■ひろたりあん通信バックナンバー
▼2007年2月号
夢の吹く丘 〜都筑の丘のすばらしき人々〜
■サッカー少女
 飯島 史織 さん

「 サッカーは男子のやるスポーツだ。そう思い込んでいた。古川電工の奥寺康彦が日本人プロ第一号となる少し前。「キャプテン翼」ではなく「赤き血のイレブン」に憧れてサッカーボールを蹴っていた子供の頃の話。(これでも中学時代はサッカー部)

 しかし、プロサッカー「Jリーグ」の発足、悲願のワールドカップ出場。野球人気を凌駕するほどのスポーツに成長。「ミッドフィルダーなんて昔は言わなかったよね」なんて言っている間に『なでしこリーグ』が誕生。1部2部併せて、全国16のチームが覇を競う。

 女性がピッチを駆け、ボールを追い、歓声を浴びる時代になったのです。

男子に交じって
「凄い子がいるんだよ」ある方が教えてくれました。

「今は他のチームにいるんだけど、うちにいた時は、男の子に混じっても抜群の動きでね。将来が楽しみな存在なんだよ」

 そう熱く語る「ある方」とは、地元名門サッカーチーム「元石川SC」のコーチ。話を聞いてから2年、その「凄い」と言われた女の子に、やっと会うことができました。飯島史織さん。現在「横浜共立学園」の高校2年生です。

 「小学校2年の時、仲のいい友達の弟がサッカーをやっていて、見に行ったときに楽しそうだなと思って始めたんです。コーチからはドリブルの細かい技とかを教わりました。ドリブルの練習は反復が多いので、みんな嫌いな時間だったんですね(笑)。自分がドリブルが得意になったのは、コーチの御陰だと思っています」

 得意のドリブルを極めたいと語る史織さん。当時のポジションはフォワード。スリートップの一角を担っていました。今は、左利きを生かして左のハーフ。キープレイヤーとしての重責を担っています。

 「初めのうちは、(男の子も)みんな小さかったので一緒にできたんですけど、徐々に体格の差が出てきて、ぶつかって吹っ飛ばされたりもしました(笑)」

 5年生の時、女子チームに移らなければ、選手登録ができないということで、「元石川SC」から「あざみ野キティーズ」(青葉区で活動している小学校一年生〜六年生の女子サッカーチーム)に移籍。

 その後、5年生6年生と、県の選抜に選ばれました。そして、中学二年のとき、全日本女子ユース(U-15)の神奈川県選抜で全国大会に優勝を果たしたのです。

「Vゴール勝ちだったので、すごく嬉しかった」

第8回全日本女子ユースU-15-2003に出場

 

日々精進
 現在、学校に通いながら、女子サッカー界のトップリーグをめざす「CCCフューチャーズ」に所属。中学生、高校生、大学生の混成メンバーのキャプテンを務め、神奈川県女子1リーグに参戦中です。

※ CCC=トリプルCとはChallenger Creater ChampionのC。常に挑戦し、創造し、新しく道を切り開くパイオニアとなる。という意味です。

 週4日、学校が終わると、相模原や町田にある練習場まで通う日々。夜遅くに帰宅して、学校の予習をしてから布団に入るという生活です。遊びたい盛りなのに、本当に感心します。話を聴いていても、サッカーに賭けるひたむきさを感じました。この真面目さは、もしかして父親から受け継いだのかも???

 何を隠そう。(あ、別に隠しちゃいませんが…)史織さんのお父さんは、落語家の林家錦平師匠。保存版の「ひろたりあん2007」でもご紹介しましたが、古典を語らせたら右に出るものはいない、というほどの実力者。サッカーと落語の違いはありますが、求道的な部分では親子相通ずるものがあるのもしれません。(史織さんは、お父さんと違って寡黙ですが…) 今年のお正月は、林家一門の集まる席で、お母さんと一緒に料理のお手伝いもされたそうです。

めざせ、なでしこジャパン!
 調べているときに気がついたのですが、史織さんの生まれた年は、日本女子サッカーリーグ(現、なでしこリーグ)が誕生した年でもあるのです。まさに女子サッカーリーグとともに成長してきたといってもいいでしょう。

「まだ、女子サッカーはプロになっていないので、サッカーをしながら仕事もしなければいけないんです。Jリーグのように注目してくれるとプロになれるんです。私も必ずそこに行きますから、ぜひ注目していてください」

そして、夢はもちろん。

「なでしこジャパン!日本代表になることです。まずは、今のチームが一番上のリーグに行くことが目標ですけど。将来は日本代表になって、黄金の左足と言われるようになりたいです」

 何年後かのオリンピック、そしてワールドカップのピッチに、彼女が立っていることを期待しましょう。                                       (宮澤)


 


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