| ■ひろたりあん通信バックナンバー |
| ▼2005年6月号 |
| 夢の吹く丘 〜都筑の丘のすばらしき人々〜 |
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■ミュージカル女優・シンガー 間地 まどか さん ![]() 想像してください。ベランダでお尻をフリフリ、両手をバタバタ。「カァカァ♪」とカラスの鳴き声に合わせて踊っている三歳の女の子の姿を。そして、その娘の踊り?を目撃して「この子には才能がある!」と、すぐさま近所のバレエ教室に連れて行くお母さんの姿を。 「たまプラーザ団地の集会所のバレエ教室に押し込まれました(笑)。当時は黒いレオタードに短い手足が出ていて、まるでオタマジャクシみたいだったそうです(笑)」 思わず吹き出し。いつまでも笑いがおさまらない私を見て、「宮澤さんヒット!」と、手をたたいて明るく笑うまどかさん。お父さんはジャズピアノ。お母さんはジャズシンガー。そしてお兄さんはトロンボーンとギター。間地まどかさんは、まさに音楽一家の申し子なのです。 「音楽がかかると、自然に体が動いちゃうんですよ。お母さんのお腹の中にいるときから父のピアノを聴いていたからですかね(笑)」 その音楽的センスは、生まれる前に育まれていたのです。
歌って踊って、ゲット! 「バレエしかやったことなかったから、お芝居とかジャズダンスが、全然出来なかったんですね」 しかし、「ありがとうございました!って、最後にニコッて、笑った顔がよかったよって、ミュージカルの主催者でもある、あざみ野のダンススクールの先生から、声をかけていただいたんです」 ダンススクールには、高校を卒業するまでの八年間通いました。この頃、先生のすすめで数々のテレビCMやイベントに出演しました。 「東京ディズニーランドとか、プッチンプリンのコマーシャルですね。その他大勢ですけど(笑)。あと、横浜の開港祭りにも出ました。楽しかったですよ。パレードで衣装付けて歌って踊って行進して、4キロくらい歩くんです。必ず最後に足つりますね(笑)」 しかし、ここからが彼女の真骨頂。 「お客さんは何もしなくても喜んでくれるし、可愛いねって、写真も撮ってくれるから、警備員の方とかに笑顔を振りまくんですよ。怖い顔をしているおじちゃんとかに手を振って、その人が思わず顔をほころばせてしまうのが楽しかった〜。『アッ笑った。一人ゲット!』みたいな(笑)」 子供ながら、人を楽しませることにプロ意識を持っていたまどかさん。高校二年の時に、大きな仕事が舞い込みました。
天性の明るさ その時の振り付けの先生には相当きびしく指導をされたそうです。 「すごく怖い女の先生で、誰!この娘連れてきたのは!って怒鳴られて。常識も何も知らないから、よく叱られました。振り付けもすごく高度で、終わったあと酸素が足りなくてプルプル震えちゃうくらい。青あざもいっぱい作って。それでもやるしかないから、無我夢中で頑張ったんです。そうしたら千秋楽で、その先生からよくやったねって褒めてもらえて、下北沢でレッスンやってるから、おいでって誘ってもらったんです」 天性の明るさとひたむきさが、次々と新しい仕事を呼び込むのでしょう。 今度は、その先生から仕事の話をいただきました。 「日生劇場で3日間だけやった『赤いろうそくと人魚』と『りゅうの目のなみだ』という童話ミュージカルなんですけど、紀子さまもご家族で観に来ていただいたんですよ」 その後しばらく、レッスンに通う日々が続きます。 「悶々としていることもあったんですけど、突然、秋田県のわらび座に行ってみないっ?って先生に言っていただいたんです」 『わらび座』は民族芸能を基にした舞台芸術に取り組んでいる劇団です。「銀河鉄道の夜」に出演したまどかさん。民俗芸能の魅力を肌で感じ、虜になりました。 「わらび座は、表現様式が多彩なんです。『銀河―』でも岩手県の鹿踊りを取り入れましたし、また同じ岩手県の鬼剣舞(おにけんばい)も『わらび座』で教わって踊れるようになったんですよ」 バレエに始まり、ダンス、ミュージカル、民俗芸能と、いろいろな表現方法を身につけていきました。
音楽座ミュージカル
現在、銀座のショットバー「りぼん」で、生バンドのボーカルとして活躍しているほか、イラストレーターの仕事もしています。名刺には素敵なイラストが描かれていました。 「新しく生まれ変わった音楽座の代表作なんです。『21C:マドモアゼルモーツァルト』。ぜひ、みなさん観に来てください!」 稽古帰りで疲れているにもかかわらず、元気ハツラツ天真爛漫な、間地まどかさんでした。
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