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文武両道の学校として、全国的な知名度が高い桐蔭学園。この学校の所在地が青葉区鉄町だ。「てつまち?妙な名前だなあ」この地に引っ越してきたとき、そう思った。市が尾駅の、鉄町方面行きのバス停の前は、桐蔭の生徒たちで溢れていたのだ。もちろんこれは「くろがねちょう」の間違いで、このように思い込みで間違った言い方や読み方を、覚え込んでしまうことはよくある。以前ある作家の妹が、俳優の「宍戸錠」のことを「獅子どじょう」という漫才師の片割れと思い込んでいたという話に大笑いしたが、明日はわが身である。
「バッカだねえ、あれは『くろがねちょう』って読むのさ」と、宮澤担当に笑われたのは新人社員君。しかしこの新人君、負けん気が強い。「鉄を『てつ』と読んでこそ常識人でしょう。あえて『くろがね』って読むヤツなんて、非常識、天邪鬼ですよ」正論である。いいぞー、もっと言ってやれー!と胸中で彼を応援する私だった。
企画会議で山手学術散歩を提案した小林担当、しかし「鞍馬天狗」で有名な作家「大佛(大仏)次郎」を「だいぶつ次郎」と言い間違え、宮澤担当から嘲笑を浴びた。「僕、理系だったんで…」そう言って頭を掻く小林担当に、学術散歩などもってのほか。結局、宮澤担当の同行を条件に、企画は承認された。「私が行けば大丈夫!」でも宮ちゃん、明日はわが身だぞ。最近天狗になりつつある宮澤担当の身を案じる、優しい私なのだ。
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「ヨコハマ山手の港の見える丘公園はどうですか?」もちろん特集の企画です。ひろたりあん通信担当3ヶ月目の森岡君の提案に、僕ベテラン(古株?)小林がすかさずフォローを入れます。
「ちょうど二年前。僕が山手の西洋館を取材したんだけど、山手地区にはまだまだ見所が沢山ありますよね。例えば『近代文学館』とか『だいぶつ次郎記念館』とか、フランス山…。えっ、何が可笑しいんですか?」
会議の席だというのにキャップと宮澤さんが肩をゆすって笑っている。
「小林君。それは(だいぶつ)じゃなくて(おさらぎ)。大仏と書いてオサラギと読むんだよ。知らないの?大佛次郎」
宮澤さんは、最近キャップに感化されて口が悪くなったと評判なんです。
「うっ!…」理系の僕は、普段雑誌や新聞は読んでも、文学作品は学生の頃、宿題で読まされて以来十数年ご無沙汰しています。
「理系人間が、近代文学ゆかりの地の取材もへったくれもないだろう、これは却下…」
本家毒舌のキャップの一言に、宮澤さんが助け舟を出してくれました。
「大丈夫です。私も同行しますから…」
「えーっ」企画は承認されたものの、お目付け役として宮澤さんが同行するのが幸運かどうか、森岡担当と顔を見合わせてしまいました。
エコライフチケットで行こう!
「小林君、エコだよ。エコ」あざみ野駅に着くなり、宮澤さんが言うので、(エゴ?それはあなたでしょ)と思ったのは勘違い。「エコライフチケット」のことでした。大気汚染の進みやすい冬の期間。環境を守るためマイカー利用を控え、公共交通機関を使いましょうと発売されているのが「地下鉄+市バス一日乗り放題」のエコライフチケットなのです(来年3月まで冬季限定)。値段も七百円と安い。これを使わない手はありません。
ウンチク天狗
桜木町で地下鉄を降り、A番のりばから「港の見える丘公園」行きバスに乗り換えます。
「ところで、宮澤さん。なぜ大仏と書いてオサラギなんですか?」
「大仏と言っても鎌倉の長谷の大仏のことなんだよ。元々オサラギと呼ばれていた土地に大仏様を建てたから、大仏と書いてオサラギと読むようになったのさ。だから、同じ大仏でも奈良の大仏はオサラギとは言わないの」
「へぇ〜」でも、これで口が止まるような、宮澤さんではありません。
「大佛次郎は、鎌倉の大仏の裏に居を構えたので、大仏様が太郎で自分は次郎。それで大佛次郎のペンネームをつけたんだ。わかったかな。エヘン」
