■ひろたりあん通信バックナンバー
▼2006年9月号
地名推理ファイル歴史探偵 高丸の地名推理ファイル」
■番外編 街道を往く 鎌倉街道 20

 下永谷第三公園(港南区下永谷5‐38)を出て『早駆けの道』を南に向かう。すぐに左手に団地群が現れた。道は徐々に狭くなり、左にカーブしながら団地に向かって下りていく。が、その曲がりっぱなに枝道が二つある。一つは右に降りていく階段道。もう一つは…。

不安と期待
「早駆けの道は、尾根道伝いにまっすぐ南下しているから、こっちの道だね。ちょっと汚いけど…」

 小さな坂道は、ところどころ陥没していて、アスファルトはガタガタにひび割れている。

「大丈夫ですか?どこかの会社なんじゃないですか?」

 千葉山君が心配するのもわかる。道の両側はブロック塀とトタン状の板で囲まれた資材置き場になっている。道が陥没していたのは、資材を運ぶトラックが出入りするせいだろう。

 道の隅には古タイヤやスクーターの残骸が捨てられている。

「こりゃ『早駆けの道』というよりも、『馬がケガする道』と呼んだほうがいいですね」

「うま(馬)い!」

 だが、この道以外に考えられない。

 心配しながら資材置き場の敷地を抜け出すと、今度は森が現れた。

「あれって、もしかしてトーテムポールじゃないですか?」

「おお!確かに!」

 森の入り口に立っているのは、まぎれもなくトーテムポールだ。青い羽根と数種類の顔を持つ、そのオブジェの横には、手作りの小さな門がある。看板には「ボーイスカウト横浜88団・野営場」と書いてあった。

 目を凝らすと、薄暗い森の中には、広場と木製のテーブルらしきものが見えた。

「へぇ〜、こんな所に自然のキャンプ場があるんですね」

「資材置き場とのギャップがすごいけどね。今度は何が出てくるんだろ?期待しちゃうね」

 野営場の森に続いて現れたのは畑であった。里芋の大きな葉っぱが丘の上に広がっている。

「おーっ、ここからだと地形がよくわかるねー。ほらっ、あの右側に見える山の尾根をずっと歩いてきたんだよ」

 里芋畑の中に立って北西の方角を見下ろすと、小高い山の稜線が左右に伸び、箱庭のような小さな町をその谷間(たにあい)の中に包み込んでいた。

 「下永谷とか上永谷(ながや)っていう地名は、あそこに見える長い谷のことを意味しているんじゃないですか?」

 「うん。昔は永谷村といったそうだからね。(長い谷)を(永い谷)にしたのは、きっと瑞祥地名に直したんじゃないかな」

「ずいしょう地名?」

鬼平の先祖
「縁起のいい名前ってこと」

「なるほど、永遠の谷ですね。あっ、そうだ。前から疑問に思っていたんですけど、長い谷の川と書いて(はせがわ)って読むのはなぜなんですか?」

「ああ、それね。奈良県の桜井市に『初瀬川(泊瀬川・はつせがわ)』という川があるんだけど、その谷が長かったから、(長い谷の初瀬川)と呼んだんだ。いわゆる枕詞だね。それがいつの間にか(長い谷)と呼ぶようになり(ハツセガワ)が、やがて(ハセガワ)になったという話。同じようなのに『飛ぶ鳥の明日香』『春の日の滓鹿』があるね」
「へぇ〜、飛鳥や春日もそうなんですか?言葉遊びですね」

「ただ、地名辞典によればハセは『山や川に挟まれた地形』や『二股谷の分岐点』という意味だとある。もともと(長谷)はハセだったという説だね」

「へぇ〜」 千葉山君の「へぇ〜」が続く。

「あ、そうだ。鬼平は知ってるよね?」

「おにへぇって、鬼平犯科帳ですね。観てましたよ」

「あの鬼平こと長谷川平蔵の先祖は、その初瀬川のある長谷川村から出ているんだよ」

「あっ、そうなんですか?」

「系図によれば元々は下河辺という苗字で、源頼朝の富士の巻狩りにも参加しているんだ。その何代目だったかが、奈良に住んで長谷川を名乗ったそうだ」

「へぇ〜、長い谷だけに奥が深いんですね〜」

雲と流れて西東
 畑の丘を下りてきて気づいた。道が無いのだ。

「いや、ありますよ」

 草に覆われて見えなかった。幅30センチ、人が一人やっと通れるほどの狭い道は先に続いていた。

「ヘビとか出ませんかね?」

「だ、大丈夫だろう。…たぶん」

 内心ビクビクしながら、草をかき分けかき分け歩く。 顔を上げて思わず足が止まる。今度は、目の前には鬱蒼としたジャングルが現れた。

 『市民の森』の手前で遭遇した(紋次郎の森)よりも深そうだ。暗い闇が不気味さを漂わせている。

「こんどは、渡世人というよりも忍者の集団が現れそうな雰囲気ですね」

「隠密剣士の気分だな〜」

「古いですね〜。それなら千葉真一の『影の軍団』でしょ」

「いやいや、この雰囲気は『秋草新太郎(大瀬康一)』に『霧の遁兵衛(牧冬吉)』だろ」
「江戸の隠密わたりど〜り〜♪雲と流れ〜て西ひが〜し〜♪」

「へぇ〜、生まれてないのに、よく知ってるね〜」

「アハハ、その先は歌えません」

 歌は森の小鳥たちにお任せするとして、二人は忍者の森に足を踏みいれた。日が暮れたら真っ暗で何も見えないに違いない。ぐずぐずしていると本当に何かが出てきそうだ。 

                         つづく


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