■ひろたりあん通信バックナンバー
▼2007年7月号
夢の吹く丘 〜都筑の丘のすばらしき人々〜
■横浜FC MF 背番号 20
   玉乃 淳 選手 

横浜市民のサッカークラブ
 Jリーグの試合を初めて観戦したのは10年前の国立競技場。忘れもしない横浜フリューゲルス対柏レイソル戦であった。

 ドンチャカ賑やかなフリューゲルスのサポーター席で、のんびりと生ビールをグビグビやりながら観戦していたら、隣にいた友人の女性サポーター(といっても、小学生の女の子ですが…)から

「どうして黙ってるの?ちゃんと立って声出さなきゃダメでしょ」と叱られた。

「あ、はい。すいません」慌ててビールを置いて立ち上がる。

 サポーターと一緒に大声を出し、手を振り、踊り?ながら、サッカー観戦とは選手と一緒になってゲームに燃えること。そして、それが最高に楽しくて気持ちがすこぶるいいこと、なにより応援しているチームが勝利し、知らない同志が手と手をとりあって、共に喜びを分かち合えること、そんな時のビールがことさら美味しいことを知った。

 そんなサッカー観戦の醍醐味を知ったのも束の間、その横浜フリューゲルスはあくる年、出資会社の経営不振から「横浜マリノス」に吸収合併されることが決定した。それに反対するサポーターや選手たちにより全国的な署名運動が巻き起こり、50万という署名が集まるも、ファンの願いは叶わず、同年の天皇杯(全日本選手権)優勝を花道に、フリューゲルスというチームは事実上消滅したのである。

 その後、彼らの熱き思いは、企業の資本に頼らない市民参加型のサッカーチーム作りに向かう。そして紆余曲折を重ね、毀誉褒貶を浴び、千辛万苦を乗り越えて、1999年、超地域密着、市民参加型の新しいサッカーチームが新たに誕生した。

「横浜FC」である。

 「フリューゲルスの時より、横浜FCになってからのほうが楽しいんですよ。なぜかと言ったら、みんな苦労したじゃないですか、人の気持ちが分かるんですね。みんな友達でなくちゃいやなんです。あったかいんですよ」

 そう語るのは、Jリーグ発足当時からサポーターをされている伊奈さん。

「温かくて、ほのぼのしていて、サポーターも、選手も会社の人も温かい。だからJ‐1に行って弱いのかもしれないですけど(笑)車椅子の方のお世話をしたり、ゴミもぜったい出さない。子どもからお年寄りまで楽しめますよ」

試合前日、あざみ野駅構内でチラシを配るサポーターの皆さん。
横浜FCはこうしたボランティアによって支えられています。

 同年からスタートした日本フットボールリーグ(JFL=Jリーグと地域リーグの間に位置する)で、リトバルスキー監督のもと、二連覇を達成した横浜FCは、2001年J‐2に昇格。その後低迷するも、キング・カズこと三浦知良選手、城彰二選手、そしてフリューゲルス永遠のキャプテン山口素弘選手ら、ベテランの加入により、昨年見事優勝、ついに念願のJ‐1昇格を決めたのである。

地元が生んだJリーガー
 J‐1昇格とともに、新しい戦力も加入しました。前置きが長くなりましたが、今回ご紹介するのは、その新戦力。今年「東京ヴェルディ」から移籍した玉乃淳選手です。

「小学校は荏子田小学校です。小学校1年からあざみ野SCに在籍していました」

 そう、なんと彼は青葉区出身なのです。

「サッカーが大好きだったので、当たり前のようにサッカーをしていましたね。すすき野公園で、朝みんながラジオ体操している横でサッカーして、学校の休み時間も学校帰りもサッカー、夜も集まってサッカー、朝から晩までサッカーでした」

 Jリーグ発足当時、小学校3、4年生。当時の小学生にとってサッカーは憧れのスポーツbP。遊びというより生活の全てだったのです。

 あざみ野FCから読売日本SCジュニア、ヴェルディジュニアユースを経て、スペインに留学、スペインの名門クラブ「アトレティコ・マドリッド」で学んだテクニックは抜群である。

「移籍したばかりで知らないから、奥寺さん(横浜FC代表)に伺ったんですよ。『足速いんだよ、ちょこまかとすばしっこいんだよ、彼は』って、機動力を褒めてましたね」と、先述のサポーター伊奈さん。

 今月2日に行われた「Jサテライトリーグ」(若手選手育成のためのリーグ)の水戸ホーリーホック戦では、逆転ゴールをアシスト、自らも果敢にゴールを狙うアグレッシブな姿が目を引きました。
 

たまプラ夏祭りは横浜FC!
 7月28(土)、29日(日)に開催された『たまプラーザの夏祭り』。今年、たまプラーザ商店街では、全面的に横浜FCを応援することが決定。それに伴い商店街のあちらこちらに横浜FCのフラッグがたなびきました。祭り当日には、横浜FCのブースで、ゲームやグッズ販売もされました。

 

「本当ですか?たまプラーザには、しょっちゅう行きますよ。街並みも好きですし、大親友がたまプラに住んでいるので、商店街にもよく行きますね」

 たまプラには、焼肉やお寿司屋さんなど馴染みの店があるとのこと。
 地元出身。名前も「たま乃」。これはたまたまの偶然ではなく、たまプラーザ商店街が応援することは運命づけられていたのかもしれません。「玉乃淳応援団」が結成されそうな勢いです。

「それじゃ、なおさら、試合に出ないと盛り上がらないですね(笑) なかなか出場機会に恵まれないですけど、チームも苦しい時なので、とにかく自分の力で(J‐1に)残留させたいですね」

 横浜FCが昇格したことによって、再び横浜のふたつのチームが覇を競うことになりました。お互い刺激しあい切磋琢磨しあって、Jリーグが盛り上がることが私たちの願いです。
「今は夢を持つというより、自信を持ってフィールドで表現できるような選手になること。サッカー選手としての技術をしっかり磨くことが目標ですね。それが叶ったら夢を持てるかな。とにかく自分がチームの救世主になれるよう頑張りますので、ぜひ試合を観に来てください」

 横浜FCを、そして地元出身Jリーガー、背番号20、玉乃淳選手を応援しましょう。サッカーの醍醐味を味わいに、さあ三ツ沢へ!GO!

                                               (宮澤)

 

7月19日、鉄小学校で横浜FCのコーチによるサッカー教室が開かれました。

 

横浜FCでは、市内各地の小学校へ出かけて、サッカー教室を開き

未来のサッカー選手の育成普及にも力を入れています。

 

  横浜FCオフィシャルサイト http://www.yokohamafc.com/

玉乃淳選手を応援したいという方は、ひろたりあん編集部まで


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