| ■ひろたりあん通信バックナンバー |
| ▼2005年5月号 |
| 地名推理ファイル歴史探偵 高丸の地名推理ファイル」 |
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■番外編 街道を往く 〜鎌倉街道-4〜番外編 荏田西と荏田南の境界線に沿って南下してくると、田辺のT字路の交差点の手前で道がとぎれ、自動車販売会社のビルにつきあたる。鎌倉道はそのビルの裏側につながっていると思われるので、信号を渡ったあと右折して、大型カラオケ店「シダックス」と泉天ヶ谷公園の間の道を入り、すぐの角を左折、そしてまた右折と大きく迂回する。ここからしばらく住宅街をまっすぐ進む。
鋼(はがね)の錬金術師 「そう、近江の国・今の滋賀県の近江八幡で津田と名乗っていたらしい。平清盛の孫の資盛(すけもり)が源平の合戦のときに、わが子を近江に逃がした。その子孫が津田氏だといわれているんだ。津田氏が剱神社の神官の忌部(いんべ)氏の養子にはいり、尾張に移った時に、剱神社のあった織田の地名を取って織田と名乗った。もっとも織田氏の出自にはほかにもいろいろな説があるから、断言はできないけどね」 「超〜有名な人物のわりに出自はあいまいなんですね」 「信長だけじゃないよ。秀吉も家康も出自なんて分かっちゃいない。戦国時代の武将なんてそれこそ海千山千。系図にしたって、でっち上げばかりさ」 「じゃあ、歴史なんて本当のことは、な〜んも分かんないじゃないですか」 「だから、面白いんだよ。人とは違う視点で考える。たとえば織田氏の場合は、織田(オタ)という苗字だね。前にオタやオサはアイヌ語のオタ=砂金、もしくは砂鉄だと書いたことがあるんだけど(黒須田・鉄編)。それからすると、この越前福井の織田という地名にも金属の匂いプンプンする。織田の近くには、金谷という町や武生(たけふ)という刃物で有名な町があるしね」 「刃物の町?たしかに鉄だ」 「まだある。剱神社が鎮座しているのは福井県丹生(にう)郡越前町織田金栄山。丹生の丹(に)とは水銀の原料・辰砂(しんしゃ)・朱砂のこと。つまり、丹生とは水銀の産地をいうんだよ。そこにもってきて(金栄山)ときたもんだ」 「・・・だから?」 「水銀はアマルガム法という金や銀を精錬するために使ったんだ。いわゆる錬金術だね」 「あっ、だから金栄山。お〜、鋼の錬金術師!」 「神社の神主さんだった忌部(いんべ)氏が、金属資源を背景に斯波(しば)氏にとり立てられ織田氏となった。鉄資源に金山、銀山。山の民から武士になった戦国武将も多くいたはずだよ」 「それが、宮澤さん流にいう産鉄族ですね。それはそうと目の前はアパートですよ。どうします?僕は左に曲がると思うんですけど」 住宅街を進んできた道は三叉路にさしかかった。 川和は河輪 「あれっ、曲がったと思ったら、また行き止まり。今度も左ですか?でも左は階段ですよ」 左に曲がると、五十段ほどの上り階段である。この階段を上りきると都筑ケ丘幼稚園の裏手に出た。 「なるほど。いままで平坦な住宅地ばかり歩いていて違和感があったけど、ここが尾根道みたいだ。大規模開発で山は削られ、住宅地に変わってしまったけど、かつては、荏田からここまで山が続いていたんじゃないかな」 「ええ、そんな感じですね。ということは・・・。こんどは、この右の道を下っていけばいいということですね?」 「わかってきたね。岡ちゃん」 幼稚園の裏のフェンス伝いに細い路地を下りていく。このあたりから少し古い町並みに変わる。 「ここから、カ・ワ・ワ〜♪ワがみっつの川和の町だ」 「川和はワ≠ェ二つでしょ」 「いや、だから〜。昔テレビで流行ったでしょ。ワ・ワ・ワ〜ワがみっつ。ミツワ〜石鹸のコマーシャル。知らない?」 「・・・何十年前ですか。知りませんよ。でも川和ってヘンな地名ですね」 「川和は、かつては河の輪と書いたそうだよ。河が輪のように湾曲しているって意味だね」 「もしかして鶴見川ですか?曲がっていましたっけ」 「川の流れも今とは全然違ったんだよ」 住宅地の細い路地を下って四つ角で左折する。この辺りの道は複雑なので、一旦バス通りに出て、都筑ヶ丘商店街の看板のところで、すぐまた斜めの路地に入り、なおも下る。 途中、民家の庭の隅に石仏があった。小さな川に沿って歩いていくと、手斧橋のところで「横浜・上麻生線」に出る。この道路を左折する。 「まさか、この道を歩くんじゃないでしょうね。嫌いなんですよねこの道。交通量が多いのに歩道もありゃしない。もっとバリアフリーを考えてほしいですよ」 「まぁまぁ。安心しな。鎌倉道はこの道路の向こう側だから」
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