| ■ひろたりあん通信バックナンバー |
| ▼2005年4月号 |
| 地名推理ファイル歴史探偵 高丸の地名推理ファイル」 |
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■番外編 街道を往く 〜鎌倉街道3〜
高台にある小さな公園(荏田第三公園)からは荏田の町を見下ろすことができる。その尾根道を150mほど進むとT字路(どちらかと言うとY字)にぶつかるので、そこを左折。再び右手に江田駅方面を見下ろせる一車線双方向の広い道に出た。 四つの分かれ道 「確かに今はね。でも、当時は樹木が鬱蒼と生い茂り、道も堀道。先を急ぐんだから景色を楽しむ余裕なんてないよ。それに昔の道はだいたい六尺道(ろくしゃくどう)とか一間道(いっけんどう)って言って、馬が二頭並んで走れるギリギリの道幅しかなかったんだよ」 「馬が二頭?」 「そう。ちょうど岡ちゃんが寝転んだくらいの長さかな。180センチくらいだね」 当時の3倍はある広い道をしばらく歩くと、道は四つに分かれていた。 「さて、問題。この四本のうち、どの道が鎌倉へ通じているでしょう?」 「う〜ん。四本のうち一本ですよねぇ…? ちょっと、いいですか?」 一つ一つの道を確かめに走る岡ちゃん。 「分かった!この右から二本目の道です」 「ほぉ〜。なぜ?」 「だって、他の三つはどれも下り坂でしょ。平坦な道はこの道だけですから」 「正解。だんだんわかってきたね。一番右の道は江田駅方面に下りる道。この左側二本は(オリタ)という(ヤト)だ」 「ヤト?あ、こっちに下りたら谷なんだ?」 「そう。下りたらオリタ」 「どんな字?織田?折田?檻田?でも、きっと山を下りたからオリタなんですよ」 「う〜ん。そうかも。漢字は折る田だけどね」 などと話しながら、右から二本目の道に入る。今度は車が一台通れるほどの細い路地だ。 「今、ふと思ったんですけど。織田と書いて、なんでオダなんですかね?オリタでしょ。普通」 「なるほど。オリタ、オリダ、オダ・・・。そう言われてみれば。名字はだいたい地名から来ているから、オダにあとから織田の字を当てたんだね。いや、まてよ。織田は本来(オタ)というのが正しいんだ。福井県に織田町があるけど、オタって読むからね…、あっ!」 「どうしたんですか?」 取っておきの話 「信長って、あの織田信長?」 「そう。織田氏は元々、越前織田の剱神社の神官を務めていた一族なんだよ」 「えっ、なんで?信長は尾張の出身でしょ」 「室町時代に、越前と尾張の守護だった斯波氏に仕官したあと、取り立てられて重臣となり尾張に移ったと言われている。信長は、その枝分かれした家から生まれたんだよ」 「ふ〜ん。織田信長は福井の出身で、しかも神主さんの家系だったのか。荏田の剱神社に織田の剱神社。似ていますね〜」 いつのまにか二人は橋の上にいた。橋の下を江田駅から第三京浜のインターに向う「新横浜元石川線」が走っている。 「おっ、荏田高校だ!鎌倉街道はここに出るんですね」 橋を渡ると荏田高校のグランドが見下ろせる北側の高台に出る。 「宮澤さん。僕も取っておきの話を教えてあげますよ。パフィっているでしょ。(注・女性デュオ。現在アメリカで活躍中)そのパフィの亜美ちゃんは、この荏田高校出身なんですよ」 「あ、あっそう。へ、へぇ〜。(この辺じゃ有名な話なんだけど…知らないふりしてよ)」 岡ちゃんは自慢げな足取りで、そのまま道を降りて行く。 町の境界線 「ちょっと待って!今気づいたけど、鎌倉道って町と町の境界線に沿っているよ」 岡ちゃんも地図を覗き込む。 「本当だ。橋からずっとそうですね」 「橋の下は尾根を切り通して作った道だね。そうか。尾根道は町の境界線だっていうことだ」 「普通、ここは尾根道かな〜、なんて意識して歩く人はいませんよ」 「そりゃ、そうだ。道は荏田西と荏田南の境界線に沿っているから、このまま学校に沿って降りて行くと大きくずれてしまう。ということは…。こっちだ!」 途中の角を右に曲がり、すぐに左折。一本隣の緩やかな坂道を下る。 「ああ、桃の木だ。住宅街なのに畑もあって、明るく爽やかでいいところですね〜♪」 この辺りは、住宅街の中に農地(生産緑地地区)がところどころ残されている。 坂道を下るとT字路にぶつかった。境界線は道路ではなく、住宅地を通っているので、左折して境界線と並行した道を真っ直ぐに進む。やがて 中古ゲーム屋さんが見えてきた。駐車場にぶつかるので、左折して田辺の交差点に出る。 「宮澤さん、腹減りません?」 交差点近くにマクドナルドがある。私たちはそこで最初の休憩をとることにした。 「ところで織田信長は産鉄族なんですか?」 フライドポテトをほおばりながら、岡ちゃんが言った。 |