■ひろたりあん通信バックナンバー
2003年 1月号
 「新しい芸能を生み出す場に」玉置館長談
                   「横浜にぎわい座」
写真  明けましておめでとうございます。今年もひろたりあん通信を温かい目で見守ってくださいね。ところで新年というと、何事に対しても頭に「初」をつけるか、お尻に「始め」をつけるのが慣わしになっていて、その中に「初笑い」というものがある。わが家では家族一同、大晦日の深夜に近所の寺に行き、そこで新年を迎え、家内安全を祈願し、その帰りにやはり近くの、家族付き合いをしている夫婦が営む居酒屋に寄り、日本一早い?新年会をすることにしている。今年もその店で酔っ払い、くだらぬ与太話で「初笑い」を済ませたしまったらしいが、これではあまり有難味がない。その点「歴史探偵」を自称するサムライ、宮澤担当はさすがだ。新年早々、桜木町の「横浜にぎわい座」まで「初笑い」に出かけてきたというのだ。ただ、少々閉口するのは、彼の言葉遣いが江戸前の落語調になってしまったことである。ましてや、大して歳の違わない私を「ご隠居」呼ばわりするなんて言語道断!サムライならきちんとした武家言葉を使え!と叱ってやりたいところだが、彼からは年末に美味い日本酒をもらった手前、とりあえず黙認している次第である。

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写真 「おめでとうございます」
「これは高丸さん、おめでとうございます。正月早々めかしこんで初詣ですか?」
「それが今日はこれから落語を聞きに行くんですよ」
「ほーっ!そんな趣味がありましたっけ」
「歴史探偵たる者、大衆文化の歴史を知る上では落語を知らない訳にはいきません」
「感心だねぇ。ところで場所は浅草?それとも上野?」
「それが横浜なんで」
「横浜に寄席なんかありましたっけ?」
「いやだな、ご隠居!何にも知らねぇな。桜木町に立派な芸能ホールがあるんですよ」
「桜木町!それは知らなかった」
「その名もなんとにぎわい座ってんだから、なんとも豪勢じゃないですか。ご隠居!」
「どうでもいいけど、私はご隠居じゃなくて、編集長!」
「いけね!毎晩落語のテープ聞いて寝てるから、ついつい江戸弁になっちまったよ」
「まぁいいから、気をつけてお行きよ八つぁん!って、こりゃ参ったね、うつっちまったよ!」

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写真 大衆芸能のメッカ!
 笑う門には福来る、てなわけで新年を笑って迎えようと、桜木町にある『横浜にぎわい座』に行ってきました。  市営地下鉄の桜木町駅の改札を出て、地下通路を野毛方面に出る。桜木町と言えば、今や観光スポット「みなとみらい21」の玄関口として大勢の人が訪れる。ところが駅の反対側、野毛の街に足を向ける人はあまりいない。

 野毛の街はかつて横浜を代表する繁華街でした。戦後ヤミ市で栄えたこの街には多くの劇場や寄席があり、日本を代表する歌手「美空ひばり」を生み、ジャズの日本における発祥地でもあるのです。

 野毛の町おこしとして始まった「野毛大道芸まつり」も今年で二十七回を数え、世界中からパフォーマーたちが集まり、みなとみらい地区も含めて五十万人以上も観客を動員する一大イベントに発展しました。そんな大衆芸能のメッカ野毛の街に『横浜にぎわい座』がオープンしたのは去年の四月のこと。

写真  『にぎわい座』には落語、漫談、浪曲など寄席芸などの大衆芸能を楽しめる「芸能ホール」と小規模な公演やジャグリング等の大道芸の練習に適した高い天井が特徴の「小ホール」が設けられている。他には鏡やレッスンバーが備え付けられた練習室や、舞台道具の製作ができる制作室、大衆芸能の展示や公演の情報がわかる情報コーナーなども完備され、横浜の芸能文化の振興拠点として施設は充実している。

