■ひろたりあん通信バックナンバー
 2006年6月号
 
織姫と彦星の湘南ランデブー
  勝野英明執念の「湘南ひらつか七夕まつり」礼賛記

 

「ねえ、お父さん、なんで風が吹けばオケラが儲かるの?」娘が突然おかしなことを聞く。儲からないから「オケラ」なんじゃないか、ギャンブルに弱い父親に対するあてつけか?…なんてわけはなく「オケラ」と「桶屋」を勘違いしているらしい。

 風が吹くと、目に埃が入るから視覚障害者が増える。昔、視覚障害者は、三味線弾きを生業とすることが多かったので、三味線の需要が増え、材料となる猫の皮が大量に必要になる。巷の猫が減るから、天敵とするネズミが増える。ネズミは桶をかじるから、桶屋が儲かる…。

 「だから儲かるのは桶屋さんで、オケラじゃないんだよ」「ふうーん、桶屋さんにとっては、ハナからぼたん餅だね」それを言うなら「棚からぼた餅」である。

 牡丹のつぼみが開くと中からぼた餅が出現する…ってわけはない。「棚からぼた餅、略して『たなぼた』と言うんだよ」「たなぼたぁ?なんだか七夕みたい」

 「去年取材した平塚の七夕まつり、今年はやってもいいんですよね」編集会議の席で、勝野担当が念を押す。祭りの終わった後にその祭りを紹介するのはあまり意味がない、それこそ「あとの祭り」だ。昨年そう言って却下したのを思い出した。一年越しの彼の執念の企画は、満場一致で採択された。そりゃそうだ、取材に行って記事を書くという難行は、スタッフの誰もが敬遠したいのである。

これを、七夕ならぬ「たなぼた」と言う。


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 神奈川県の中央、約四八キロの海岸線を扇の要にして、西北に広がる平塚市。

 前に湘南海岸の砂丘と松林、背後には丹沢や大山山塊。西方には富士山や箱根の山々。

 周囲を美しい自然に囲まれ、四季を通じて温和な気候にも恵まれた平塚を全国的に有名にしているものといえば、そうです。『七夕まつり』です。

 今年も七月六日(木)〜九日(日)までの四日間。盛大に『湘南ひらつか七夕まつり』が開催されます。

星に願いを
 話は一年前の四月にさかのぼります。「六月号」の特集記事のテーマを決める会議の席。 私、勝野が所属する「もえぎ野店」の案として、それまで温めておいた、取って置きの企画を発表しました。一瞬の沈黙、その後「ほーっ!」という感嘆の声。司会者である編集キャップと宮澤氏の二人も思わず目を見合わせています。

「勝野君、悪いんだけど、もう一度言ってくれない」と宮澤さん。

「ですから、私の生まれ故郷である平塚の『七夕まつり』を紹介したいということですよ。開催が七月のはじめなので、六月号に載せるにはタイムリーじゃないですか」

「確かに『七夕まつり』はタイムリーだよ。それに、私も祭りは嫌いじゃないし、いい企画だと思うよ。だけどねぇ…」

 宮澤氏の言いたいことはわかっている。

「ひろたりあん通信」は地域の情報紙なのだから、取材はなるべく青葉区か都筑区、遠くても横浜市内のイベントを選んで欲しい…ということだろう。 確かに青葉区から湘南の平塚は遠すぎる。

「でも、平塚の七夕は、仙台の七夕と並び称される大きなお祭りですよ。興味のある人はたくさんいるはずです。たまには遠くの祭りにスポットを当ててもいいじゃないですか〜」

「平塚の七夕が神奈川県でも有数の大きなお祭りってことは分かってますよ。それに、遠いという問題も確かにある。あるにはあるけど、それ以上に大きな問題があるんだよ」

「予算ですか?」

「そうじゃなくて。…因みに、取材はいつ行くの?」

「取材?…え〜と、取材は…五…、いや六月…あっ!」

「でしょ。七月の祭りの写真を六月号には載せられないでしょ」

「そ、そうですね。…じゃあ、七月号で」

「だめ〜。締切りに間に合わない。それに終わってしまった祭りを紹介してどうするの?」

「・・・・・」

「そんなに平塚の七夕祭りを紹介したいのなら、今年の『七夕まつり』を取材して、来年の六月号の企画会議で出してみれば?もっとも、君の情熱がそれまで続いていれば…ですけどね」

 うわっ!どうせ勝野のことだから、そこまでの情熱なんてないだろう。と高をくくった物言いだ。よ〜し!そこまで言われたら、引き下がるわけには行かない。織姫と彦星のごとく、一年後に想いを馳せて取材してくるぞ!

