■ひろたりあん通信バックナンバー
 2006年1月号
  
アキバの街で「電車でGO!」
  「鉄道バカ」大塚担当の交通博物館惜別記

  幼少の頃「電車の運転手になりたいなぁ」と思ったことがある男は、私ばかりではないと思う。

 とうの昔に廃止されたが、生まれた街にはまだ路面電車が走っていた。それに乗るのが楽しみで、運転席の後に立って運転手の所作を飽きず眺めていた。そんな過去が関係しているのだろうか、学生時代、小金を貯めては鉄道旅行に出た。

 周遊券を片手に、鈍行列車を乗り継ぐ貧乏旅行だったが、資金不足で泣く泣く帰途につくことも多々あった。そんな時「もし国鉄の職員だったらなあ…」なんて考えたりもした。

「電車の運転手」になっていたら、ただで鉄道旅行ができたのに…。

 「電車でGO」というゲームソフトがある。運転手になって、信号や表定速度に従いながら、ダイヤどおりに電車を走らせるゲームだ。このゲームの中古のソフトを、妻が娘にと買ってきた。面白そうなので、私も娘に借りてやってみたが、これが案外難しい。ブレーキが急すぎて、乗客の女子高校生に「何なのよ、まったくぅ」とか文句をつけられて、頭にきてやめてしまったが、冷静に考えれば、私には「電車の運転手」に必要な適性がないことがわかる。

 ためしに妻にもやらせてみたが、これがなかなか上手い。「こんなこともできないなんて、あなたには運転のセンスがないのよ」と鼻で笑う。そんなことわかってらい。だからわが家の「運転」は、すべておまえに任せているじゃないか。でも、そう言い切ってしまえる自分が、少し悲しい。
 

★ ★ ★

鉄道名人改め
  心配事があります。果たして世の中に、どのくらいの比率で鉄道ファンがいるのか?ということです。編集会議で、寒い時期は「箱物」がいいという安易な発想から決まったのが「交通博物館」の取材ですが、「だったら大塚君行ってくれ」というキャップの指令も、私が会社きっての「鉄道通」だからという安易な発想に違いありません。新聞配達も電車でしたいくらい大の鉄道好きの私に、かつて「鉄道名人」の称号を授けてくれたのがキャップなのです。ケータイの着メロも「きかんしゃトーマス」という私大塚ですから「交通博物館」をご案内するのにやぶさかではありませんが、読者の皆さんに興味を持って読んでもらえるのか…心配になります。

 しかも、交通博物館は、今年の五月十四日をもって閉館しちゃうんです。

「そんなところを紹介していいんでしょうかね?」

「いいさ、見納めに行きたい人も多いと思うぞ」とキャップ。「おまえの『鉄道バカ』ぶりを存分に発揮してくれ」

「鉄道名人」から「鉄道バカ」に格下げされてしまいました、トホホ。

 まず「交通博物館」の概略をご説明します。蒸気機関車からリニアモーターカーまでの鉄道をはじめ、自動車・バス・バイクの陸上の乗り物から、船舶など海上の乗り物、そして飛行機・ヘリコプターなどの航空機を実物や模型を集めて展示し、そのメカニズムあるいは歴史や未来について興味深く学べる交通の総合博物館です。1921年、鉄道開業五〇年を記念し「鉄道博物館」として、東京駅北側の高架下にできたのがはじまりだそうです。1936年に現在の場所に移転し、戦後「交通博物館」と改称されました。

 お屠蘇気分冷めやらぬ一月三日、交通博物館のある秋葉原(正式には神田須田町)に向けて出発しました。行き方はいろいろありますが、田園都市線(半蔵門線)から地下鉄に乗り換えるのが一般的です。電車に乗る前に、いつもならパスネットを買うのですが、今回はいいのがあるんです。今回自信を持ってご紹介するのが「東急東京メトロパス」この冬の新商品なんです。そこの奥さん!メモの準備をお忘れなく…(TVショッピングじゃないってば)。

 東京メトロとの接続駅までの往復乗車券と、東京メトロ全線の一日乗車券をセットにした、お得な切符なんです。東京メトロ全線(都営地下鉄では使えません)乗り降り自由ですから、銀座で宝くじを買って、月島でもんじゃ三昧して、後楽園で野球観戦したりもできます。さらには、この切符を提示することでお得になる施設があります。(詳細は http://www.enjoytokyo.jp/other/onedayticket.html をご覧ください)値段は、たまプラーザ・あざみ野・江田から980円、市が尾・藤が丘・青葉台からは1000円。それでは、出発進行

