■ひろたりあん通信バックナンバー
 ▼2006年12月号
夢の吹く丘 〜都筑の丘のすばらしき人々〜
■俳優
 尾崎 英二郎 さん

『父親たちの星条旗』を観ました。太平洋戦争で日米両軍が壮絶な戦闘を繰り広げた「硫黄島」が舞台の映画。監督は、あのクリント・イーストウッド。これまでに数多くの名作を手がけた巨匠の作品ということで期待しながら劇場に足を運びました。

 リアルな戦闘シーン。それにもまして、人間の尊厳がみごとに描き出された脚本。ここで詳細を書いている余裕がないのが残念ですが、さすがはアカデミー賞を2度受賞した監督。期待どおり、いやそれ以上に素晴らしい内容でした。

 「なぜハリウッドなんだ。硫黄島の映画は日本が、日本人が作らなきゃ嘘だろ!!」

 興奮冷めやらぬまま映画館を出た、その二日後。FM熱海・湯河原のパーソナリティのFさんから、一人の俳優さんを紹介されました。

硫黄島からの手紙 
 硫黄島の話は、アメリカと日本双方の視点から描かれた2部作になっています。『父親たちの星条旗』が、硫黄島の戦場と、従軍した若者のその後の半生を描いているのに対して、日本から見た作品は、そのほとんどが戦場となった硫黄島でのシーン。圧倒的な兵力の差にも関らず、5日で終わると言われていたアメリカ軍による硫黄島の猛攻を36日間持ちこたえ、アメリカに打撃を与え、散っていった日本軍兵士の姿が描かれています。

 ご紹介いただいたのは、その日本側から描かれた第二弾。渡辺謙さん主演の『硫黄島からの手紙』に出演された尾崎英二郎さんでした。

 この映画の封切りを待ちわびていた自分としては、なんというタイミング!さっそくインタビューを申し込みました。

「現場はすごい穏やかなんですよ。撮影現場って、『静かにしてくださーい!』とか『よーい、アクション!!』っていうイメージがあるじゃないですか、ところが戦争映画を撮っているのにも関らず、『し〜ん』としている。クリント自身が騒がしいのを嫌うんですね。西部劇時代の自分の経験も生かされているんです。たとえば『アクション!!』とか大声を出すと、馬が驚いたり、俳優も緊張してしまう。当時、監督にも大きな音を出すのはおかしいと提案していたそうなんですね。スタジオで撮っている時も、誰かがくしゃみをしたら、その音が一番大きいんです(笑)」

 ↑撮影中の専用トレーラーでライフルの構えを練習する尾崎さん。

なるほど、テレビ「ローハイド」に始まり、人気を不動のものにしたマカロニウェスタンの代表作「荒野の用心棒」「夕陽のガンマン」。アメリカに凱旋しての一連の西部劇。俳優として活躍しながらも、演出に対する思いをめぐらしていたというわけですね。

「それにクリントは撮影中座らないんですよ。七六歳なのに。立ったまま。手に小型のモニターを持って、俳優を見ながら普通の声で『OK〜』『ツヨシ〜』 それで伊原さん(伊原剛志)が芝居を始める。『OK〜』『エイジ〜GO〜』次が僕。いいと思った段階で『OK〜、STOP』。それで撮影が終わるんです。集中してないとアクションのきっかけを聴きそびれちゃう。それほど静かなんですよ」

 現場の緊張感が伝わってきます。ハリウッド映画といえば、尾崎さんは『ラストサムライ』にも出演されましたが、その時とは撮影手法もまったく違っていて、驚かれたそうです。

「クリント・イーストウッドの映画は早撮りだって言われているんですね。今回の映画も休日を抜かして32日間くらいで撮り終えたんです。ほとんどがワンテイク。普通は2,3ヶ月ですから、ハリウッドの戦争映画じゃ考えられない。『ラストサムライ』に出たときも、僕らの二つの戦いのシーンだけで撮影に2ヶ月半かけているんです。いかに効率的に撮っているかですね。よっぽど複雑な動きじゃない場合は、リハからカメラをまわすんですよ。俳優と俳優が初めて演じて、最初に出る瞬間、それを重視しているんですね」

