■ひろたりあん通信バックナンバー
▼ 2004年11月号 
地名推理ファイル歴史探偵 高丸の地名推理ファイル」
■ファイル13 大場町(前編)

ふたつの楽しみ
 あざみ野の自宅から市ヶ尾の本部までバイクで通っている。途中大場町の街を抜けて行くのだが、この街で毎朝楽しみにしていることが二つある。
 一つは、小さな乳母車を押して坂を上ってくるお婆ちゃんに会うことだ。すれ違う時必ずペコンとお辞儀をして挨拶してくれる。こちらもバイクの上から「お早うございます」と頭を下げる。けっして毎日会えるわけではない。だから、会えたときには何か嬉しくなって「よし!今日も一日頑張って行こう」と元気が湧いてくるから不思議だ。

「な〜にが、今日も一日頑張って行こう!だ。お前は丸山茂樹か」

背後から友人のヒロシが覗いている。

「な、なんだよ。見るなよ!」

「けっ、だいたい喫茶店でそんなもの書いてんじゃないよ」

「うるさい。こうして行間に珈琲を飲みながら、ノートにペンを走らせているとだな、いいアイデアがわいてくるんだよ」

「な〜に訳の分かんないこと言ってんだ〜。それでもう一つの楽しみって何だよ?」

「そうそう」

 もう一つは、「大場かやの木公園」の北側の高台から眺める景色である。大場町から鉄町、稲荷前古墳のこんもりとした小山の向こうの広大な大地は、丹沢山系の裾野まで広がり、その山々の背後に少しだけ頭をのぞかせている富士山の眺め。この雄大なパノラマは何度見ても飽きることがない。
 オーバと言う地名には「広場」と言う意味があるらしい。ここからの景色を見た誰かがそう名付けたとしてもおかしくない。

大場は「広場」
「ふ〜ん。大場って言うのは広場のことなんだ」

「だから、見るなって言ってるだろう」

「じゃあ、大場町もプラーザになるな。何プラーザだ?」

「アホか。たまプラーザのプラーザは確かに広場だけど、広場の意味のオーバは単なる広場じゃなくて、神社の前の広場とか、宮前って意味があるんだよ」

「ほぉ〜。じゃあ、宮前平はオーバ平か」

「アーッ、うるさい!」

「大場町には、神社か何かあるの?」と、それまで黙ってモーニングを食べていた常連客のSさんが尋ねる。 Sさんは「たまプラSCOPE」という、たまプラーザ周辺地域の情報サイトを運営されています。http://www.tamapla.jp/index.html

「大場町には諏訪神社と言う神社があることはあるんですけど、創建は江戸時代だから、関係ないでしょう。それより、近くに稲荷前古墳群があるから、そちらとの関連性の方が、疑わしいんじゃないかと思いますよ」

「そう言えば、大場町には鎌倉時代の武士で(大場なにがし)っていうのがいたって言うでしょ」

「さすが、Sさん。よく知っていますね」

「そりゃ、宮澤さんの記事読んでいますからね。講演会にも行きましたよ」

「有難うございます。ただ、その大場なにがし、大場三郎ですけど、大場町に居住していたと言うのは、ちょっと怪しくなってきたんですよ」

「えっ、そうなんですか?」

「確かに鎌倉幕府の公式記録『吾妻鏡』には、石河六郎、江田小次郎、河勾(かわわ)三郎、鴨志田十郎、都筑平太らと一緒に大場三郎の名前も出てくるんですが、大場三郎の場合、吾妻鏡には相模の住人とあるんですよ」

「ここは武蔵の国だから違う訳か。なるほど」

大場三郎の謎
「伊豆の三島市に大場と書いてダイバと読む土地があるんですよ。三島から修善寺に行く伊豆箱根鉄道の四つ目の駅です」

「あっ、あれはオオバじゃなくて、ダイバだったのか」

「そうダイバだったんですよ」

「えっ、ナニナニ。ダイバダッタ。知ってるよ。インドの山奥で修行した人。レインボーマンだっけ、あれのお師匠さんだろ」

 つまんなさそうにしていたヒロシがまたしゃしゃり出る。
「それは昔のマンガだろ。懐かしいけど。それにダイバダッタは、お釈迦様の従兄弟で、お釈迦様の人気に嫉妬してお釈迦様を殺そうとしたことで地獄に堕ちた悪人なんだぞ。オマエも嫉妬すると地獄に堕ちるぞ。気をつけろ」

「ナニッ!オマエは釈迦か。だけど、ダイバダッタは愛の戦士だろ。たしか悪人は死ね死ね団だろ。懐かしいなぁ〜。え〜♪インドの山奥で、んでん虫転んで♪」

「歌わなくていいから。しかも替え歌だし・・・。それで、その伊豆の大場(ダイバ)には大場三郎の居城があったと言われているんですよ。城内と言う字名も残っています」

「じゃあ、大場三郎はオオバ・サブロウじゃなく、ダイバ・サブロウかも知れない訳だ」

「う〜ん。何とも言えないんですけどね…。僕としては、大場は大庭。『吾妻鏡』の大場三郎は大庭三郎景親(かげちか)の間違いじゃないかと思うんですよ。『源平盛衰記』では大場三郎景親と、庭じゃなく場の字になっていますから」

「ああ、源頼朝旗揚げの石橋山の合戦の時、頼朝を追い詰めた。平家方の・・・あれ逆か?味方だっけ?」

「敵です。源氏についたのは兄の景義(かげよし)の方で、景親は平家方の総大将ですから。その大庭氏の領地は藤沢にあるんですが、ここにも大きな城がありますよ」
                                               つづく


■前に戻る■