  交通博物館入り口で出迎えてくれるのが、新幹線車両と機関車です。東海道・山陽新幹線で使われていたブルーのラインの入った車両です。0(ゼロ)系といって、新幹線開業時の車両です。蒸気機関車は「デゴイチ」ことD51蒸気機関車で、子供連れの家族でにぎわっていました。車両はお顔(?)だけの「ショートサイズ」で、実物をこの場所に置くために切られてしまって、少しかわいそうですが、そんなことは子供たちにはカンケイありません。じっと見入る子、さわって感触を確かめる子、よじ登る子(本当は登ってはいけません)、さまざまです。

 駅の券売機のような自動販売機で入場券を買います。三一〇円(中学生以下一五〇円)。その切符を受付のおねえさんに渡すと、記念入場券と交換してくれます。携帯アドレスは交換してくれませんので悪しからず(笑)。

 中に入ると、蒸気機関車三両がドーンと鎮座しています。入り口の新幹線とデゴイチとちがって、こちらは本来の姿を保っていました。並んでいるのは9850型とC57機関車です。大正時代・昭和初期を走ったビンテージものです(ワインじゃないってばぁ)。

 そしてもう一両が、日本最初の機関車、一号機関車です。明治初期、日本の鉄道時代の夜明けに、新橋・横浜間を疾走した、スーパービンテージものです(だからワインじゃないんだってばぁっ)。文壇一の「鉄道名人」阿川弘之さんの「きかん車やえもん」という作品を知っていますか?「鉄道バカ」の私が児童文学の「超特急」と信じるこの作品のモデルが、一号機関車なのです。そのけなげな姿に感動すら覚えます。

 そこから右に行くと、特別展示室です。ここには、交通博物館閉館にちなみ、かつて館内に展示されていた模型などが展示されています。光によって、塗装が劣化してしまうのを避けるために、展示を中止された物のようで、中には痛々しささえ感じてしまうものもありました。これが最後のご奉公でしょうか?もったいない気もします。ネットオークションにでもかけたら…と不純なことを考えてはいけません。私のお気に入りは、空気抵抗を少なくするよう、流線型の被り物(?)をかぶった蒸気機関車です。

  もちろん現代の技術に比べるまでもありませんが、当時なりのスピードへの熱い情熱を感じるのです。 鉄道の施設コーナーにやってきました。そうそう、こういうのあったよなーっと感激したのは、かつてよく見かけたみどりの窓口で切符を発券する機械です。

 子供の頃、家族旅行の際、行程の列車を決めたり、切符の手配をしたりは私の役割でした。その切符を買うときに、窓口から見えるのがこの機械でした。パタパタとめくり、該当の駅名や列車名の印字されたページを探して、ボタンを押すのです。あの作業は、見ていてカッコよく、あこがれたものです。

 つぎにやって来たのが、信号と線路のコーナーです。あれっ、見慣れた電車だぞ!オッと東急の電車の模型じゃないですか…、それに操作する運転台まで東急のものではありませんか!両手でT字型のレバーを前後に操作するこの形、間違いないっ(ちょっと古かったかな)。ここは「ATC(自動列車制御装置)」の説明のコーナーです。運転台のスピードメーターに、このスピードまで出してよろしいという意味の目盛りが表示される仕組みになっていて、信号の代わりになっています。万一スピードがオーバーしても、表示された目盛りのスピードまで、自動(オートマチック)で電車(トレイン)を制御(コントロール)するのでATCなんです。これがなかったから昨年のJR福知山線の大惨事が発生したともいいます。鉄道ファンとしては、悲しい限りの事故でした。

 順番待ちの行列ができているのが運転シミュレータ。私の子供の頃は「電車でGO」のようなゲームはなかったので(正直に白状します。ほとんど大人になってからですが、専用コントローラも合わせて発売日に買いました。えへへっ)、こういった気分を味わうには、交通博物館のようなところに来なければなりませんでした。

 地下鉄博物館(東京メトロ東西線葛西駅)・東武博物館(東武伊勢崎線東向島駅)・東急の電車とバスの博物館(現在は宮崎台ですが、以前は高津にありました)など、シミュレータがあると訊けば、わざわざ出掛けたものでした。

