| ■ひろたりあん通信バックナンバー |
| ▼2008年1月号 |
| 夢の吹く丘 〜都筑の丘のすばらしき人々〜 |
■シンガーソングライター SALA さん ![]() 「愛知県…半田市、は、半田?」 クリアファイルに綴じられたプロフィールの出身地を見て驚いた。 名古屋に帰省するついでに寄ろうと思い、たった今、半田市の地図を検索していたところだったのだ。 寄ろうとしたのは『新美南吉記念館』。かの名作『ごんぎつね』の作者、「西の宮沢賢治」と呼ばれ、29歳という若さでこの世を去った『新美南吉(にいみ・なんきち)』の功績を顕彰して、南吉のふるさと・半田市に設立された記念文学館である。 ごんぎつねの故郷 現在も小学校の教科書に載っているようだが、自分もン十年前の小学生の時に泣いた。今読んでも泣ける。そのことがあってから、ずーっと頭の隅に南吉と狐の『ごん』が住み付いていて、機会があったら調べてみようと思っていた。 ところで皆さん半田市がどこにあるかを知っていますか? 愛知県の知多半島の中心都市。地図でいうと前足の付け根(後ろ足は渥美半島)。名古屋から名鉄電車で南に向かって約30分。 わが村を通り みなみにゆく電車は 菜種ばたけや 麦の丘をうちすぎ みぎにひだりにかたぶき とくさのふしのごとき 小さなる駅々にとまり と南吉の詩にあるような町である。 「生まれたのは岡山なんですけど、すぐに半田に来て、小、中、高校と半田で、大学は金城学院大学に家から1時間半位かけて通ってました」 金城学院大学は、名古屋市守山区にある中部圏有数の女子大学。(いわばお嬢様大学なのだ) この学校出身のアーティストといえば、ピンキーとキラーズの今陽子さんがいらっしゃいます。といっても、SALAさんの生まれる前ですから、ピンと来ませんね。 「中学の時に、趣味で曲を作っていたんですね。中学の時にまわりの友達に馴染めなくて、自分の言いたいことや主張ができなかったんですよ。そういうのに悩んでた時期があって、それで、どうやったら伝えられるんだろうと思ったときに、曲を書いたりして、そこに自分の思いを込めていたんです」 ただ、その頃の夢はミュージシャンではなく、幼稚園の先生でした。 夢よもう一度 しかし、その夢は挫折してしまいます。 「免許を取ったんですけど、実習に行ったら、ヘルニアになってしまって(笑)子ども抱いたり、洗い場とかも低いところにあるんです。給食も子どもの机で食べるので、常に中腰で作業していて、本当、情けないんですけど、一週間でギックリ腰になっちゃったんです」 夢をあきらめたSALAさん、大学を卒業後は、名古屋にある大手企業(日清製粉)に就職。普通にOLとして仕事をしていました。 「企業に勤めたんですけど、そこはやっぱり何か違うと思ったんですね」 Remember 「必死で働いて、お金を貯めて…」 ちょうど一年前に上京、友人から「この街はとっても素敵よ」と、奨められた青葉区に居を定めました。それからは、ひたすらオーディションを受ける日々。そして、そんな彼女についに幸運が舞い込んだのです。 「『ネットラジオ「レディオガガ』とのコラボレーション企画だったんですけど、そのオーディションで、infixの長友仍世(ながともじょうせい)さんに聴いてもらえる機会があったんです」 『infix』といえば、「機動戦士Vガンダム」のエンディングテーマや「仮面ライダーZO」のオープニングテーマ、日本テレビ「西遊記」の主題歌などなど、知る人ぞ知るロックバンド。メンバーの長友仍世氏は、5年連続「FM STATION」誌上人気DJランキング第2位の人気パーソナリティでもあります。 「私もガンダム好きだったんですけど、最初プロデューサーって言われた時はピンとこなくて、ガンダムの主題歌を歌ったinfixだって聴いた瞬間に『あっ!』って、もう感動的でした」 その長友氏の目、いや耳にとまったのが「Remember」という曲。 「名古屋から東京に上京する時に、好きな人だったりとか、友達とか、いろんな方との別れがあったんです。この歌には、距離は離れちゃうけど、心は一緒にいるよ。というメッセージが込められているんです」
う〜ん、分かります。自分も東京に出てくるときは、新幹線のホームに友達が見送りに来てくれました。いつまでも手を振る友人に、ジーンと胸が熱くなったのを覚えています。きっと涙をこぼしていたでしょう。隣に「東京見物に行く」と言って付いてきた母がいなければ…。 どんなときでも忘れない「Remenber」。心にしみわたるピュアな歌声は、なんだか南吉の純粋無垢な童話に相通ずるものを感じます。いつまでも耳に残るステキな曲です。 その後、長友氏のラジオにアシスタントとして出演し、音楽面、精神面を厳しく鍛えられました。そして、新年早々、独立した番組を担当することになったのです。 タイトルは『名古屋嬢SALAの音楽味噌煮込み〜でも悪いけど私金城よ!〜』おお!素晴らしい。 「尾張名古屋は城でもつ」は昔の話。今やナゴヤジョーは名古屋城のことではなく、名古屋嬢のこと。「尾張名古屋はお嬢でもつ」に、なってまったでかんわ〜。 この番組、名古屋のお嬢様が、名古屋弁を笑いものにしようという名古屋人が泣いて喜ぶ企画だそうで、さっそく私にもオファーが来ました(泣)名古屋弁なら、まっかしてチョーでゃ〜?、やっとかめ。 さて、そんなSALAさんの現在の夢は? 「SALAは『まっさら』のサラなんです。気取りのない ありのまま、等身大の自分、笑ったり、泣いたり、みっともなくてもカッコ悪くても、そういうところも出せるような、アーティストになりたいですね」 そんな、まっさらなSALAさんが、こちらも出来たばかりのまっさらなライブ喫茶「イン・マイ・ライフ」(2007年11月オープン)で、関東地区初ライブを行いました。 店名の「In my Life」は、ご存知ビートルズのヒットナンバー。イギリスの音楽雑誌でジョン・レノンの最高の曲として選ばれた名曲だ。(YesterdayでもImagineでもないのですね〜)。 忘れられない場所がある 記憶の中の恋人や友達 もちろんみんなへの想いは 失わないけれど 私の人生で あなたをもっとも愛している この「In my Life」の歌詞が、故郷を離れて上京したときの気持ちを歌った「Remember」と重なって聴こえたのは、私の思い過ごしでしょうか?
当日は、二人の若いギタリストがサポーターとして駆けつけてくれました。彼らとの出会いもまた、思いがけないものでしたが・・・。(ここでは秘密にしておきます)
こうした新しい人たちとの出会い(私も含め)をアグレッシブに求めていく姿勢には感心させられます。
「Remember」を大切に胸に秘めながら、青葉区という新しい土地から人生を「Renewal」したSALAさん。ライブにラジオ、そしてテレビに、これからいろんな経験をし、多くのことを学び、「Renovation」を繰り返していくことでしょう。 誰からも愛される、素晴らしいアーティストに成長していってくれることを同郷の友人として、心より願っています。
神奈川県最初のライブであり、インマイライフ開店最初のオープニングライブ。 地元のお年寄りから、東京からファンも駆けつけ、満員御礼。 ファースト、セカンド両ステージとも、大いに盛り上がりました。 最後には、小さな女の子から花束の贈呈もあり、大感激のSALAさんでした♪ |