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風呂上がり、失った水分を補給するに何をもってするか?答は当然冷えたビール、と言いたいが、緊縮財政の鬼と化した当家の財務大臣は、ビールを冷蔵庫に近づけない方針らしい。「キミはドイツとの友好関係にヒビを入れるつもりか!」私の声には聞こえないふり。ビールの代わりに、一日の疲れを流してきた亭主をグラスー杯の牛乳でねぎらうのは「あくまでも健康的見地からよ」と言い張るのである。
学生時代銭湯通いをしたが、銭湯では瓶入りのコーヒー牛乳をもって水分補給した。腰に片手を当てコーヒー牛乳を一気飲みする、これぞ銭湯における正しい湯上がり作法だった。こんな光景は今でも残っているだろうか、紙パックからストローでチュウチュウでは、風情という点で劣る。
今回、下剋上の鬼と化した武将、宮澤呑兵衛高廣が近隣の銭湯事情を取材するという。激闘の日々の、束の間の休息というわけか。当然彼は、冷えたビールをもって失った水分を補給するであろう。彼の豪快な飲みっぷりは、ドイツ人から好感を得るであろう。そう、策士、宮澤呑兵衛高廣の真の狙いはそこにある。ドイツと同盟を結び、最終決戦に臨もうというのだ。ビールより牛乳が偉いと信じる妻よ、夫のピンチだ。ここは敵よりも早くドイツとの友好関係を築くために、ビールを大いに容認しようではないか!?
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「皆さん、お疲れじゃありませんか?」
いきなりで恐縮ですが、私は疲れています。毎月の連載に加え、今年の暮れに発行される「ひろたりあんクーポンブック」(12月発行予定)の編集にもたずさわることとなり、休日返上。連日残業で頑張っています。それなのに「今月の特集記事、都合で飛んじゃったから宮澤さんお願いね」と編集キャップの冷酷なひと言。「そ、そんな・・・」反論の余地も与えず「君しかいない!」とおだてられればNOと言えない悲しい日本人。トホホの影を引きずりながら家に帰って、玄関を開けたら服も脱がずに、いや服は脱ぎます。そしてあったか〜い、お風呂へ。疲れた身体と心を癒すのは何と言ってもお風呂。と言いたいところだが、我が家の小さなお風呂に長〜い脚(?)を窮屈そうに折り曲げ、ただでさえ最近丸くなった体をいっそう丸くして入るのでは、疲れなどとれるはずもない。○○温泉の入浴剤も気休めにしかならず、出るのはため息ばかりなり。
「あ〜あ、休みをとってババンと温泉でも行きたいな〜」ため息まじりのひと言で、イイことを企んだ。いや、思いついた。
(そうだ。特集のテーマはお風呂だ。温泉めぐりは無理でも、お風呂めぐりならいいだろう。大きな湯船で足を伸ばせば、疲れも取れるし、記事も仕上がる。まさに一石二鳥。あったまイイ〜♪)
と言うわけで、今月は近場の銭湯めぐりに決定!とさせて頂きます。
長津田
銭湯の特集は5年前に一度やっています。(1999年2月号)その時、紹介した4軒の銭湯のうち一軒が一年前に無くなってしまいました。
創業昭和三十年。約半世紀にわたって営業されてきた長津田の「亀の湯」さんが、建物の老朽化のため、廃業したのは去年の大晦日。除夜の鐘を聴く前に、最後の湯につかろうと私も訪れました。特別なセレモニーがあるわけでもなく、いつもと変わらぬお風呂屋さんの情景。亀の湯自慢の備長炭の湯に肩まで浸かり、これでこのお湯に入るのも最後かと、しばし感慨にふける。別れを惜しむようにゆっくりと浸かって風呂から上がり、女将さんに話しかけると、さっきご近所から差し入れてもらったという日本酒をすすめてくれました。二人で酒を酌み交わし、昔話に花を咲かせながら最後の夜をすごしました。
その長津田で一軒だけ残る「泉湯さん」から銭湯めぐりはスタートです。駅南口から歩いて2分。5年前と佇まいも変わっていません。下駄箱の鍵をフロントに(番台ではありません)預けてロッカーの鍵と交換します。
