■ひろたりあん通信バックナンバー
2003年 12月号
  『よこはま・新浦島伝説』
   青葉区小中高校生ミュージカル

 本紙の特集欄で、ミュージカルを取り上げることになった。青葉区の子どもたちとボランティアの皆さんの、手作りのミュージカル「2003青葉区小中高生ミュージカル」の取材を提案したのは、ただ今絶好調、天下の名君を志す孤高の闘将、宮澤“呑兵衛”高廣で、地域のボランティア活動に協力を惜しまぬことで、さらなる勢力拡大を目指そうとする。「宮澤担当がミュージカルだって?」「ぷーっ」そのミスマッチさに、会議の席が一瞬「失笑」に支配された。しかし、故郷の英雄、斉藤道三さながらの胆力、膂力と悪(?)知恵で、成り上がってきた宮澤担当は動じることはない。まあ、日本の伝統芸能である歌舞伎も、ミュージカルの一種とするならば、「仮名手本忠臣蔵」や「勧進帳」の例を出すまでもなく、侍にまったく無縁 というわけでもない。結局そういう無理のあるこじつけで、宮澤担当に取材の出陣を許可したわけであるが、やはり一抹の不安はぬぐえない。そんなある日、編集部員のK君が「宮澤さん、ミュージカル大丈夫そうですよ」と報告に来た。「昨日の夜、たまプラーザの飲 み屋さんで、宮澤さんが気持ちよさそうに、踊りながら歌ってましたよ」私の不安は、なかなか消えない。

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「むかし、むかし、浦島は〜助けた亀につれられて〜♪」
 日本人なら誰もが子供のころに聞いた「浦島太郎」の物語。いまでも歌を口ずさめるし、ストーリーだって語れます。それほど、私たちの心にしみついています。
 しかし、この物語が日本最古の伝説だと言われていることを知っていますか?そして、お爺さんになった太郎がその後どうなったのかという後日談、いわゆる続編があり、その舞台がこのヨコハマだということを皆さん知っていますか?

日本最古の伝説
 おとぎ話「浦島太郎」は日本書紀や万葉集にも載っている古〜い物語なのです。原点は715年頃に書かれた『丹後風土記』(京都北部、丹後地方に伝わる風土、伝説を記した本)。
 ただ、太郎の名前は「浦の嶋子(うらのしまこ)」となっています。(誰ですか笑うのは、本当なんですよ。子と言っても女の子じゃなくて、小野妹子の子と同じで太郎の意味なのです)。きっかけも、いじめられている亀を助けるのではなく、漁に出た太郎が五色の亀を釣り上げるところから始まります。その亀が美しい女性(亀姫)に変身して、太郎は誘われるまま常世の国(とこよのくに、海の底とは書いてない。常世の国ってどこよ?)に連れて行かれ、目がさめるような輝く宮殿で三年の歳月を呑めや歌えの大騒ぎと楽しく過ごすのです (うらやまし〜!)。故郷が恋しくなった太郎が故郷に帰ってみると、そこは三百年後の未来。その後、太郎は失意のうちに海に帰ったとなっています。丹後半島の舟屋 (ふなや、一階から船が出入りできる住居)で有名な伊根町には浦島神社があり、今もその伝説が残っています。

 この伝説が室町時代に書かれた「お伽草子」の浦島太郎の話としてよみがえり、江戸時代、「おとぎばなし」として民間に伝わって、明治時代になって、童話や文部省唱歌で私たちがよく知る「浦島太郎」の物語になったのです。

横浜の浦島伝説
 じつは、浦島太郎の父親は相模の国、三浦の里の住人なのです。父親の浦島太夫(うらしまたゆう)は公務のため丹後の国に赴任します。そこで太郎は生まれました。そして、太郎が二十歳のときにその事件 ?に遭遇したのです。
 竜宮城から三年ぶりに丹後の浜に戻った太郎は、そこが三百年後の世界だと知り、悲しみにうちひしがれて玉手箱を開けて、お爺さんになってしまいます。ここまでは皆さんもご存知のはずですね。しかし、太郎はここで父母が自分を尋ね歩き、自分の無事を祈りながら亡くなったことを知るのです。親思う心にまさる親心…。(なにか、現代の拉致問題に通じますね)