露天のデパート
 2005年7月、JR平塚駅のホームに降り立った私の耳に、いきなり太鼓の音が響いてきた。駅前広場では、地元の人たちによる『相州平塚七夕大太鼓』だ。勇壮な太鼓の音に迎えられて、否が応でも祭り気分が盛り上がります。

 駅前周辺は、色とりどりの七夕飾りで、あざやかに彩られていました。「湘南ひらつか織り姫」という三名の女性の写真が載ったパンフレットを片手に、まずは大きな竹飾りのある平塚駅前大通りの左側、紅谷パールロードや湘南スターモール(JRと平行した通り)へ向かおう…と思ったのですが、ちょうどお昼時ということで、まずは腹ごしらえ。

 露店がたくさん集まる露店出店エリア(大門通り、公園通り、そして明石町通り)へ向かいました。とにかく平塚の商店街は広い!

 子どもの頃は、綿菓子やリンゴ飴、亀すくいや金魚すくいなど、良くやったものです。カラーひよこなんてのも、いましたね〜。(すぐ死んじゃいましたけど…。あ、でも亀は一年間生きてましたよ)

 露店エリアには、様々な種類の露店が出ていました。まるで露天のデパート。博多地鶏や宇都宮餃子、そして激辛、韓国ビビンめん。地方の名産や多国籍の食文化まで味わえます。う〜ん、食いきれません。

 まずは定番の焼きそば。そのあとステーキ肉を買い、人に当たらないように気をつけながら歩きます。歩きながら食べるのって最高!ノドが渇いたので、今度はラムネを買って、飲みながら再び人波にまかせて歩きます。おっと、でっかいタコ焼き!イイダコがまるまる一個入ってます。こいつを賞味している間、みなさんは、歴史探偵・高丸さんのウンチクを聞いてあげてください。

 

 七月七日の夜に、わし座の牽牛星(けんぎゅう・彦星・アルタイル)こと座の織女星(しょくぢょ・織姫・ベガ)が出会う伝説は中国で約2000年前に生まれたといいます。

 その日に種々の願いが叶えられるという「星まつり」の伝承と『乞巧奠(きこうでん)』という技芸の上達を願う祭事が結びつき奈良時代に日本に伝わりました。

 普通「七夕」と書いて「たなばた」とは読めませんよね。本来は「棚機」と書きます。万葉集では「棚(たな)」に「機(はた)」や「幡(はた)」の文字が使われています。「川に桟敷(棚)を渡し、その上に小屋を建てて、そのなかで機を織る風習」が平安時代にあったそうです。七月七日の宵。水のほとりで神にささげる布を織りながら神を迎える女性を 棚機女(たなばたづめ)」といい、棚をつくるのに立てた 笹竹に、五色の短冊を下げたものが幡(はた)なんですね。

 古事記に記された「棚機女(たなばたつめ)」の伝説や、裁縫の上達を願う風習、畑作物の収穫祭、祖先の霊を迎える盆の行事などが交じりあって、ながい、なが〜い日本の歴史の中で現在のような、笹竹に願い事を書いた短冊を吊るすという庶民の祭りになっていったのです。
 

イベントてんこ盛り
 さて、腹ごしらえもすんだので、いよいよ大竹飾りの会場へ…と思ったところ、今度は後ろの方から、楽しげな音楽が聞こえてきました。振り返ると、開催本部である市民センター側の道路には、たくさんの人だかりができているではありませんか。ワクワク探偵団(なんじゃ、そりゃ)の一員である私は、人波をかき分け、かき分け、急ぎ足でそちらへ向かいました。