 毎月一〜十五日は自主興行として落語、お笑い、マジック等、幅広い芸能の公演が行われ、後半の十六日〜月末までは貸しホールとして一般市民に提供されているので、カラオケやダンスのサークルなどで練習の場や発表の場所をお探しの方はぜひ利用してみてはいかがでしょう。  特に落語好きに堪らないのは、十一〜十五日に「にぎわい座有名会」と銘打って落語協会と落語芸術協会合同で行なわれる寄席形式の公演である。東京の演芸場ではなかなかお目にかかれないホールならではの組み合わせが楽しめる。

正月興行
 さて、地下通路を通ってエスカレーターで外に出る。歩いて二分でもう「にぎわい座」に着く。あざみ野からでもたったの三十分しか経っていない。この近さは嬉しい。

 一月は正月興行ということで、元旦から十日まで「清水アキラ劇団の旗揚げ公演」が芸能ホールで行われている。そこで、お正月に落語を聞きたいお客さんのために地下の小ホールで新春寄席は行われていた。芸能ホールで落語が聞けないのは残念だが仕方が無い。

 私が行った正月二日は「笑点」でおなじみの三遊亭好楽師匠以下「円楽一門会」の噺家さんによる公演であった。元旦からリニューアルされた小ホールは定員百四十席と小さいが、かえって噺家さんと客席が一体となってマイクも要らず落語を聞くにはちょうどいい。天井が高いので小さいわりに圧迫感も無く、多目的に利用できるように全体を黒で統一してあるので落ち着いた雰囲気だ。

写真  さあ出囃子に乗って、いよいよ噺家さんの登場である。前座から始まり二つ目と進み、途中、色物と呼ばれるコントが入る。客席に目をやるとさすがに年配の方が多いが、正月とあって晴れ着を着た若い女性もチラホラと見うけられる。どの顔も新しい年のひと時を笑って迎えられて幸せそうだ。

 トリをとるのが真打。この日は第一部が円橘師匠の「時そば」、第二部は好楽師匠の「藪入り」、どちらも有名なネタなので私でも知っている。最後は出演者総出の大喜利、お客さんも参加して大盛り上がりのうちに幕を閉じ、自分も仕事を忘れて大いに笑った。

 二月以降は通常通り、自主興行は大きな芸能ホールで催される。芸能ホールの雰囲気も知っておきたいので、「清水アキラ劇団」の方も観賞することにした。(あくまでも、ホールを見るのが目的ですよ)芸能ホールはさすがに広い。と言っても三階と四階で四一〇席の客席数なので、舞台が身近に感じられる丁度いい大きさだ。やぐらをイメージした舞台廻り、椅子席のほかに左右に桟敷席や花道も設けられていて寄席の雰囲気をしっかり味わえる造りだ。何よりここでは座席で弁当を食べながら、お酒が飲めるのがいい、映画館じゃこうは行かない。
「やはり寄席はこうじゃなくっちゃ」
などと通ぶっているが、私が初めて落語を聞きに行ったのは、ほんの二ヶ月前。偉そうなことは言えません。

地元が育てる落語家
写真  去年の十月、たまプラーザの居酒屋で青葉区出身の落語家がいるから応援してよと紹介されたのは林家錦平師匠。
 「彼は生まれも育ちも青葉区の美しが丘、林家三平の最後の弟子で林家一門では珍しく古典落語の上手い噺家なんだよ」と、やはり地元の後援会長から聞かされたが、実は錦平師匠には過去に一度お目にかかっていた。

 ちょうど一年前、今の横浜市長の賀詞交歓会で、私がゲストとして招かれ歌を唄ったとき(本当ですよ)司会をしていたのが錦平師匠。その時、舞台上で何らかのやり取りがあったのだが、こちらは緊張していてよく覚えていない。

 「顔はともかく、落語は本当に上手いよ」と言われても聞いてみなけりゃ分らない。 
 十一月に錦平師匠が年二回開いている「錦平の会」があると言うことで、誘われるままに上野は鈴本演芸場に足を運んだ。普段はメガネをかけ真面目そうだが、着物を着て高座に上がった姿はまるで落語家。(失礼!)

