■ひろたりあん通信バックナンバー
 2005年9月号
  「
川は生きていた!」
  源流探偵高丸の鶴見川ケッタマシン紀行

                            

 ある夜の食卓に、きゅうりづくしと言ってもいいくらい、きゅうり料理が並んだ。ご飯までも「かっぱ巻き」である。 きゅうりをあまり好物としない私は「オレは、バッタじゃないぞ!」と、心の中だけで怒る小心者である。

 「夏バテかしらね、食欲がないのよ」たしかに食欲がないときでも、きゅうりなら食べられる。しかもきゅうりには食欲増進の効果もあるから、妻の選択は正しい。夏バテで顔色が青白い妻に「きゅうりの食べ過ぎか?」とイヤミを言う勇気ももちろんない。

 「なんで、きゅうりのお寿司をかっぱ巻きって言うの?」父とは違い、きゅうりが好物の娘が、無邪気に聞く。「河童の好物が、きゅうりなんだよ」「ふぅーん、あたしとおんなじだね」あまりご機嫌が麗しくない父は「おまえは河童じゃないな、河童は泳ぎが上手いからね」娘は妻に似て、泳ぎが不得手である。さすがの私も娘には物申せるのだ。私は山の育ちで、夏はいつも川で遊んでいたから、泳ぎは達者である。「だってあたし、川で泳いだことないもん」それと彼女のカナヅチとの因果関係はないが、確かに泳ぎに適する河川は都会には少ない。

 でも水辺ではいろいろな発見があって、川は子どもにとって自然を学ぶ格好の教材であるとは思う。この地を横断する鶴見川にも、そんな自然は残っているのか?早速探索指令を出した。泳ぎが達者かどうかは知らぬが、「河童の親分」のような風貌の持ち主である、宮澤担当が適任かと思われる。

★ ★ ★

  夏の日差しが川面にキラキラと反射してまぶしい。黒須田川が鶴見川に流れ込む市ヶ尾高校裏手の「水辺の広場」では、数羽のカルガモがのんびりと毛づくろいをしている。時おり吹く爽やかな川風は暑さをいくぶん和らげてくれる。

 「よ〜し!行くか〜」

 ペダルに置いた右足を力強く踏み出す。めざすは鶴見川の源流。旅はここからスタートした。

キャンセル
「キャップ!大変です。予定していた工場見学、キャンセルになりました!」

 三日前のことだ。九月号の特集記事の企画として決まっていた某乳製品の製造工場見学が、諸般の事情から突然キャンセルになってしまったのだ。

 「仕方ないね。緊急企画に切り替えようか。いつか話していた、あの企画がいいかな」

 「はい、わかりました。愛・地球博ですね。では、早速取材に向かいます」

 「ち、違う!そんな話なんか出てないでしょ。なに馬鹿なこと言ってるんだよ!」

 「へへへっ…やっぱり」 公費で愛知万博を見学しようという野望は、もろくも崩れ去った。

 「ほら!あれですよ。鶴見川の…」

 「つ、鶴見川って…まさか、この暑さの中を…、本気ですか?」

ケッタマシン発進!
 鶴見川。この地域では谷本川と呼ぶ。東京都町田市の小山田にその源を発し、多摩丘陵を流れ下って、鶴見区生麦で東京湾に注ぐ。全長は、四十二.五キロ。

「へぇ、フルマラソンとほぼ同じ距離だね。ここはぜひ、川筋を走ってもらおうか。面白い記事になるし、それに少しは痩せるぞ」

 あのとき鬼キャップを、本気で成敗してやろうかと考えた。 第一この源流を訪ねる旅は、涼しくなった秋にでも提案しようとあたためておいた企画。まさか、この暑さ厳しい八月に決行することになろうとは…。 

 市ヶ尾から源流までは約16キロ。他の仕事を片付けていると、出発はお昼近くになりそうだ。徒歩は無理。もちろん走るなんて論外だ。ならば答えは一つ、自転車である。
 早速、自宅から「ケッタマシン」を引っ張り出す(名古屋では自転車のことをチャリンコなんてダッサイ名前では呼びません。わがケッタマシンは赤いMTBです)。フロントバッグに地図とカメラ。炎天下を走るのでタオルを首に巻き、着替えの下着をウェストバッグに詰め込む。

 午前十一時。市ヶ尾の「水辺の広場」を出発。左手に川を眺めながら、左岸の鶴見川青少年サイクリングコースを走る。(左に川だったら右岸じゃないか?と思うでしょ?違うんです。川の右岸左岸は川下に向った場合を指します。つまり、上流に向かうときは左右が逆になるのです。ややこしいでしょ)
 

