| ■ひろたりあん通信バックナンバー |
| ▼2005年9月号 |
| 夢の吹く丘 〜都筑の丘のすばらしき人々〜 |
■横浜市教育委員 義家弘介さん![]() 「こんなに可愛いじゃないですか〜。希望の星ですよ。こういう子供達の輝きを守ることが我われの責任なんですよね」 隣のページ、あにばーさりー☆すなっぷの子供達の写真に目を細めながら、自分に言い聞かせるように語るのは、今年4月、中田横浜市長のたっての希望で横浜市教育委員に就任された義家弘介(ひろゆき)さん。ご存知「ヤンキー先生」です。 8月に青葉公会堂で開かれた、「ひろたりあんイベント倶楽部」主催の講演会。その本番前の楽屋にお邪魔して、「夢」をテーマに熱く語っていただきました。 夢は逃げていかない 常に転機には夢という言葉がある。そう語る義家さん自身の、子供の頃の夢は弁護士でした。 「弘介(ひろゆき)も将来弁護士になってくれたらな〜って、父親に子供の頃から言われていたんです。よく夢を押し付けると子供がつぶれるとか、親の夢を押しつけたらいけないとかいわれるけど、私は逆に嬉しかったですね。お父さんに期待してもらっているんだということが非常に嬉しかった。幼稚園の卒園アルバムに、将来の夢は弁護士って書いてありますからね(笑)。弁護士とは困っている人間を助ける仕事だと、その代表格なんだと親父は言うわけですよ。人から感謝されるのはいいな〜、なんて思いながら、その夢が心にあったんですね。誕生日とかクリスマスとかに、法律の本をプレゼントされるんですよ。マンガの本ですけどね(笑)。そんなのをむさぼるように読んでいた、小学校時代を思い出しますね」 しかし中学からグレはじめ、高校二年の春に暴力事件を起こし、退学処分を受けます。同時に親からも絶縁されてしまいました。 「夢なんて存在しないと、もうそんなものは壊してしまえばいい。ずっと夢を遠ざけながら生きていたんですけど、非常に感動的なことがありまして。実は、高校から退学処分を受けたその次の日にですね、お祖父さんとお祖母さんが来まして、私たちは、おまえが大学を卒業するまで生きていると、それが私たちの最後の夢だって言うんですよ。初めはボケたんじゃないかと思ったんですね。高校を退学になった翌日ですからね。大学どころの話じゃなくて、何もかも無くなったわけですから。何を考えてるんだって思いましたね」 期待と表裏一体 「自分が落ち着いて物事を考えるようになったとき、その言葉が残っていたんですね。こりゃ大学行かんといけない、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんの最後の夢に答えたいと思ったんですね。そして同時に、行くなら子供の頃の自分の夢だった弁護士をめざすために、法学部に行こうと思ったんです」 明治学院大学法学部にみごと入学するも、大学4年の秋オートバイで交通事故をおこし、内臓破裂で生死をさまようことに・・・。 「その時、北海道の担任の教師が横浜まで来てくれまして、あなたは私の夢だ、って手を握りながら言ってくれたんですね」 恩師の必死の看病によって奇跡的に命を取り留めました。 「その頃、もうお祖父さんとお祖母さんは亡くなっていまして、卒業する姿は見せてあげられなかったんですけど・・・。ならば、今度はこの人の夢に答えたい。そう思って教師になろうと決意したんです。まさに私自身の夢と言うのは、期待と表裏一体。いつも誰かが与えてくれていたような気がしますね。自分の思い込みだけではなくて、いろんな人の夢が重なった道を、いま歩いているという感じがします」 学生時代を横浜で過ごした義家さん。この青葉区、特に市ヶ尾は忘れられない想い出の町だそうです。 「今でこそ休日に、銀行のディスペンサーやってますよね。実は一九九〇年当時はやっていなかったわけですよ。ゴールデンウィークになると一週間とかお金もおろせない。一文無しでゴールデンウィークに突入しちゃいましてね(笑)、水飲んでキャベツ食べながら凌いでたんですけど、体力の限界が三日目くらいに来たんですよ。その時に市ヶ尾に住んでる同級生がいましてね。電話したら、そいつは留守で居ない。そうしたらお母さんが(とにかく、うちにいらっしゃい)と、ほかに知り合いも親戚もいないわけですから、執念でこの市ヶ尾までたどり着きました。そうしたら、お母さんが迎えにきてくれましてね。ご飯を食べさせてもらって、さらにお金までもらいまして。命を助けてもらいました(笑)。忘れもしません。本当に嬉しかったですよ」 命を賭ける仕事 「この横浜は、私が教師を志した町。命を落としかけた町でもあるし、人生でもっとも温かいぬくもりの言葉をもらった町でもあるわけですよね。そして、大学時代の生活費を、労働の対価として提供してくれた町でもあるわけですよ(笑)。この町がなければ大学も卒業できませんでしたから。その意味では、これからは横浜市の子供達のために、恩返しをしていきたいと強く思っています。教育って、自分の全てを賭けられる仕事。命を賭けても成し遂げたいと思う仕事なんですよ」 まさに今が夢の中。教育に賭ける熱い思いが伝わってきました。講演会本番前の貴重な時間、本当にありがとうございました。
横浜から教育改革を「ヤンキー先生熱く語る』 2005年8月16日(火) 青葉公会堂で開かれた講演会の様子はこちらです。 |