■ひろたりあん通信バックナンバー
▼ 2006年11月号
地名推理ファイル歴史探偵 高丸の地名推理ファイル」
■番外編 街道を往く 鎌倉街道 22 

 港南区日限山一丁目にある福徳院、別名「日限地蔵尊(ひぎりじぞうそん)」の裏の路地からバス通り(戸塚〜京急ニュータウン)に出る。

 『旧鎌倉街道・探索の旅(さきたま出版会)』の本によれば、鎌倉道の「中ノ道」はバス通りを横断して、住宅街と日限山小学校の上を抜ける形で右に半円を描きながら南下、港南プラザの交差点付近で再びバス通りと交差している。

 だが、整然と区画整理された住宅街は、旧道の痕跡をあとかたもなく消し去ってしまっていた。そのため、戸塚区と港南区の境界線も住宅街ではなく、バス通りに沿って破線が描かれている。

 それならば、あえて複雑な住宅街を歩くより、バス通りに沿って歩く方がよい。

笹山城跡
 因みに、鎌倉からこの中ノ道を進んでくると、日限山小学校の地点で、二つに枝分かれをする。東北に向かうその支道は、「上永谷」「弘明寺」を通り、「下ノ道(鎌倉から金沢を通って千葉方面に行く)」につながる。俗に「弘明寺(ぐみょうじ)道」と呼ばれる連絡道だ。

 また、日限山地蔵尊横の日限山交差点の角にある小さな公園は、笹山城跡だといわれている。

 (笹山城?)城好きの私も聞いた事がない。地元港南区の歴史研究会が編纂した「こうなん道ばたの風土記」という小さな本(ハガキを一回り大きくした百ページほどの本当に小さな本)によると、「大船にある『玉縄(たまなわ)城』の支砦(しさい)で…伝えの城(狼煙台)として重要な役割をしていたと考えられる」と書かれている。

 大船の玉縄城は、別名「甘縄城」ともいい、戦国時代の初め(1512年)に北条早雲によって築かれた。小田原に本拠を持つ北条氏が三浦氏や里見氏に対抗するために築いた城で、かの上杉謙信に攻められても落ちなかったという名城である。

 現在は、清泉女学院の敷地になっている。

 10数年前に訪れたときのことである。遺構を調べようと正門の前でウロウロしていたら、中から数名の女子学生が「おいで、おいで」と手招きする。呼ばれたのかな?と思い、鼻の下を伸ばし中に入っていくと、「何で入ってくるんですか!」と、えらい剣幕。

 「ヘッ?…」

 「何の用ですか?先生呼びますよ」どの顔も目が三角になっている。

 なんのことはない。「おいで、おいで」の手招きは、「シッシッ!」の意味だったのだ。ま、カメラ片手に女子高の前をうろついていれば、変人と思われても仕方ない…。

 それにしても犬じゃあるまいし。いやな気分で退散したのを覚えている。

 不審者を寄せつけないためではないだろうが、現在城の遺構はほとんど破壊されてしまっている。

馬の前足
 話を戻す。バス通りに沿って、ゆるやかな下り坂を歩く。広い道路のわりに車の数が少ないので気分がいい。旧道とは逆に左に向かってカーブを描いている。800メートルほど進むと、交番と生協のある港南プラザの交差点が見えてきた。

 この交差点手前で再び鎌倉道に戻る。区境に沿って交差点を右折すると、路線バスも同じように交差点を曲がった。バスのあとを追うように進み、「西洗(にしあらい)」そして終点「京急ニュータウン」のバス停に到着。このバス停は舞岡公園の南側の入口にある。

 『舞岡公園』は横浜市内に26ヵ所ある「市民の森」のひとつで、青葉区の『寺家ふるさと村』同様、緑豊かな谷戸がそのまま残された自然公園である。面積は『寺家ふるさと村』の1.5倍。地下鉄「舞岡駅」から南北に細長く伸びる森は、ひらがなの「し」の字…というよりも、駆けている馬の前足のような形をしている。

 その前足の端っこ、ちょうど蹄(ひづめ)の部分を切り取るような形で公園を横断する。

引き裂かれた森 
 緑の中の歩道の途中に「小谷戸の里、瓜久保」と書かれた木製の道標があった。ここから矢印に従って森の中に入っていくと、山に囲まれた田んぼや池、茅葺きの民家や火の見櫓といった、懐かしい故郷の景色に出会える。時間があれば、ここでのんびりと過ごしたいところだが…先を急ぐ。

 わずか二、三分。森を抜けると金網のフェンス、その前には「立入禁止」「工事中」の看板が立っている。どうやら新しい道路の建設工事のようだ。

 案内板には、桂町戸塚遠藤線(かつらまちとつかえんどうせん)と長ったらしく書かれている。看板の横の矢印に従って仮設の橋を渡る、橋の下からえぐり取られた地層が舞岡公園の森を真っ二つに裂きながらまっすぐ伸びている。その向こうには、明治学院大学の建物が頭をのぞかせていた。

 反対側に目をやると、フェンス越しに眺望が開け、眼下に栄区の町並みが広がっていた。

 左下に町並みを意識しつつ、道なりに進んで行く。

 小さな公園と幼稚園(ふたば幼稚園)を過ぎると、右手に樹木の生い茂った小さな丘が現れ、道はその脇から下り坂になる。鬱蒼とした雑木林が覆いかぶさる細い路地には街灯もない。夜だったら真っ暗で歩けないだろう。

 坂を下りきると、こんどはアパートと駐車場の間を抜ける。その先はフェンスで行き止まり…と、思いきや。左に道があった。フェンスの向こう側は環状三号線。その市道に架かる「見晴橋」の上に立つ。七つめの区「栄区」に入った。


                                              つづく


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