精霊バッタ
「 右側には鉄町の畑が、川を挟んだ向こう側には上谷本の田園が広がっている。 川に沿ったコースはほとんど起伏がない。のんびり周りの景色を楽しめるので、サイクリングには最も適している。ケッタ、いや自転車のよさというのは、こうして自分のペースで風や匂いを感じながら走れることだろう。車やバイクじゃ速過ぎて見過ごしてしまう。歩く速さじゃ、ちょっと退屈だ。

 平日のせいか、行き交う人もほとんどない。出逢うのは、さまざまな種類の蝶と、時々藪の中からびっくりしたように飛び出すバッタくらい。

 「チキチキチキチキ」

 おっと、デカイ奴が飛び出した。自転車を降りて追いかける。降りたと思われる草むらに忍び足で近づくと・・・(おおっ、ショウリョウバッタではないか!)、別名チキチキバッタ。お盆の頃に現れるから精霊バッタだ。(いや〜、久しぶり〜♪)故郷の友人に会ったようだ。写真を撮ろうとカメラを取りに戻ったら。残念。見失ってしまった。が、代わりにトノサマバッタを発見。こいつには、もう会えないのかと思っていた。(いかに自然と接していないかだな〜。こんなに川が近いのに…)

不気味な奴
 寺家町のあたりから、右岸に移動する。ここから麻生区との境界になる。移動の理由は、この先に麻生川との合流点があるからだ。

 合流点が近づくと、何やら白いモノが川の中ほどに見える。目を凝らすと、白いモノの側から黒いのが二つ舞い上がった。(カラスか!)いや、カワウだ。白い奴は動かない。よく見ると小柄な白鷺、コサギだった。

 自転車を降りて、しばらく観察する。どうやら川魚を狙っているらしい。飛び立つ瞬間を狙おうとフェンスによりかかってカメラをかまえた時、視界の隅が動いた。

「おおっ、ビックリした〜!」

 コサギに気をとられていて気がつかなかったが、すぐ側に青っぽい灰色をしたコサギの倍以上もあるアオサギがいたのだ。

「で、でかい!」 そのくせ風景と一体化している。不気味な奴だ。

 アオサギは、やにわにセカセカと歩き出したかと思うと、たて続けに小魚をついばみ、腹がふくれて満足したのか、コサギを連れてどこかに飛び立って行った。

 町田市三輪町に入ると、いくぶん川幅が狭くなった。近くに椙山神社がある。鶴見川流域だけに七十二社あるという謎の杉山神社の一つだ。神社の由緒書きに(奈良の三輪山に山容が似ているから勧請された)とある。 三輪そうめんで有名な三輪には何度か行っているし、山にも登ったことがあるが、正直、この三輪の町とどこが似ているのかわからない。もっとも、千二百年も昔のことだから何ともいえないが。それよりも三輪山は大神(おおみわ)神社の御神体で鉄の山である。そして、この椙山神社の近くにはタタラ川という小川があるという。(タタラという製鉄法と同じ名前)。また近くには金井や金程など(金=鉄)の地名もあることから、こちらの関係のほうが怪しい。地名推理ファイル「黒須田・鉄」編でも書いたが鶴見川は鉄のニオイのする川なのだ。

 話が逸れてしまったついでにもうひとつ。椙山神社の隣の沢谷自然公園は、戦国時代の後北条氏の城「沢山城跡」である。鶴見川流域には数多くの城跡ものこされている。残念ながら沢山城跡には今回は寄りません。

曲がり角、ひとつ間違えて♪
 鶴川駅に到着。ここまで走って一時間。順調だ。駅ビルで昼食をとり、再び川に戻る。小田急線の線路下をくぐると、先ほどの金井町に入る。川沿いの道もこのあたりは、さすがに人が多い。通行人と車止めをすり抜けながら進む。

 下川戸橋をすぎると、コンクリートで固められた殺風景な駅周辺の様子とはうってかわって、緑がぐんと増えてくる。所々に入り江のような公園がある。わんど(湾処)というらしい。自然な状態の川床は、生き物の生態系が良好に保たれている。

 川べりまで降りていくと、肩にシオカラトンボがとまった。友人がまたひとり(?)お出迎えだ。

 鎌倉街道を横切り、しばらく行くと河川工事のため通行止めになっていた。仕方なく「芝溝街道」に出る。この道は交通量が多い。しかも上り坂で歩道も狭く危険きわまりない。五〇〇メートルほど走ったが、我慢しきれず再び坂を下って鶴見川に戻る。(これが、このあと悲惨な事態を招く)