「まったく、こういう話になると天狗になるよね〜この人は」『天狗』に聞こえないように森岡担当に耳打ちしたのに…。
「天狗?おっ、知ってるじゃない。そう『鞍馬天狗』は彼の代表作だよね。他にも『パリ燃ゆ』『赤穂浪士』『天皇の世紀』。横浜を舞台にした『霧笛』ってのもあるな。大佛次郎は横浜生まれなんだよ」
薀蓄攻撃から逃れようと、狸寝入りを決め込んでいる間にバスは「港の見える丘公園」に到着。
港が見下ろせる小高い公園♪
公園の中に入るとまず目についたのが「バラ園」です。ちょうど取材の日はバラが綺麗に咲いていました。その左手がフランス山。一八九六年建設のフランス領事館の跡地や復元された風車や当時使われていた深さ三十mもあるレンガ造りの井戸遺構などがあります。
港に面したベンチからはその名の通り、ベイブリッジやマリンタワー、みなとみらい地区が見渡せます。週末にはカップルが集まる横浜を代表するデートスポット。でも男が三人肩を寄せ合って、港を見ていても絵にはなりません。
気が付くと宮澤さんが、何やらブツブツ言っています。
「オフコースの『秋の気配』知らない?この場所を歌った曲なんだ。いい詞なんだよな〜、切なくて…」
へぇ〜、歌だったんだ。僕は念仏かと思いました(「大佛」からの連想でしょうか?)。ゲッ、こ、この人涙まで浮かべてる。気味が悪い…。
「いや〜。夕べ遅かったから眠くって」なんだ、あくびかよ。ビックリした。『呑兵衛侍』とキャップに茶化される宮澤さん、昨夜も刀をグラスに代えて大活躍したようです。
大佛次郎記念館
港の見える丘公園内の噴水の奥に「大佛次郎記念館(пD622・5002)」はありました。この周辺が横浜の開化期を描いた代表作の一つ『霧笛』の舞台だそうです。
展示室は二階にあり、自筆原稿、初版本、書斎を再現した部屋や野球のユニホーム等が展示してあります。イラスト付の年表には、彼の作品の時期や社会状況がわかりやすく描かれています。また、閲覧室では、大佛次郎の作品や、ゆかりのある作品を心いくまで読むことができます。
館内のあちらこちらで、沢山の猫の姿(オブジェ)を見かけます。「猫は一生の伴侶」と言い「来世に猫がいなかったら好きな本と一緒に猫を棺の中に入れて欲しい」と要求するほど愛猫家であった大佛次郎。数々の猫に関する愛蔵品が展示してあります。中でも「猫のいる日々」という作品は、次郎の人柄とユーモアに溢れていて、思わず笑ってしまいました。
神奈川近代文学館
記念館を出て『霧笛橋』を渡ると「神奈川近代文学館(пD622・6666)」。この橋の上で港を眺めながら、開花期の横浜を想像するのもいいですね。
エントランスから展示室に入ると、まず「漱石山房書斎」がありました。夏目漱石が東京・早稲田南町で十年間使用していた書斎が再現されています。
「漱石の山房かぁ〜。わが廣田新聞の創業者『廣田花崖(かがい)』の山房は今の市ヶ尾本店の場所にあったんだよ」と宮澤さん。田園作家廣田花崖も、大佛次郎同様に郷土を愛してやみませんでした。
さて第1展示室では、『神奈川の風光と文学』と題して神奈川県の風光をとり入れた二十五人の作家の作品が紹介されています。自筆原稿や創作ノート、初版本など貴重な資料が展示してありました。
また、第2第3展示室の『文学の森へ 神奈川と作家たち』では、夏目漱石、吉川英治、太宰治など、僕でも知っている近代文学史上、最も代表的な三十六人の作家から石原慎太郎、五木寛之、村上龍といった現代作家六人を取り上げ、神奈川との関わりをテーマに、作家の人生や代表作の魅力が、わかりやすく紹介されています。神奈川ゆかりの作家が、これほど多いことに驚かされました。
横浜と作家についてもっと勉強しようと、出口の手前にあるビデオライブラリーで、三人で一緒にビデオを見ることにしました。十五分くらいの内容でしたが、隣の宮澤さんは案の定、居眠りをしていました(夕べ何時まで飲んだんだ?)。