 父の故郷、三浦の里に近い白幡の海の見える丘に父母の墓があることを知らされた太郎は、相模の国へと向かうのです。やっとの思いで武蔵の国の子安浜(こやすはま)にたどり着くと、再び現れた乙姫が丘の上にある松の枝に明かりを灯して太郎に墓の場所を教えてくれます。導かれるまま丘に登った太郎は、淋しそうに並んだ二つの墓を見つけ涙を流し、そこに庵を結んで死ぬまで父母の 菩提を弔ったと伝えられているのです。

 

子安の浜は京浜急行の子安駅のあたりで、近くの亀住町には浦島地蔵、子安通には太郎が足を洗ったという井戸が残っています。白幡の丘は現在の神奈川区浦島丘です。丘にあった松は「竜燈の松」と呼ばれ大正時代まで残っていました。太郎が住んだ庵は観福寿寺という寺になったとされています。しかし、残念ながら明治初年に焼けてしまいました。その寺には太郎が乙姫からもらったという菩薩像がありましたが、今は慶運寺(JR 東神奈川駅の近く)に移されて安置されています。

どうです、ヨコハマに浦島太郎の続編があったなんてビックリでしょ。

 「な〜んだ、しょせんは伝説。事実かどうか分からないじゃないか」って?そう、もちろん伝説です。でも、それを言うなら世の歴史と言われるものはすべて伝説です。重要なのはその伝説を後世の人々がいかに大切に守ってきたか、それをどのように伝えてきたのか考えることじゃないでしょうか。

 「竜燈の松」は子安浜の漁師たちにとっては沖から帰るための目印であり、心の拠り所でもありました。また、子安通りの足洗い井戸の水で産湯を使った赤ちゃんは、親孝行な子供になると信じられてきたのです。 学校の校章、公園のすべり台、看板など、町の中には亀をかたどった様ざまな物を目にします。
 浦島伝説は今もこの地域では生きているのです。その時代その時代の風俗や文化を反映させ、少しずつ形を変えながらも、千三百年の永きに渡って伝えられてきた物語、それが浦島伝説なのです。

そしてまた新たな物語が海の見れない、この青葉区から生まれようとしています。

青葉区小中高校生ミュージカル
 青葉区の小、中、高校生が合同で演じるミュージカルは今年で三回目を迎えます。青葉区民まつりのイベントとして上演されたのが二年前の秋。子供たちにも地域のイベントに参加してもらおうとの呼びかけに、演劇の好きな区内の小中学生と高校生が集まりました。演目は万葉集に歌われた『手古奈(てこな)』と言う千葉県に伝わる伝説でした。小学生から高校生まで学校や年齢の違いを超えて、同じ舞台に立つという初めての企画は試行錯誤をしながらも、全員でひとつのものを作り上げていくという喜びと感動が仲間意識を生み、二回の公演とも大入り満員の大成功を収めました。そして三月には伝説の発祥地、千葉県市川市でも再演されたのです。

 二回目の去年は日中国交正常化三十周年を記念して、中華街を舞台に中国、華僑の子供たちと日本の子供たちがぶつかりながらも交流を深めていくと言う物語、『愛しのチャイナタウン〜海を渡りし民の物語〜』が上演されました。横浜山手中華学校(中区)の生徒も共演するなど、日中友好の架け橋として大きな反響を呼びました。そして今回、36校から79名の子供たちが集まりました。来年の一月、『よこはま・新浦島伝説〜海の祈り・陸(おか)の夢〜』が上演されます。