『ラストサムライ』(03年公開)のクライマックス。銃剣で胸を刺され叫びをあげるショット。

 今回、尾崎さんは大久保中尉という伊原剛志さん演ずるバロン西こと西竹一中佐の部下の役です。主要キャストとして監督自らのオーディションで選ばれました。

「演技に関する指示はほとんど出ない。技術的なことはありますよ。ですが、そこに立ってどう演ずるかは、ほとんど僕らに任されている。それはおそらくオーディションで選んでいるし、その役に合っている君を使っているんだからということで信用されているんですね。だからこそ、こちらは1テイクで出来るように準備しなくちゃいけないし、真剣勝負なんです。怖いですよ。毎日が真剣勝負の現場でしたね」

 う〜ん、鳥肌が立つような話しです。

「クリントの度胸もすごいけど、スタッフもすごいと思うんですよ。スタッフもミスが出来ない。カメラの位置、音声、音声が切れてしまったりすると『すみませーん、こちらのミスです』と日本では俳優さんに気遣ってくれて謝るんですけど、むこうだと、スタッフもかなり準備をしてきているので、ミスもない。かなり役者も緊張しますね。『信頼されている快感』と、『任されている緊張』と、すごく充実した経験、体験だと思いました。しかも、クリントの映画だし。。。彼は飾らない人で、本当に大好きになりましたね。

あ、僕は『クリント』なんて呼んでしまっていますが、向こうはファーストネームで呼び合うので、彼も『エイジ』って呼んでくれて、ラストサムライの時も、『TOM!!』って言って、普通に話していましたよ」

国境を越えた仕事
 子供の頃は絵をかくこと、歌うこと、劇をやることが好きで、自分で友達を集めて自分で作品を作って自分でも演じてたという尾崎さん。卒業文集にも「俳優志望」と書いていました。そして、実際に俳優になろうと決断したきっかけは、大学時代でした。

「受験戦争で夢を見ることができなくなったんですね。ここの大学のこの学部だったら入れそうだという偏差値の数字のゲームで普通に受験して経済学部に入ったんです。だけど、根っから経済が勉強したかったわけではないので、身が入らないんですね。・・・その気持ちがどんどん強くなったのが交換留学でアメリカに行った時。一学期目は頑張ったんですけど、二学期目で息が切れてきちゃったんです。そのとき初めて、自分を見つめ直して、偏差値で人生を選んできてしまったことをすごく後悔したんですよ」

 アメリカの友人たちから「やりたいことがあったら、やったほうがいい」と背中を押され、将来は好きな仕事を選んでいかないと駄目になる。と俳優への道に踏み出しました。

 外国人モデルの通訳や英会話講師をしながらニューヨークの学校へ行くための資金を貯めていた頃、奈良橋陽子さんが、日本でその学校と同じシステムで演技指導されていることを知り、大学卒業2年後から習い始めました。初舞台は94年の「理由なき反抗」(全編英語)

「将来は国境を越えた仕事がしたい」そう考えていた尾崎さん。当時全米で上演されていた神風特攻隊を扱った舞台『THE WINDS OF GOD』(今井雅之さん作、演出、主演)に出演。この舞台はニューヨークで高い評価を得ました。

夢は叶うんですよ
「その時、ものすごい手ごたえを感じたんですね。向こうの批評家は、有名無名関係ないんです。コイツは! って目をつけたら記事を書く。それで舞台批評に一紙だけでもいいから、自分の演技のことを書かれたら、将来こっちでやっていこうという目標を置いたんです。そうしたら、新聞と雑誌とインターネット合わせて五つに名指しでコメントを書かれたんですよ。ようし、やってやろうと思いましたね」

 その後、芸術家のビザを取るための実績を積むために様々な作品に出演されました。

 NHKの大河ドラマ「元禄繚乱」、香港映画やブラジル映画(ブラジルの映画祭でグランプリ)。そして『ラストサムライ』を経て、NHKの80周年記念ドラマ『ハルとナツ〜届かなかった手紙』。このドラマでは主人公ハル(森光子さん)の息子役を好演しました。

NHK放送80年記念ドラマ『ハルとナツ 〜届かなかった手紙〜』では 

20代と50代の息子役を好演しました。

 「野球もサッカーも日本人が海外の土俵で勝負している時代じゃないですか。俳優としては、渡辺謙さんが素晴らしい功績をもって示してくれましたけれど、僕は大多数の人に知られていない存在。無名で無力な人間かもしれない。けれど、そういう人間が『えっ、クリント・イーストウッドに抜擢されたんだ』そう思ったら、いま夢を持っている人たちに、夢は叶うんだという勇気が与えられる。謙さんとは違った(世界への)道筋を示せると思うんですよ。偏差値とか、学校とかではなくて、何を勉強したいかっていうことなんだと思うですね」