服を脱いで浴室へ。ガラス戸をガラッと開ければ目の前の壁には富士山の絵…はここにはありません。が、代わりに不治の病にも効くという自慢の漢方薬の湯があるのです。「実母散」という数種類の漢方薬に、富山から取り寄せた「カジメ」と言う海草を入れた茶色いお湯は、不治の病はとはいきませんが、肩こり、冷え性、疲労回復、特に婦人病に効果があるそうです。少し熱めのお湯に体を沈めると、ピリピリと皮膚から薬が染み込んでくるようで何とも心地よい。「薬湯は毎日替えて煮出しているので、夜になるほどに効果が出てくるのよ」とヒサさん。お湯は今でも地下水をくみ上げて、薪で沸かしているそうです。
中山
JR横浜線に乗り換えて、次に向かったのは中山の「中山浴場」さん。ここも5年前に取材した当時のまま残っていました。
「実家も麻布でお風呂屋さんをやっていて、姉も川崎で風呂屋。風呂屋で生まれて風呂屋で育ったのよ」と明るく笑うトヨさん。八九歳には見えません。元気です。
浴室には二ヶ月前に描きかえたばかりの富士山がくっきりとそびえていました。湯気の出ない暖かい時期、3〜5年くらいの周期で描きかえるそうです。このペンキ絵の絵師は日本でたった7人しかいないそうです。
こちらの薬湯はジャスミン、アロエ、ワインと十日ごとに替わります。この日はワイン。紫色のワインの湯に浸かっていたら、ワインが飲みたくなってきました。(そうだ。踏み切りの近くに屋台があった。風呂上りに一杯…)と行きたいところですが、我慢、我慢。次に向かいます。
スーパー銭湯の発祥地
一旦、長津田に戻って東急線で川崎方面へ。かつては溝の口にも銭湯があったんですが、今はありません。溝の口を通過して隣の高津で降ります。
駅を出て、帝京大付属病院の前を通り、左手の路地を少し入ったところにありました。その名も「高津湯」さん。建物は昔ながらの造りなのですが、脱衣場と浴室の仕切りの磨りガラスに、東郷青児調の裸婦が描かれています。浴槽は大中小の三つがあります。
(余談その1) 私が東京で初めて銭湯に入って驚いたのは、浴槽が少ないことでした。どこへ行っても湯船は二つ、多くても三つ。子供の頃入っていた名古屋の銭湯は六つか七つは必ずあり、薬湯はもちろん、電気風呂、ジェットバス、岩風呂、熱いのぬるいの、深いの浅いのと、バラエティに富んでいて飽きることがありません。
だいたい名古屋から南は浴槽の数が多いようです。今流行のスーパー銭湯の発祥が愛知県なのも頷けます。風呂を単なる身体を洗う場所としてではなく、近所の社交場、くつろぎの空間としてお風呂を存分に楽しみたいという気質があるからなのでしょう。
(余談その2) 旅好きで風呂好きの私は旅先でシティホテルに泊まった時など、部屋の小さなお風呂をキャンセルして、近所の銭湯を探すようにしています。北は北海道小樽から南は
九州鹿児島まで
、石川啄木ではないが「ふるさと訛り」を聴くために「バス停(停車場)ではなくバス(お風呂)に行くのです。歴史探訪で各地を歩き回り、疲れた足を大きな湯船で癒しながら、土地の人達との会話を楽しむ。そして風呂上りに旨い地酒と新鮮な肴で一杯。う〜ん、たまりません。
(余談その3) 先日、地名推理の取材で三浦半島を回った帰り、鴨居港の近くで一軒の面白い銭湯を見つけました。造成地のような更地の向こうにポツンと建つ太目の煙突
。一瞬「工場かな?」と思いながら近くに寄ってみると「銀泉浴場」の看板。やはり銭湯でした。昭和20年代築の建物は当時のまま。レトロな雰囲気をかもし出しています。「昔はこのあたりにも数件の銭湯があったんだけどねぇ。今は駅(浦賀駅)近くの銭湯も全部やめてしまって。残っているのはここだけ」と女将さん。それほど広くもないこの港町に銭湯が数件あったことにも驚くが、すべて繁盛していたことに時代を感じずにはいられません。まわりの更地は市営住宅の建て替えのためだと言うことです。(でも、きっと風呂付なんだろうなぁ)次にここを訪れた時に、あの煙突が変わらずに建っていることを願いつつバスに乗りこみました。
(余談その4) 子供の頃は近所の悪ガキ数人で銭湯に行ったものです。歩いて五分の銭湯にたどり着くまでに三十分。銭湯で一時間。帰りにまた三十分と、銭湯に行くのに二時間以上費やし、よく親に叱られました。とにかく、遊びの延長が銭湯でした。ミニカーやら怪獣のおもちゃやらを持ち込んで、そうそう、水中メガネを持ってきた奴もいましたね。(何に使ったんだろ?)最近は修学旅行などで風呂に入るのを嫌がる子供が多いそうですが、内風呂が当たり前の時代ですから、仕方ないのでしょうか?でもバスタオルを巻いて入ることはやめましょう。マナー違反ですよ。「テレビの温泉番組!バスタオルは取りなさい!水着なんてもってのほかだ!」あくまでもマナーです。深い意味はありません。
