開設した有線放送電話 の電柱です。農協に設置された電話局は放送局も兼ねていて、定時になると ラジオ放送や地域情報が流れ、火災など緊急時には 発生状況を報せる役目をしていました。
この平川地区が美しが丘の名前になったのは昭和44年。この4年後です。

保木交差点南よりあざみ野へ向かう(平成16年10月)
写真提供 美しが丘 黒沼さん
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