 戻るには戻ったのだが、ろくに地図も見ないで川の流れだけを追って走っていたら川幅が一メートルくらいになっているのに気づいた。川というより単なる側溝だ。どうやら道を間違えたらしい。U ターンして戻るにはさっきの坂を上らなければならない。それを嫌って、別ルートで「芝溝街道」に戻ろうとしたのが、ますます傷口を広げる結果になった。団地を抜けて広い道に出た。「やっと芝溝街道に戻ったか」。左折して道なりに走っていると、再び坂道。ふと、気づくと学校の校門の前にいた。「うん、桜美林高校?」と思いきや「なに!山崎高校だと・・・」

北だと思って走っていた道はまったく逆。南に向かっていたのだ。 結局三十分以上費やして、やっと図師の交差点で芝溝街道に戻った(トホホ・・・情けない)

 図師大橋からは二度と過ちを繰り返さないよう、川筋につかず離れず北に向かって慎重に進む。小山田に入ると、美しい水田が広がっていた。里山の風景が源流に近づいていることを感じさせる。稲穂の向こうに神社が見える。

 「いいね〜♪」 絵になる景色だ。

 参拝していこうと近くまで行って驚いた。神社を囲むようにしてハスの畑が広がっているではないか。 このハスは、千葉県の縄文遺跡(約二千年前)から出土した「大賀ハス」という種類で、工芸品として加工するために育てられている。花托は銘々皿に、その実はお手玉や根付になる。藕絲(ぐうし=ハスの繊維)を使った和紙など。町田市の名産品になっている。

 風情のある桜橋を過ぎ、レトロな「大泉寺」のバス停に差しかかる。大泉寺は、鎌倉武士・小山田有重の居城小山田城跡だ。ここにも寄ってみたいが、目的地は源流。先を急ぐ。

嬉しいご褒美
 左手に大きな遊水池のある公園が見えた。(着いたか!)と思い湧水を探すが見当たらない。手持ちの地図には正確な場所が載っていない。(まだ先か)さらに上流へとペダルをこぐ。途中、トウモロコシを刈り取っているおじさんがいたので道を聞く。

「ほら、いま車が右に曲がったでしょ。そこを曲がって、しばらく行けば看板があるよ」(聞いてよかった)道なりに走っていたら、また迷うところだった。

 言われたとおり右折して百メートルほど走ると『鶴見川源流の泉』の案内板があった。「ゴ〜ル!」ついに鶴見川の源流にたどり着いた。

 丸い池の真ん中からは、清流がコンコンと湧き出している。手を浸すと冷たい。一日約一三〇〇トンの地下水が湧き出しているという。木道に自転車を停めて、近くの水辺を散策してみる。散策というほど大きな公園ではないが、澄み切った水辺には、さまざまな生き物を見ることができた。心なしか空気も、水のように澄みわたっているような気がした。

 帰り道。さっきのおじさんにお礼を言う。「どこから来たんだ?」聞かれたので「横浜です」と答えると、「そうか〜。それは大変だな〜。これはご褒美だ」トウモロコシを五本渡された。

(おほっ、大好物のトウモロコシだ♪)「でも、バッグに入らないし、悪いので一本だけでいいです」と遠慮しながらバッグを開ける。すると、いきなりコンビニの袋が出てきた。

「ほ〜ら、袋があるじゃないか」 なんか用意していたようで気恥ずかしい。ご褒美なんて何十年ぶりだろう。ハンドルに五本のトウモロコシをぶら下げ、お礼を言って源流の里に別れをつげた。

 帰りは幹線道路をひた走る。鶴川を過ぎ、柿生から王禅寺へ。王禅寺から虹ヶ丘に抜ける坂道は、さすがにケッタマシンを押してのぼる。(やはり、歳だな〜)膝は笑い、お尻は泣いている。さあ、もうひとふんばり。黄昏のすすき野のむこうに「湯けむりの里」が待っていた。

★     ★

 雨水が川に集まる大地の広がりを流域といいます。鶴見川流域は、動物のバクに形が似ていることから『バクの流域』と呼ばれてます。

 現在、このバクの流域では、数多くの市民団体が自然環境保護や安全な川づくり、新しい流域文化を育むための活動をされています。その甲斐あってか、 鶴見川は市民が楽しめる憩いの空間として親しまれるようになりました。鮎も市ヶ尾あたりまで遡上するようになり、様々な生き物と出逢うこともできます。

 今回紹介できませんでしたが、市ヶ尾から河口までの残り半分の鶴見川の様子や、小机にある「鶴見川流域センター」の施設。バクの流域 で川づくり、町づくりに取り組んでいらっしゃるボランティア組織の活動など、鶴見川をとりまく様々な環境については、年末発行予定の保存版『ひろたりあん2006』 の中で詳しくご紹介したいと思います。                                高丸

                                       

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