高津と二子新地
閑話休題。番台の村田さんから「川崎の銭湯マップ」というものをいただきました。川崎市全域の銭湯が地図付で分かりやすく載っている小冊子です。「希望者があれば差し上げているんですよ」と村田さん。これは便利です。
そのマップを便りに、4軒目「二子浴場」に向かいます。気のせいか頭がぼんやりしてきました。
高津から旧大山街道を二子新地に向って倉のある古い町並みをしばらく歩き、右側の下町情緒のある狭い路地の先に「二子浴場」はありました。こちらにも綺麗な富士山が描かれていました。天井も高くシンプルなお風呂はいかにも銭湯という感じです。
小さなアパートが多い昔ながらの住宅地のため、コインランドリーが隣接されているのは嬉しい。
次に向ったのは、二子新地駅の南側にある「湯プラザウェルネス」。
実はここ、ビジネスホテルなのです。かつて、ここには六十年続いた「諏訪の湯」という銭湯がありました。老朽化して取り壊す際、なんとか銭湯を残したいとの思いから、平成4年、日本で初めて公衆浴場を併設したホテルとして生まれ変わったのです。ホテルの宿泊者は無料で入れるので、疲れたビジネスマンにも近所の住民にも喜ばれています。
自動ドアを入ると券売機が二台。ここで入浴券を買います。最後なのでサウナ込み九五〇円にしました。靴を下駄箱に入れ、下駄箱の鍵と引き換えにロッカーの鍵とリストバンド。サウナ用のバスタオルをもらいます。このフロントが、またホテルのようです。ただ温泉地の日帰り入浴施設のように、シャンプー石鹸はもちろん、入浴剤、漬物、ところてんにお米まで売っていました。
脱衣場と浴室は二階。まずは、ここのメイン。古代檜の露天風呂へ直行しました。がっしりした檜の湯舟に体を沈めると檜のほのかな香りが…、外気の冷たい空気も心地よく、本当に心が癒されます。
露天風呂を堪能したあとはサウナへ。このサウナに入ったのが失敗でした。テレビを見ながら十五分ほど入って、出てきた瞬間、めまいが。なんとか水風呂で身体を冷やすものの、気分の悪さは治まりません。さすがに半日でお風呂5軒は無謀でした。一石二鳥などと、楽をして取材しようとの姑息な企みに、バチ当たり、いや湯あたりしたのです。
意識が朦朧としてきました。目の前の「焼鳥屋」の看板がうらめしい。疲れが取れるどころか、もはや風呂上りの一杯を呑む体力も残ってはいませんでした。トホホ・・・・
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銭湯すたれば、人情すたる
最盛期、全国で22,000軒あった銭湯も現在は約5,500軒。一日一軒の割合で減っているそうです。高齢者福祉、健康増進施設、地域住民の癒しのコミュニティースペース『銭湯』。お年寄りにとって、大きなお風呂で入浴することは健康増進にもつながります。家のお風呂は身体を洗う場所。銭湯は人と人のふれあいの場所。皆さんも週一とはいきませんが、月に一度くらいは、足を延ばして家族で大きなお風呂に入りに行ってみませんか。疲れもとれて、気分転換にもなりますよ。また、これからの宴会のシーズン。みんなで明るいうちに銭湯に入って、湯上りに飲み会っていうのはどうでしょう幹事さん。

横浜には、そんな銭湯好きが集まって「裸の付き合い」よろしく、月に一度横浜、川崎、東京の「銭湯めぐり」をしている皆さんがいらっしゃいます。その名も、「横浜銭湯めぐりの会」。現在三十〜八十歳の会員が九十名。もちろん風呂上りにはみんなで一杯。興味のある方は桜木町の「明るい農村・居酒屋ごっつあん」まで。このお店もめっちゃ楽しくて笑えます。懐かしいものに出会えること間違いありません。
「横浜銭湯めぐりの会」事務局
電話 045‐231‐0378
横浜市中区花咲町 2‐69
居酒屋ごっつあん内
http://www005.upp.so-net.ne.jp/sento-meguri/sento.htm
(宮 澤) |