| ■ひろたりあん通信バックナンバー |
| ▼ 2004年11月号 |
| 夢の吹く丘 〜都筑の丘のすばらしき人々〜 |
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■漫画家 高橋 しん さん
十一月三日は「マンガの日」です。手塚治虫氏の誕生日に制定された記念日は、奇しくも文化の日と重なりました。手塚氏によって開拓されたマンガ、そしてアニメと言う文化は、今や日本が世界に誇る最高の文化と言っても過言ではありません。かく言う私も小学校の卒業文集に「将来の夢は漫画家」と書くほどのマンガ少年でした。もっとも、才能乏しく夢は夢と散りましたが・・・。 初めてお会いした高橋さんの印象はまさに「いいひと。」の主人公そのものでした。 「(いいひと)って、あまりいい意味じゃなく、どちらかというとネガティブな使われ方をしていますよね、でも(いい人が)上手くいくっていうことがマンガの中ではあってもいいんじゃないかと、そういう発想から生まれたんです。その当時、僕自身いい方に恵まれて、周りの人にも支えてもらっていましたから」 初めての連載「いいひと。」の話が出版社からあった頃、高橋さんに大きな試練が待ち構えていました。 「原因は分からないんです。生活のリズムが安定してなかったんでしょうね。歩いていて電信柱にぶつかったり、舌が回らなくなって、字も何も書けない状態で半年くらい動けなかったんです。それまで頑張れっ頑張れっ、てやってきたので、でも結果的には自分を見つめ直すチャンスでもあったんですね。そのまま連載を続けていたら、たぶんダメになったろうなと思います」
箱根駅伝 北海道の高校を卒業後、山梨学院に推薦で入った高橋さんは、あの伝統の箱根駅伝に出場しました。 「大学一年の時、ちょうど箱根駅伝のテレビ中継がスタートした年ですね。この年に山梨学院も初出場して、復路のアンカーをつとめました。父が陸上好きの人間で、小さな頃は朝走らされ、夜は腹筋、腕立てと、しごかれましたね。父がプチ星一徹のような人だったものですから(笑)」 「陸上は大学で燃え尽きられれば、ということで4年間集中して、卒業したら好きなことをやろうと考えていました。奥底のところでは漫画家って言うのはずっと思っていましたね」 卒業後、3回目に出版社に持込んだ作品がスピリッツ賞激励賞を受賞(小学館)。その年の冬の増刊号でプロデビューを果たしました。
大きな嘘の中の真実 そうして連載が始まったのが『最終兵器彼女』です。この作品は切ないです。私も泣きました。彼女が最終兵器になるという荒唐無稽な話の中に男と女の心情がリアルに描かれています。 「大きな嘘はいいけど、小さな嘘はいけない。これは漫画の作り方の基本なんですけど、彼女が最終兵器という大嘘が背景にあってマンガを成立させている中で、作家として男女の真実がどれだけ伝えられるか。SFとかではなく、恋愛漫画として読んでもらいたかったので、連載一回目の時もタイトルを出さなかったんです」
ギリギリのスパーク感 通称「サイカノ」とファンに親しまれているこの作品は、260万部を売り上げ、さらにテレビアニメ化もされました。来年の秋には実写映画の公開も予定されています。 「今は事務所を経営していて、スタッフみんなで作っているわけですけど、時間に余裕があれば、基本に戻って自分のための作品を作って発表してみたいですね。ただ、締め切りギリギリの緊張感、あのスパークした感じが無くなった時に、果たして作品が生まれるのか心配ですけどね(笑)」
締め切りギリギリのスパークした感じ、よく分かります。この部分だけは私も毎月体験させてもらっています。もっとも、レベルが違いますけど・・・。
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