■ひろたりあん通信バックナンバー
2007年8月号
夢の吹く丘 〜都筑の丘のすばらしき人々〜
■『ひび割れた晩鐘』を出版された
  亀山 健太郎 さん 

 気がつくと足首を回していた。脛をさすり、足の指を動かす。自分の足がそこにあることを無意識に確認しながらその本を読んだ。

 本のタイトルは『ひび割れた晩鐘』、著者はあざみ野にお住まいの亀山健太郎さん。(山岳遭難・両足切断の危機を乗り越えて)という副題がついている。

 二年前の平成十七年九月、丹沢・源次郎沢F5(Fは滝を表す)を登攀中に足をすべらせて墜落。両足首開放骨折(砕けた骨が両足首の肉を突き破る)という重傷を負った亀山さん。病院に搬送されるまでに17時間を要したため、沢の水に浸かったことによる感染症も併発した。ひと昔前なら即座に両足切断という大事故である。
 

イリザロフ法
 「イリザロフ法といって、自分の骨を延ばして骨をくっつける治療法があるんですよ」

 そう言いながら、スラックスの裾を捲くると、脛から足首にかけて痛々しい傷跡が現れた。しかし、それはまぎれもなく亀山さんご自身の足であった。

 「ぶっさいくな装置を一年近く付けなくちゃいけないわけですよ。寝返りも打てない、足は組めない、トイレもそのまましなきゃいけない。きついですよ。そういうことに耐えられるのかどうか、でも、それをやらないと助からないのなら、これから二十年生きるとして、一年か一年半、1割を我慢して残りの9割で自分の人生が戻るのであれば、我慢かなと思ったんですよ」

 自分の骨を延ばすという治療法があるのにも驚きましたが、想像を絶する治療に耐え、みごと自分の足を取り戻した亀山さんの強靭な精神力には心を揺さぶられました。

 「入院してますとね。いろいろなことを思うんですよ。1年4ヶ月入院したんですけども、二週間に一回くらい全身麻酔をして傷口を奥深く洗わなければいけない。骨の具合が悪ければ取ってしまう。そういう処置をずっとしていたので、最初の3ケ月4ヶ月というのは深くものを考えるということは出来なかったし、する気も起きませんでした。それに痛みもあったし、落ちたショックもあった。痛み止めの麻酔薬で頭もぼーっとしてましたしね。あとはどうなるか分からないという、半分自暴自棄、足を切っちゃうかもしれない。どうでもいいや。いろんな気持ちがないまぜになっていましたね」

 もしも自分だったら・・・たぶん、絶望感に押しつぶされているに違いありません。

「ある程度感染症が治まってきて、ひょっとしたら足を切らなくてもいいかもしれない。多少望みが出てきたんですね。血液反応の数値CRPが体内で炎症していると高いんですけどね、治まってくると数値が低くなるんですよ。それが、ある日ポーンと低くなったんですね。ひょっとしたらという話が医療チームからあって、そこから色んなことに頭が回るようになったんです」

ガタカ
Gattaca

98米

近未来SF映画『ガタカ』の中にイリザロフ法が出てきます。                        しかし、身長を伸ばすためにキレイに骨を切断する方法とは                        違い、砕けて無くなってしまった部分を伸ばして繋げる                           しかも両足、亀山さんの治療は想像を絶する困難がありました。

医療チームの一員
 事故発生から救助活動、緊急手術、感染症との闘い、イリザロフ法への決断、皮膚を切り裂く固定装置、自分の足で立つ。本書前半、克明に綴られた闘病記は、思わず自分の足を確かめてしまうほど真に迫っていました。

 「歯医者さんの治療だったら、たとえば虫歯があって、それを治す場合なら、神経を抜きますよ。仮の歯を入れますよ。その間に作った歯を被せますよ。という治療計画書というのが出てくるんですよね。それで費用はいくらです。じゃあ保険でやる?とか保険使えないから自費診療にしましょうか?とか、先生と患者さんの間で話し合いがあるわけじゃないですか。僕の場合には救急車で運ばれて、治療の計画とかよく分からないうちに進められて、歯科と外科では随分違うんだなと思ったんですね」

 それまでも医者の説明に欠かさずメモをとっていた亀山さん。インターネットで情報を集め、友人に頼んで整形外科の高価な本を購入するなど、自らも医療チームの一員と位置づけ、ケガとの戦いに参戦したのです。

 「個々の人間の持っている治癒力を、いかに上手く引き出せるようにするかというのが薬であり、装置であり、医者の力なんですよ。その助けをしてくれるのが医療チーム。だから医者と同じ側に立って、治してもらうのじゃなくて、自分も治していくんだよ。という意味で、患者も医療チームの一員だって考えたんです」

 『ひび割れた晩鐘』は、大手書店のアウトドアコーナーにありました。それは、この本が単なる闘病記ではないということ。後半は医師、看護師、医学療法士とのコミュニケーションや最近うるさく叫ばれているインフォームド・コンセント(説明と同意)の重要性。入院医療費、入院中の惚け防止策から院内感染、医療廃棄物・医療事故などの問題。学んで得た豊富な知識と自らの体験から得た教訓、その内容は多岐に亘っています。

 特にインフォームド・コンセントの問題。亀山さんは本を書くためではなく、自分が今どんな治療を受けているのか、どんな薬を投与されているのか、こと細かく先生に質問し、メモをとられました。