新・浦島伝説
 現在、練習は区内の小中学校などの体育館や施設を借りて行われています。私も何度かお邪魔させていただきました。
 まず、驚いたのは子供たちが非常に明るく、伸び伸びとしていることです。私も中学生の時に演劇を経験していますが、(しかも主役!エヘン!な〜んて、三年生を送る会で一度やっただけなので、偉そうに言えません)。
 

学校の行事としてやる演劇はどこか息をつけない重い雰囲気があったように記憶しています。

 ここでは演出、舞台監督、振り付けなど、演劇の専門家の方が指導されてはいますが、子供の自主性を尊重することを基本に置かれて運営されています。見ていると練習の途中で子供たちが積極的に意見を出し合い、ときには立ち止まり、考えながら進められているのを感じます。少しまどろっこしいように見えますが、一人一人、自分たちで作り上げるんだという情熱が伝わる 楽しい現場です。

 「演劇を通じて自分の気持ちを表現することや他人とのコミュニケーションを学ぶんですね。この役の人だったら、こんな時どう思う?どう表現する?こうするんだよって教えるのではなくて、子供たちが自分で考えること。それが大切なんです。今まで他人とうまく付き合えなかった子も、演劇をやることで他人に対する思いやりを覚えていくんですよ」 と、脚本を担当されている、甕岡裕美子さん(すこぶる元気で明るい方です)。
 まさに演劇教育。そして年齢を超えた仲間づくり、学校教育では手の届かないところです。

 この三回目の公演に何故「浦島伝説」を取り上げることになったのか?このミュージカルの事務局長で横浜北部の中学校演劇教育研究会会長でもある谷本中学の村上芳信先生に伺いました。 
 「私は以前、浦島丘中学で教師をしていました。学区には子安の港の漁師の子供達も大勢通っていたのですが、昭和四十六年、横浜港の埋立てのために、子安の漁師たちは魚が獲れなくなる海に残るか、漁師をやめて転職するかの選択を迫られました。結局、子安の漁師は廃漁せざる負えなかったのです。漁師が父祖の代から守ってきた海を捨てなければいけなかったその無念さや悲しみ。いや、それよりも子供達の心が荒れてしまったことが、今も忘れられません」
 そのときの気持ちを青葉区の子供達に託して、「新・浦島伝説」のストーリーは出来上がりました。

 この原稿を書いている時点では、まだ衣装もできていません(これもスタッフの方や子供達自身の手づくりです)。台本もこれから変わっていくことでしょう。どんなミュージカルになるのか私にも分かりません。陸のヨコハマ・青葉区の子供達が送る海へのメッセージ。来年一月、青葉公会堂での上演が楽しみです。

海に生きし民
 ベイブリッジの下、大黒埠頭。ここは子安の漁師たちの漁場でした。その一画に子安の漁師たちを讃える「新しき道のしるべの碑」があります。きらびやかな開発の名の下に涙を流した人たちがいたことを私たちは忘れてはいけません。
 浦島伝説は海の民のロマンだと松本清張は言いました。海を生かすも殺すも私たち海に生きし民ニッポン人の海を思う気持ちが大切です。

子安ではアナゴの漁が復活しました。横浜の海はまだまだ死んではいないのです。

 

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 小中高生ミュージカルは自主公演です。地域の方々や学校関係者、青少年指導員のみなさんが協力し合って運営されています。予算も出演する子供達の分担金と支援してくださる一般市民、団体の方々の協賛金のみでまかなわれている現状です。演劇に理解があり、子供達の育成という趣旨に賛同される方のご支援とご協力をお願いいたします。

青葉区小中高校生ミュージカル 『よこはま・新浦島伝説』 

★日時★2004年1月24日(土)
     13時30分・17時
 ★会場★青葉公会堂 

★チケット★   

おとな999円(前売900円) 子ども500円

連絡先/携帯090-1211-0088
   FAX/045-972-7415
aobaku.musical0088@ezweb.ne.jp
 

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