■ひろたりあん通信バックナンバー
▼2007年4月号
夢の吹く丘 〜都筑の丘のすばらしき人々〜
■半自由人 津屋 英樹 さん

旅の世にまた旅寝して草枕

 『草枕』は旅をさす枕詞。人生は旅そのものです。旅の途中において尚旅をせずにはいられない。私も若い頃は、風の吹くまま気のむくまま、全国津々浦々 旅してまわったものです。自由を謳歌できるのは今しかない。案の定、今は仕事に追われる毎日。一泊旅行もままならない不自由人となってしまいました。

 同じ本を読み、同じ道を歩き、歴史が好きで旅が好き。まさに同好の士といえる方がいらっしゃいました。ただし、人生の流れはまったく逆。天分においては月とスッポン。もっとも、比べるのもおこがましいのですが…。

『定年草枕』
 今回ご紹介するのは、60才を過ぎた現在、半自由人として第二の人生を楽しまれていらっしゃる藤が丘在住の津屋英樹さんです。

「半自由人は、私の造語なんですよ。去年の6月で一応仕事は終わりましてね。ま、自由人なんですけど、ただ半導体の学会関係の論文頼まれたりですね。敬老会に顔を出したり、地域の活動をしたり、完全に自由ではないので、半自由人ですね」

 北海道旭川生まれ。東大理学部物理学科を卒業され、NECに入社。以後、四十余年にわたり半導体の研究開発に心血を注ぎつづけられた津屋さん。昨年、会社勤めに終止符を打たれ、半自由人としての生活が始まったのです。

 その3年間の活動をまとめられた本が、この4月に出版されました。タイトルは、『定年草枕〜半自由人の東奔西走〜』

 成人病検診に始まり、青葉区都筑区の歴史散策。鶴見川、恩田川、境川を源流から河口まで歩いたかと思えば、大山道を赤坂御門から伊勢原まで辿る。遠く屋久島や熊野古道などなど、まさに東奔西走。なんといっても、私が2年と二ヶ月にわたって(やっとこすっとこ)連載を続けている鎌倉街道の旅を、中道ばかりか、上道、下道と走破。支道や連絡道まで網羅されたのです。

 成人病検診で奥様の検診表と間違えられ、子宮検査をすすめられる場面など思わずクスッと笑ってしまうようなユーモアも随所に見られます。

 「本を出そうなんて考えたこともなかったですね。若い頃は、半導体の研究開発に専念していましたから。単身赴任先の佐賀県で、佐賀新聞社とお付き合いが出来まして、そこで佐賀県の本を出したのが最初なんですよ。時間もたっぷりありますし、土日は動き回って、雨の日は図書館に行って調べて。そういうことの繰り返しでした」

 佐賀に行かれたのは56歳から6年8ヶ月の間。出版された『肥前の町から』『新・肥前の町から』は地元の方にも好評で、あっという間に売り切れになったそうです。

        

『 肥前の町から 』

『 新・肥前の町から 』

出版 : 佐賀新聞社

 

手紙が本に
「歴史は全然興味なかったですねぇ。大学時代も日本史は、私、学んでないんですよ。世界史と人文地理の二科目必須で、あとは一般社会というのがありました。佐賀には鍋島藩の葉隠れや吉野ヶ里がありますからね。そこで日本の歴史はこうかな?と、興味を持ち始めたんです」

本を出されたきっかけが、また変わっています。

「実はお袋が北海道に居ましてね。『佐賀はどうなの?』っていうことで、手紙のやりとりをしていたんですよ。毎回、(佐賀の歴史)を書いて送っていたんです。それが3年間、結構な量になったので、それを本にしたんですよ」

 丁寧で細やかな手紙を送られていたのでしょう。津屋さんの優しさがうかがえます。原稿は書くが、手紙などめったに書かない、筆不精な私にはとうてい真似できません。

 鉄道の旅を中心とした作品を数多く発表された故、宮脇俊三さんの大ファンだという津屋さん。出版された、ほとんどの作品を読まれているそうです。

「宮脇俊三さんに、佐賀の本をお贈りしたんですよ。そうしたら電話が来たんです。『東京の宮脇です。面白い本をお贈りいただいて』ってね。宮脇さんの本には、『勝手に送ってくるんだから、返事は出さない』って、書いてあったから、本当に嬉しかったですね〜」

草枕わが故郷のほかにまた遠つ飛鳥のみやこ恋しも

 津屋さんには三つの故郷があります。生まれ故郷北海道。東京に出てきてから五十年近くを過ごした東京と神奈川。そして佐賀県。それぞれの故郷にたいする熱き思い、古き友人たちや新しき知人との心温まる交流。『定年草枕』には、津屋さんの人柄がにじみ出ていました。

『定年草枕』

〜半自由人の東奔西走〜

地元・青葉区や県内はもとより

北は北海道、南は屋久島・種子島

ニッポン縦断、精力的に駆け巡る

そのバイタリティには脱帽です。

地域とのかかわり
 子ども時代の津屋さんの夢は野球選手。ジャイアンツの川上、大下に憧れる野球少年でした。 

「小学校中学校と、あの時代は野球でしたね。藤が丘に昭和47年に来まして、息子が入っていた少年野球のチーム、藤が丘コンドルズ(現、青葉ドリームス)のコーチを10年間やったんです。地区とのつきあいは野球を通してだったんですよ。こどもが居なくなってからも7、8年やりましたね」

 これから数年、団塊の世代の方がこれから大勢退職されると思い。定年後の第二の人生をどう使っていくか。不安もあると思うのですが先輩として何かアドバイスをひとつ。 

「手帳なんか見直しますと、(現役の頃は)結構ハードなことをしてましたね。定年を迎えて、会社を辞めて、大分時間ができて、その間、ギャップがありますよね。スローダウンするのに、わりと私うまくいったかなと思うんですよ。仕事をやっていたときは、家内に任せっきりで全然地域とのかかわりはなかったですから。やはり、世の中とのかかわりを持ち続けるということが大事ですね。

 自分がやりたくても出来なかったことをやる。歩くっていうのは身体にいいし、知的な興味も満足しますしね。好奇心を持って、目的意識を持たなければダメですね。私自身、それをいつまでも失くさないようにしようと思っています」

 有難うございました。同好の士として、ぜひ今度街道歩きにお供させてください。2008年保存版は『中年草枕・不自由人の東奔西走〜大山街道を行く〜』でどうでしょう?

 

『定年草枕 ・半自由人の東奔西走』

津屋 英樹 著

●時間に埋もれた歴史のひとこまを描き出す

税込価格 \1,890 (本体 \1,800)  出版:文芸社 


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