「昔書いたメモがありまして・・・。欲しいこと、やりたいこと、そんなことを書いてあるんですね。それを今見てみると、今やっていることが書いてある。『硫黄島〜』出演のあと、母校や、神奈川県の学校などで講演させていただく機会があったんですけど、大学で講義講演することや、日本教育改革に貢献したいとか。俳優やる前に書いていたんですね。なんか嬉しかったですね〜」

「15年経ってもその夢は変わっていないんです。だから、僕のこれからも同じだと思うんです。口だけで語っても誰も信用しないとおもうので、実際にやって、それをいろんな人に見てもらって、転職したい人、進路に迷っている人、いま夢が持てない人たちに見てもらって『あいつも頑張ってるんだ』って思ってもらいたいですね。それが今の目標、夢なんですかね」

「夢のハードルは高く描いたほうがいいと思うんです。100点を目指せば、失敗しても70点のものは出せるだろうけど、初めから70点だと50点、それ以下になってします。ラストサムライのオーディションを受けたときは「1言でも台詞が欲しい」と思っていったけど叶わなかった。だけど、数年たって今度は主要キャストの中に入ることが出来た。高い目標を持っていれば、点数は段々上がっていくということを、今回確認できたような気がします」
 

 すべて日本人俳優、全編日本語での作品はハリウッド史上初。日本でタブーとされていた(硫黄島の真実)を、演技力で選ばれた日本人俳優たちが誇りをかけて演じた『硫黄島からの手紙』、ぜひ映画館に足を運んでみて下さい。

 

『硫黄島からの手紙』

 

ゴールデン・グローブ賞

最優秀外国語映画賞 受賞!!

おめでとうございます。

( ^_^)/□☆□\(^_^ )

 


第79回アカデミー賞

★作品賞 

★監督賞:クリント・イーストウッド


★脚本(オリジナル)賞

アイリス・ヤマシタ&ポール・ハギス(ストーリー原案)


★音響効果賞

 

4部門ノミネート!!

♪♪(((おめでとうございます)))♪♪

 

 

『硫黄島からの手紙』が、これまでに獲得した賞の数々

ナショナル・ボード・オブ・レビュー  【最優秀作品賞】受賞

ロサンゼルス映画批評家協会賞         【最優秀作品賞】受賞

アメリカ映画協会賞          【作品賞ベスト10】選出

タイム誌                 【トップ10リスト 第1位】選出

全米映画批評家協会賞         【作品賞 第3位】選出

ブロードキャスト映画批評家協会賞(Critics' Choice Award)

   【最優秀外国語映画賞】受賞
 

※インタビューの翌週、『硫黄島からの手紙』を観てきました。尾崎さんは、いつ出るんだろう? どんな登場の仕方をするんだろう? どうしても、そちらが気になってしまいます。が、いつしかスクリーンの中に心が引き込まれて行ってしまっていました。

 尾崎さんが登場されるのは、後半部。なかなか重要な役柄です。(映画を観る前に読んだ、城山三郎の小説、「硫黄島に死す」にも登場 する大久保中尉のイメージそのままです。)

 伊原さんとのカラミはこのシーンかな…。ライフルの練習はこのシーンのためか…。などと、数日前に言葉を交わした人物が大きなスクリーンに登場するのは、なんとも不思議な気分。しかし、それ以上なのが、クリント・イーストウッドの演出の妙。心は、 現実から再び映画の中へと引き戻されます。登場人物一人一人に対する悲しみや不安、悔しさ、怒りを我がことのように感じ…。 硫黄島の形が変わってしまったというほどの、砲弾の雨が降りそそぐ、リアルな戦場のシーンでは、あたかも自分が、そこにいるかのような錯覚すら覚えました。

 そして、発掘された沢山の手紙が崩れ落ちるラスト。心は戦場のシミュレーションから、昭和20年、現実に硫黄島で亡くなった大勢の日本人兵士たちの魂の元へ。

涙が、とめどなく溢れ落ちました。

 ウルウルの目でやっとこさ見つけた「Eijiro Ozaki」の文字。 またひとつ、マイベスト作品が増えました。そして、素晴らしい俳優をご紹介いただいたこと、本当に感謝いたします。

                                            (宮澤高広)

▼次のページへ

■前に戻る■