| ■ひろたりあん通信バックナンバー |
| ▼2005年8月号 |
| 地名推理ファイル歴史探偵 高丸の地名推理ファイル」 |
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■番外編 街道を往く 鎌倉街道 7
精進橋を渡り、二つめの信号を左に曲がる。200メートルほど歩くと、お地蔵さんを祀った祠にぶつかる。祠には「北八朔子育北向地蔵尊」と書いてある。ここから先は青砥町になる。 ハリとセキ 「八月朔日(ついたち)を略して(はっさく)旧暦の8月1日のこと。八朔の日には、農家などで豊作を祈るお祭りをしていたんだよ」 「じゃあ、そのお祭りが特にこの辺りで盛んだったから、八朔の地名が付いたとか?」 「いや、和名抄(わみょうしょう)という本には八朔じゃなくて針析郷。針に分析、解析の析(せき)の字が書かれている。これを何と読んだかは分からないけど、ハッサクに訛ったとするとハリセキ郷かハリサク郷だったんじゃないかな」 「和名抄って?」 「正式には倭名類聚鈔(わみようるいじゅしよう)。平安時代に作られた辞書だよ。国語辞典から漢和辞典。百科事典も兼ねた優れものさ」 「優れもののわりに、ハッサクの意味も分かんないんだ」 「うっ・・・。まっ、八朔に限らず、漢字は当て字だからね。その時代その時代で当てる漢字も変えてしまうんだよ。だから漢字は当てにならないの」 「ふ〜ん。じゃ、漢字ではなくハリセキにはどんな意味があるんですか?」 「ハリには、開墾地や張り出した所という意味。または里(さと)の端で、端(ハ)里(リ)がある。セキは川をせき止めた堰や関所の関が考えられるが、サクとなると抉(サクる、エグる、耕す)。もしくは柵。崩れやすい地形・・・あとそれから」 「もういいです。そんなにあったら、分かんないですよ〜。それよりここから先はどうするんですか?」 地蔵尊の所から道は二又に別れている。 「ここから先の地図は、この本(旧鎌倉街道・探索の旅)には、載ってないんだな。岡ちゃんはどう思う?」 「そうですね。今までの経緯からしたら、僕は右ですね」 右の道は上り坂である。鎌倉道が峰道伝いだったことを考えれば妥当な選択だろう。しかし、どう見てもキツそう。それにひきかえ左の道は平坦だ。 「わかった。じゃあ二手に分かれよう。君は右を行きたまえ」 「えーっ、ズルイっすよ」 「大丈夫、若いんだから。それに少し登れば、すぐに下りだから。下ってくると・・・ここ。この三叉路の辺りで合流する。分かった?」 地図を渡し、道順を教える。渋々坂道を上り始める岡ちゃん。 歴史探偵岡丸誕生 三叉路の角に庚申塚があるので、側らにしゃがんで岡ちゃんを待つ。享保の文字があるから、庚申塚は三百年前(江戸時代)のものだろう。庚申様の台座にナニやら彫り物がある。欠けてしまっているので分かりづらいが、どうやら「見ざる、言わざる、聞かざる」の三猿らしい。 その猿の写真を撮ろうとカメラを向けた時。岡ちゃんが現れた。 「宮澤さ〜ん。分かりましたよ〜」少し息を切らして駆けて来る。 「やっぱり、上が正解ですよ。眺めもいいし、この上から川和や鶴見川の、ほら、さっき渡った橋も見えたし、なんと、道標もありましたよ」 「そう、やっぱりね。私も上だと思ったよ」 「ちぇっ、でもズルはするもんじゃないですね。御陰でハッサクの意味が分かりましたよ。教えてあげるから、何か飲み物おごってください」 「わかった。恩田川を渡ると、すぐにファミレスがある。そこで冷たいものを飲ませてやるよ。で八朔の意味は?」 「歩きながら話します。さっ、ファミレスに急ぎましょう。」 三叉路からは、まっすぐに進む。 「鶴見川と、その周辺の広がった土地を見て思ったんですけど、セキはやっぱり堰ですね。水をせき止めて田畑を耕したんですよ。だから、開墾地のハリにセキ。サクも耕すの意味があるんでしょ。で、ハリセキまたはハリサク。それが訛ってハッサク。ぜったい、そうですよ」 「なるほどね。地名を考える場合は、その地形を知る。地名推理の基本だね。これからも、ずっと助手やってもらおうかな。歴史探偵、岡丸なんてどう?」 「岡丸〜?なんかオカマみたいじゃないですか」 青砥はオオト 「じゃ、さっそくだけど岡丸君。この青砥の意味は?」 「青砥?アオ。アホ。アオは色の青じゃないですよね・・・」 「ほう。色じゃないことを見破ったね。アオはオオが訛ったといわれている。古い文献じゃ大戸。または大門と記されているからね。大戸は大津と同じで大きな港を表すんだ」 「大津?あの滋賀県の。琵琶湖の大津と同じなんですか」 つづく
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