「言わないとわかんない、患者というのはいろんなことを言ってみて、わかんない事を聞くのも決して恥ずかしいことではないし、出来ないことを助けてもらうのも恥ずかしいことじゃない。そのためにスタッフがいるわけですから。それを嫌だからとか、あーでもないとか説明しないとかは(患者側の)怠慢ですね。お医者さんも聞かれると嬉しいし、僕なんかはずっとメモとっているんですけど、『患者さんが来て一生懸命説明するけど、次来た時また同じこと聞くんだよね。ちゃんとメモとってくれればいいのに』ってお医者さんは言うんですよ。

 日本人というのは、人の話をメモするっていうのは失礼なことだっていう雰囲気があるんじゃないかな〜。別に言質とるわけじゃないですからね。自分が備忘録のために書くことはいいことだと思うんですけど。絶対にお医者さんに行ったらメモ用紙とペンを持って、忘れないように書きますからお願いしますゆっくり言って下さいと言えば、お医者さんも一生懸命説明してくれますよ」

 

滾る山への想い
「元々、歯医者さんの材料を作る海外のメーカーの日本の代理店とか、輸入会社を興し、その関連の仕事をしていましたので、医療というものに多少思い入れがあったんですね。そこから少しずつ考えるようになって、自分の置かれている立場はどうなんだ? 医者の説明はどうなんだろう?それに対して自分の理解度はどうか?歯のレントゲン見ればここが悪いというのが分かるんですけど、自分の足のレントゲン写真を見ても何も分からないわけじゃないですか。

 骨はバラバラなんだから、これを繋ぎ合わせてもたぶん何も出来ないということは、普通の常識的な頭で考えれば解るし、それ相応の基礎がなければいけないわけだけど、そうすると本当にこの足を切らないで済まして、尚且つ体重をかけて歩くようにするには何が出来るのか・・・ものすごく不安になったんですね。 医者の治療に対して自分の心構えをどうするか何も分からないから、自分の中で噛み砕いてそれを理解しようと思って必死に勉強したんですよ」


 そういった前向きな姿勢と努力、医療スタッフとの信頼関係が、この難しい手術を成功させたのでしょう。

 リハビリのおかげで、今では階段やエスカレーターにも乗れるようになり、車椅子はほとんど利用していません。次のステップは、杖を使わない二足歩行だそうです。

 「今のままで買い物も行けるし、車も運転も出来るし、トイレも行けるし、食事も作れるんですけど、もう少し活動的に、ようは生活の質をできるだけ普通の人のレベルまで引き上げていきたいと思っています。来年の末くらいには、少なくても街の中を歩けるようになるのが目標ですね。それが今後達成できたならば、7キロくらいの荷物を背負って、少し傾斜のある坂道を歩きたい。上りはそんなに難しくないと思うんですけど、下りが大変なんですね。足首の関節が動かないですから。これが動くかどうか分からないです。たぶんもう一生動かないだろうという前提にたって、その中で最大限できることをやり遂げる。春の山とか、秋の山とか高い山じゃなくていいですから歩いてみたい。杖をついてもいいんですよ。どうせ登山するやつはみんな杖ついているんですから(笑)」

「両足開放骨折して、両足の脛骨の半分以上無くして、足首の動かない人間にしてみたら結構大きな夢なんですよ。ひとつひとつ段階を追って夢を大きくしていきたいと思っています。最終的には80過ぎても自分の足で立っていたい。ケガをしてから家族には不自由かけましたからね。これは家族の夢でもあるんですよ」

 春の桜、秋の紅葉、山の仲間と笑いながら登る里山。夢が実現するのも時間の問題でしょう。

 『ひび割れた晩鐘』は、これから山登りを計画されている方はもちろん、ケガや病気で入院し、今まさに戦っている方、心の病や精神的なストレス、社会的な挫折で落ち込んでいる方、そして、病気やケガは他人事だと安心しきっている貴方に、ぜひ読んでいただきたい一冊です。


 

『ひび割れた晩鐘〜山岳遭難・両足切断の危機を乗り越えて〜』

亀山健太郎著

税込価格 : \1,500

出版:本の泉社 

発行年月日:2007年6月25日発行
サイズ:四六判並製 296ページ
ISBN 978-4-7807-0325-2


Contents

第一章 事故発生と夜を徹する救助活動

第二章 感染症との闘い

第三章 骨は延びる

第四章 リハビリテーション

第五章 医師、看護師、理学療法士とのコミュニケーション

第六章 入院医療費

第七章 非日常のなかの日常――長期入院生活

第八章 見舞う側と見舞われる側

第九章 痛みのなかで

第十章 安全登山へ向けて



著者紹介
亀山健太郎(かめやま・けんたろう)

1942(昭和17)年6月13日生まれ。

商社ニューヨーク支店駐在勤務。帰国後、欧米歯科医療

機器・機材メーカーの日本法人代表取締役を歴任。

現在、ジャパン・デンタル・リサーチ・センター代表。

2000(平成12)年2月より登山を始め、関東周辺の山を

中心に300回以上の山行を重ねる。

日本ハイキング倶楽部会員
東京都山岳連盟事務局理事
東京都山岳連盟遭難対策委員会委員
 


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