 2階に来ました。青函連絡船「津軽丸」の模型が展示されています。青函連絡船は、青函トンネルができるまで、本州と北海道を結んでいました。船尾にレールが敷かれているのがごらんいただけるでしょうか?鉄道車両をそのまま船内に乗せて運べるようになっているのが、この連絡船の特徴なんです。他に宇高連絡船というのもありましたね。岡山県の宇野・香川県の高松間、瀬戸内海を渡る連絡船です。隣に宇高連絡線の模型も置かれています。

 青函連絡船と聞けば…「上野発の夜行列車降りたときから〜」とある年代以上(?)の方は、口ずさんでしまいませんか?「つがるかいきょ〜ふ〜ゆげ〜しき〜」子供の頃乗ってみたいと思っていたのですが、初めて北海道に行った時には、もう青函トンネルが開通していて、青函連絡船は運航されていませんでした。だから行きは東北新幹線と盛岡からの特急はつかりで青函トンネルを抜けて北海道、帰りは寝台特急北斗星というコースです。ちなみに二回目の北海道旅行は東京からフェリーで苫小牧、帰りは苫小牧から茨城県大洗までフェリーというコースで、飛行機で北海道に行ったことがないという、かなり変わった経験が自慢です(笑)。話がそれましたが、それでは3階へ上がります。

 「教官〜…」思わずこの場所に立ったとき頭に浮かんだ言葉でした。もちろん大映ドラマの「スチュワーデス物語」の中の台詞です。ここには、ジェット機の機内を再現した座席と航空会社各社のコスチュームが展示されています。となりには、エンジンやライト兄弟の飛ばした飛行機の模型などが展示されています。日本では就航せず、最近引退したコンコルドの模型が、JALの塗装になっているのがユニークでしたね。

  その隣は、リニアモーターカーの紹介コーナーです。私大塚、今まで誤解してました。リニアモーターカーを走らせるのって、結構大変なんですね。紙面の関係で割愛しますが、詳しくは交通博物館に足を運んでください。コレなら新幹線の方が簡単かもな、などと思ってしまいました。

 そろそろ交通博物館のメインイベント、鉄道模型パノラマの運転ショーの時間です。1階に降りて行かなくちゃ…。すでに、ガラス三面にお客さんがびっしり並んでいます。学芸員の方が、軽快なアナウンスをしながら模型を運転しています。通勤電車・特急・寝台列車・新幹線、どれも実際の編成数をつなげ(例えば東海道新幹線なら十六両)、豪快な走りを見せます。子供の頃に自分でやった鉄道模型は長くても三両…レベルが違います。約二十分、ショーは続きますが、子供から大人まで食い入るように見ています。もちろん自分もその一人でしたが。

 そろそろ、閉館時間のようです。夕方5時を過ぎました。もっと早い時間から来ていれば良かったと後悔しています。「鉄道名人…改め鉄道バカ(少し悲しい)」の称号が重たく感じてきました。まだまだ知らないことあったんだなぁと反省しています。後ろ髪を引かれる思いで、交通博物館をあとにしました。

★         ★

 ふと見上げると、見慣れないビルが見えます。秋葉原再開発で新しく建てられたビルです。それとは反対に、無くなっていくのが交通博物館。萌え系のショップや、大規模量販店などが新しくでき、つくばエクスプレスなどが開通し、注目を浴びる秋葉原ですが、私個人としては、小学生の頃から秋葉原は庭のようなものでした。最近さっぱり足が遠のいていたせいで、すっかり変わってしまった秋葉原に自分も歳をとったなと痛感しました。(何言ってんだ!と、キャップに怒られそうですが…(笑))

 帰りはJR総武線で錦糸町まで行き、半蔵門線に乗り換え、座って帰ろうと思います。座って帰ろうっていうのが、おじさんになった証拠かもしれませんね(爆)。

                                           (大 塚)


交通博物館インフォメーション

東京都千代田区神田須田町1丁目25番地
開館時間 9:30〜17:00

休館日 月曜(休日の場合は開館・火曜休館)
TEL:03-3251-8481(代)

交通博物館さようならキャンペーン事務局
TEL:03-3678-3683
http://www.kouhaku.or.jp/

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