写真  二百の持ちネタの中からこの日のネタは「不動坊」と「柳田格之進」、噺が始まると買ってきたビールに口をつけるのも忘れるほど引き込まれてしまっていた。特に「柳田格之進」(元は講釈)はまるで藤沢周平か池波正太郎の時代劇を見ている様。

 演芸場を出た時には、すっかり落語にハマッテいた。錦平師匠曰く、
 「寄席の良さは気楽に入れることです。映画や演劇と違って途中からでも、弁当食べながらでも構わない。なんといっても庶民の娯楽なんですから。でも奥が深い!」
たった一人で、道具は手拭いと一本の扇子だけ、しかも座ったまま、それで八つぁん、熊さん、横丁のご隠居、果てはサムライから花魁まで老若男女問わず、多種多様な人々を演じ分ける。そのうえオチまでついている。あれっオチがあるから落語か。とにかく考えたら凄い芸である。

 落語の始まりは戦国時代にまでさかのぼる。江戸時代から明治、大正、昭和と庶民の生活や文化が噺の一つ一つに反映されているので歴史や風俗の勉強にもなる。

「落語を聞くのには噺家で聞くか、ネタで聞くかの二通りありまして。一人の噺家をじっくり追いかけて、その成長していく姿を楽しむか。いろいろな人のを聞いて、その違いを楽しむか、同じネタでも噺家によって全く違いますから。いずれにしてもお客さんが噺家を育てるんですよ」

 錦平師匠は寄席だけでなく、地元の割烹や蕎麦屋、自治会・商店会等で時々落語会を開いている。
 「落語が聞いてみたいと言うご用命があれば何処でも行きますよ。この間も、静岡の浜松に寝たきりのお婆さんがいて、呼ばれたので行ってきました。お客さんは家族五人に犬が二匹(笑)」
 錦平師匠のいや、錦平さんの落語を聞いてみたい、またはどんな噺家か知りたいと言う方は、わたくし歴史探偵、高丸までご連絡ください。

 (いやあ、笑った笑った!)にぎわい座を出ると、外は暗くなっていた。落語を聞いたあとは野毛の町で夕食がおすすめ。横浜の浅草と言われる各小路には飲食店が多い。 「今日は鰻でも食べながら一杯と行くかな」(しまった!お正月でどの店もお休みだった) 

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写真  後日、『横浜にぎわい座』の玉置館長にお話を伺うことが出来ました。
 玉置さんと言えば、かつての歌謡番組の名司会。「一週間のごぶさたです」「歌は世につれ、世は歌につれ」の名文句が今も耳に蘇る。現在はNHKの「ラジオ名人寄席」や神奈川新聞などで落語の紹介をされ。芸能全般の普及、発展に日々尽力されています。

 子供の頃の有名人に会えると緊張していた私に、当時のまま変わらない優しい笑顔と懐かしいあの声で丁寧に応対してくださいました。

 「東京には上野、浅草、新宿、池袋と演芸場はありますが、横浜に今まで欠けていたのが寄席の出来るホール。伝統芸能を味わって頂くだけでなく、新しい芸能を生み出す場として皆さんに利用して頂きたい。そして、この『にぎわい座』からは芸人さんに巣立って行って欲しいですね。二つ目、若手真打に出来るだけ機会を与えて、将来の大看板がここから育ってくれれば、そんな嬉しいことはないですよ」

―ひろたりあんの読者の皆さんに一言お願いします。
 「横浜の北方面にはまだまだ認知度が低いので、特に田園都市線沿線のお客様にぜひ足を運んで頂きたい。交通の便のいい所ですから、年配の方にも心配なく来ていただけます。何はともあれ、騙されたと思って(笑)、まずは一度お越しください。きっと満足してお帰りいただけます」
                                  (宮 澤)
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