ミュージアムショップでは、絵はがきや栞などと一緒に、芥川龍之介「蜘蛛の糸」の直筆原稿の複製や、朝日新聞の版組に合わせた一行十九字詰めの夏目漱石特注の原稿用紙を再現したものなど、他では手に入らないものが売られていました。
神奈川近代文学館は、僕のような作家の名前もろくに知らない人でも、十分楽しむことができます。今まで遠い存在だった文学の世界が、横浜という土地を通じて、とても身近に感じられました。こちらの文学散歩地図で、作家の生まれ育った場所や、作品の舞台をチェックして、散策に出かけるのもいいかもしれません。
猫に玩具に、懐かしの…
公園を出て、山手本通りを歩き外人墓地に向かいます。平日だったため、外人墓地の中には入れませんが、ここから見るヨコハマの街も最高です。
外人墓地沿いにしばらく歩き、レトロな電話ボックスと教会のあるT字路を曲がると、なんと屋根の上で猫が逆立ちをしていました。「ヨコハマ猫の美術館」です。西洋館風の住宅の一階には、世界中から集められた猫の絵画や、玩具、民芸品などが展示してあります。また、ミュージアムショップ「赤い靴」では、手作り、手描きの一点物の作品など、猫好きにはたまらないグッズが売られていました。
猫の美術館のすぐ先には「ブリキのおもちゃ博物館(пD621・8710)」があります。TV番組「なんでも鑑定団」にも出演している北原照久館長が収集した、一万六千点のうち三千点以上のブリキのおもちゃ(一八九〇年代から一九六〇年代)がショーケース一杯に展示してあり、その世代の人なら誰もが童心に帰る、懐かしい空間なのです。
さて、その世代の宮澤大目付はというと、二十四分の一の巨大なジオラマの前で、十代に帰っていました。
「ひゃ〜。アメリカン・グラフィティ(一九七三年の映画)の世界だ。よくできているな〜」
そうかと思うと、ショップに行って、
「お〜っ、オリエンタルカレーだがね!おまけに坊やのスプーンも付いとる。メッチャメチャ嬉しいでかんわ〜ハヤシもあるでよ〜」
と、ルーを大量に買い込んで名古屋弁で大はしゃぎ。ある世代には懐かしいようですが、私はそのカレーの存在を知りませんでした。すでに超ハイテンションの『呑兵衛侍』は流行の『ギター侍』に変身して「若者は知りませんから、残念!」どうやら、壊れちゃったようです…。
毎日が「クリスマス」
ブリキのおもちゃ博物館には三つのショップがあり、中でも人気なのが博物館の裏にある「クリスマス・トイズ」所狭しと並べられたクリスマスグッズは欧米から輸入されたものだそうです。どれも、優しくて素朴なぬくもりのあるものばかりで、なんだか幸せな気分になってきます。
また、この博物館では、毎年クリスマス・イブに千人分の超特大ケーキを食べるイベントが開かれます。北原館長も登場するということで、十八時開始の数時間前から並ぶ人もいて、毎年大盛況だそうです(無料、参加フリーです)。
山手は明治の外国人居留地だったこともあり、「ビール発祥の地」や「日本テニス発祥の地」など、○○発祥記念の碑をあちこちで見かけます。薩摩藩の青年藩士が吹奏楽を学ぶための合宿所だったという妙香寺には「日本吹奏楽」と「君が代」の発祥の地の記念碑が建っていました。指導者の英国陸軍ジョン・ウイリアム・フェントンが、日本国歌「君が代」を作曲したんだそうです。
文学散歩に歴史散歩。歩き疲れたら、アンティークな喫茶店で一休み。懐かしい香りがいっぱいの「ヨコハマ山手」なら、冬でも温かい気持ちになれますよ。

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「小林君も本を読んだら?大佛次郎の『スイッチョ猫』なんて、いんじゃな〜い♪」
と宮澤ギター侍=B
「えっ、スイッチョ?何ですか」
「猫が虫を食べてしまって、お腹の中でスイッチョ、スイッチョって鳴くんだよ」
「それって童話じゃないですか?」
「そう!だってあなた、名前読めませんでしたから〜残念!オサラ・斬り〜」
チェッ、くだらないダジャレ。
(あなたこそ、いい歳してはしゃぎすぎですから。この呑兵衛侍!切腹!)
(小林) |