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古くからの読者であれば「長幸人」の名前を懐かしく思われるかもしれない。趣味の映画を題材に「極私的シネマ幻想」なるエッセーを連載したり、個性的(極私的?)な視点でのレポートが巻頭を飾ったことも度々あった。
そういう意味では、無能編集責任者の私にとって彼は貴重な存在…となるはずだったが、必ずしもそうはならなかったのはなぜか。「掛け合い漫才風に記事を仕立てたい」だとか「今回はドキュメンタリー仕立てにしたい」とか、景気の良い構想を打ち出しては、原稿を書く段になって苦悶し、要は自分で自分の首を絞めているわけだが、遅れる原稿はまた、私の首をも絞めているのだ。
ひろたりあん旅倶楽部のバス旅行に同行し取材するという企画は、朝寝坊してバスに乗り遅れて幻に…、当然そのお鉢は私にまわってくるから、余計な苦行を強いられるのである。
それらはある意味、彼からもたらされた「災害」みたいなものだ。そんな災害の元締のような長担当が「防災レポート」を企画した。「秘策があるんです」彼の言葉に震度5強クラスの不安を覚えたが、その危惧は的中した。記事は書けたが、添える写真がないと言うのだ。しかし私にも「防災」の心得はある。事前に阪神淡路大震災時の記録写真を、手配しておいたのだ。備えあれば憂いなし、である。
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たった今、話を聞き終わったところである。話してくれたのは、廣田新聞もえぎ野店社員の若松さんで、彼はあの阪神大震災を西宮市で被災していて、その時の経験談を聞かせてもらったのだ。
「ちょうどその時車を運転してて、急に道路が波みたいにうねり出して…一瞬、CGかと思った。今まで見たことのないような未知の世界が目の前に広がって…たぶん、飛んだんだと思う。うわっ、と思って無意識にハンドルに手を突っ張って…すごい衝撃があってフロントガラスに鼻をぶつけて…車から出てみたらエンジンが落っこちてたよ」
大地震というものを経験したことがない私は、おおっ、とか、へぇ〜、とか声を上げて聞いていたが、次第に黙るしかなくなり、顔を上げることもできなくなった。
残念ながら、その話の大部分は書けない。むごい。あまりにもむごすぎる。あの大災害から11年。六千人以上の死者と数万棟の倒壊家屋を出した大惨事は、過去のこととして記憶から遠ざかりつつあるだけではない。いくら新聞やテレビで見聞きしてもそれは単なる情報で、結局私はわかったつもりになって、知らん振りを決め込んでいたのだ。

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話は数日前にさかのぼる。ひろたりあん通信2月号の特集を防災、とりわけ地震に特化してやってみたい、と企画を出した私には秘策があった。
最近、耐震強度偽装マンションの発覚、東海地震の発生する可能性云々と、世間の話題は何かと地震に集まっている。
しかし今現実に、地震が発生したら、どうなってしまうのだろう。突然激震に見舞われて、ただおろおろするだけなのだろうか。
そこで地震を起こしてみることにした。それもたったひとりにだけ。地震が起きたらどうなるのかを見てみようというのである。その、たったひとりも、もう決めてある。
その名も高川豪。廣田新聞に入社して二年。気は優しくて力持ち、おまけにカレーが大好きと、まるでゴレンジャーの黄レンジャーのような男である。彼には「避難訓練をやるよ」とは言っておいた。しかし、それがどんなものなのかについては、あえて一切触れなかった。黄レンジャーは不平めいたことを何ひとつ言わずに「わかりました」とだけ答えた。さすが気は優しくて力持ち、カレーが大好きでヘディングが得意な黄レンジャーだ。もしかしたら自分には関係ないと思ってるのかもしれないが、それはそれでよろしい。
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一月の良く晴れた朝、休日で惰眠をむさぼってるはずの高川君の部屋を、勢いよくノックした。明らかに寝てたに違いない、寝ぐせをつけた彼にこう言い渡した。
「地震だよ」 「……は?」
眼をこすって呆然と突っ立っている彼を横目に、私は部屋に上がりこんだ。あの、あの、と追いかけてくる高川君の目の前で洋服タンスを押し倒した。
「ちょっと!あの、待って!」
「大丈夫。下のお宅は留守だったよ」
「そういう問題じゃなくて!…待って!」
なおも追いすがる高川君を尻目にブレーカーを落とし、水道の蛇口を持参した針金で縛り、携帯電話を取り上げた。すっかり涙目になっている彼を見て私はうなずいた。この顔だよ。何の前触れもなく巻き起こる現実に打ちのめされる表情。やってよかった。いい汗かいたな。
しかし、これで満足するわけにはいかない。
「さあ、地震だよ。どうする?」
ようやく事態を理解しはじめた高川君はつぶやくように言った。「…逃げます」
「じゃ、逃げて」
「ちょ、ちょっと!」
彼の腕をつかんで、私は外に追い出した。私が鍵をかけている間、彼は子犬のように震えていた。「さ、寒い」そうか。寒いのか。地震のときは寒いんだな。
可哀想になった私はつい仏心を出した。「よし。走れ!」
走れば暖かくなるだろう。「どこに逃げるの?!」
おっと。そこまで指示を出す訳にはいかない。第一、指示しようにも私にもわからない。「地震はキミにしか起こっていないんだよ」
涙目の高川君は、観念したように階段を駆け下りて、この寒空の中走り出した。私は新聞配達の必須アイテムであるオートバイで彼に並走する。
「バ、バイク、ありなの?」
「なしに決まってるだろ。地震なんだから」
どうやら納得したらしい。高川君、キミはなんていいヤツなんだ。私なら絶対こんなこと断る。おかげでそよ風が心地いい。
「そうだ!避難場所があるはずですよ」
「お、そうか。よし、行け」
「行け、って、どこにあるんですか!」
警察犬さながらに目的地を探そうとしている高川君。そうすると私は警察犬を従えて捜査に邁進する警察官か。頭の中にGメン75のハミングが聞こえてくる。
と、気がつけば高川君の姿がない。どこに行ったんだ。あちこち探してやっと見つけた。コンビニで立ち読みしていたのだ。私の顔を見た途端、高川君ははっきりと言った。「もうつきあってられません」
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それから数日後、阪神大震災の被災者である若松さんに話を聞いたのは前述した通りである。
遊びでやるようなことじゃないだろう、と怒られる覚悟で避難訓練のことを話したのだが、若松さんはその様子を笑って聞いていた。そして、実体験を踏まえて、話し出した。
「すぐ外に出たのは一概にいいとも悪いとも言えないけど、出入り口の確保が大切なのは確かだよ。あんまりひどい揺れだったら、建物が歪んでドアが開かなくなっちゃうかもしれないから。それでパニックになってしまう人はすごく多かったと思う。だから揺れの程度がひどかったら、まずドアを開けてみること」
地震発生時のパニックについては横浜市青葉区役所でも伺うことができた。お話を伺ったのは総務部総務課庶務係の富岡さん。
「揺れを感じたら、まずその場所で最大限身の安全を図る。これは地震発生時の大原則です。そして、その場所にいてどの程度危険か、よく見極める事が大切です。区が指定する地域防災拠点、火災から一時的に身を守る広域避難場所にあまりに多くの人が押し寄せると、間違いなくパニックになります。建物に倒壊のおそれがある、自力で消火できないような火災が発生する、という場合に避難してください。とにかく、その時できることを冷静に行うことです」
ともあれ、避難場所は知っておいた方がいいだろう。わが廣田新聞発行の「ひろたりあん2006」の巻末には防災マップとしてきちんと載っている。是非ご覧下さい。
地震の際に発生する火災も心配だ。横浜市青葉消防署でもお話を伺うことができた。お話していただいたのは警備第二課長の古都(ふるいち)さん。
「現在青葉消防署には署長以下171名の職員が在籍しており、震度5以上の地震には全員参集することになっております。また、消防団長が任命する消防団員が総勢465名おり、地震の際に発生する火災には協力してその消火に当たります」
なるほど。しかし、大地震が起こってあっちこっちに火災が起こったら、それだけ層が厚くても手が足りないのではないだろうか。
「大火災が発生して、一般家屋に出動する場合、通常の消火活動で消防車を十数台で向かうところを一台で向かいます。さらに燃え広がって大規模な火災が発生すると、消火に向かえない事態も考えられます。その場合はまず、重要防御地域や重要防御対象物の消火に当たります。(重要防御地域とは、駅やその周辺など、不特定の人々が集まるところです。重要防御対象物とは、避難場所として被災者が集まる学校等、それから病院などです)だから火災が発生した直後の初期消火がとても重要なんです。火の勢いが強くなって天井が燃え始めたら、それは家庭で消火することはできません。119番して下さい。しかし、そうなる前の出火直後であれば、火を消し止めることは可能です。家庭にある消火器を使いやすい場所に置いておく。お風呂に水を汲み置いておく。近所とのつきあいを大切にして、助け合いができるような関係をつくっておく。そして、出火してすぐの消火に努めることが延焼を防ぐ上で最も大切なことです」
言うまでもないことだが、自分のことは自分でやれ、それでもダメなら人の手を借りろ、ということではないだろう。目の前で問題が起こった時にどういう判断をして、最初に何をするかが肝心だ、ということだ。それが時に被害を最小限に防ぐ大きな力になる。
では、地震が起きた時に気をつけること、用意しておいた方がいいものは何だろう。
「まずは身の安全が第一です。地震はいつ起きてもおかしくない、という意識をもって、普段から懐中電灯と、それからスリッパをいつでも使えるように置いておくといいですね。停電になったら何も見えないですし、ガラスが割れて散乱していても怪我をしないで済みます。それから、最低限非常食や飲料水を3日分は準備しておいて欲しいです」
うーん。スリッパはともかく、他のものはきちんと買い揃えておかなければ。
「いざというときには、知識より知恵と言いますよ。あるものをどれだけ活用できるか、ということです。真っ暗な中では携帯電話の明かりでも相当明るいし、いつでも食べられるものを冷蔵庫に入れておけば十分非常食になります。モーターが止まっているから、蛇口をひねっても水は出ませんが、大元のタンクには水が入っているんです。準備が大切なのは言うまでもありませんが、冷静になって対処すればある程度のことはできるはずです」
再び若松さんの話。
「そう言えば、カセットコンロ。あれはすごく重宝した。電気が全部止まっていて、すごく寒くて、あったかいものが欲しくなるんだよね。その時もらったんだけど、本当にありがたかった」
…想像してみて欲しい。本当の真っ暗闇で、暖房もなく寒さに震え、不安の中で余震の前兆であるゴーッ…という音を聞いている状況を。自分も大変なのに優しさを分け合って、明日を待っている夜を。それをきちんと胸の中に置いておこう。忘れないでいるだけで、きっと何かが変わってくるはずだ。
そう言えば、高川君はタンスを倒しっ放しにして帰ったことを今でも怒っているが、それだけは忘れて欲しい。 (長)

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