 道路いっぱいを使った『おまつり広場』のイベント会場では、揃いの衣装に身を包んだグループが音楽に合わせて踊っています。聞けば、地元のダンスサークルや、他の市からも参加されている高校生の皆さんがた、大人から子供まで、それぞれが自慢の「よさこいソーラン」を披露しているのです。沿道では、小さな子供も一緒になって踊っていました。

 メイン会場とおまつり広場にはさまれた大通りの交差点付近には、特設のステージが作られていました。そちらに行ってみると、少年少女三人組によるヒップホップのダンスが始まるところでした。続いて、湘南で活躍するシンガーの登場。自分が住んでいる激安のアパートに幽霊が出て、そこでいまだに暮らしているという訳のわからん歌をトークを交えながら唄い始めました。これがなかなか面白い。

 さらに、子供も加わったフラダンスグループの魅惑的な踊りと続きます。 普段の練習の成果をたくさんの人達の前で披露できる、年に一度の大イベント。緊張もあるのでしょうが、自信と誇りに満ち溢れた笑顔を見ていると、こちらも本当に楽しくなってきます。

 特設ステージでは、平塚市の友好都市でもある岐阜県高山市の獅子舞や岩手県花巻市のお神楽といった郷土芸能が披露されます。

ほかにも歌謡パレード、大道芸、おもしろいところでは「モヒカン刈り大会」なんていうのまで、盛りだくさんの催しが行われます。

 昭和二十年七月、平塚に海軍の火薬廠があったために、大空襲によって平塚市の七〇%が焼け野原になりました。しかし、終戦後、五年で早くも復興を果たし、市をあげて「復興祭り」が開催されたのです。

 翌年「平塚商工会議所」「平塚市商店街連合会」が中心となって、仙台の「七夕まつり」を参考にして、第一回七夕まつりが開催されました。今年で五六回、半世紀をこえる祭りは三百万人の人出を記録する神奈川県有数の祭りとなりました。

 因みに、仙台の「七夕まつり」が始まったのは昭和二年。商家の有志達が集まり、江戸時代から明治維新まで盛大に行われていた「七夕」の祭りを、仙台商人の心意気で復興させたものです。

 もうひとつ。愛知県にある織物の町『一宮(いちのみや)』を忘れてはいけません。平塚に遅れること5年、昭和三一年に開催されたこの町の七夕まつりは、尾張一の宮である真清田(ますみだ)神社の祭神が織物の神様ということもあり、別名『おりもの感謝祭』といわれています。
 

大竹飾り
 さあ、素敵なショーで気分も満たされたところで、七夕まつりのメイン会場である湘南スターモールへ向かいました。七夕まつりの見所といえば、やはり竹飾りです。人混みをかきわけ、かきわけ、中へ入っていくとそこはまさに別世界。

 竹飾りの長さは15〜20メートルくらいでしょうか、そこから頭に触れる位のところまで飾りが吊られています。カラフルなのはいうまでもなく、ジャンルも実に様々。毎年恒例の日本時代絵巻や、ご当地のJリーグサッカーチームである『湘南ベルマーレ』そして、その年の流行もの(この年は、マツケンサンバ、レッサーパンダの風太君、ギター侍など…一年前なのに、妙に懐かしい。気のせい?)が下がっていました。 たぶん、今年はサッカーや野球のWBC関連の作品が主役になるのではないでしょうか?

 期間中は「竹飾りコンクール」も行われています。全市の部と全市夜景の部、それぞれ特選→佳作まで選ばれるので、歩きながら賞に選ばれた作品を見つけるのも楽しみの一つです。さらに、平塚七夕祭りの醍醐味は、大きさや、飾りの人形が前後に動いたり、手足が動いたりと仕掛けがあることでしょう。これらの出来の良さにまた感心させられます。

 夜は人形に照明があたって、日中の華やかな雰囲気からファンタジックなムードへと趣きも変わります。太陽が沈み、少し涼やかになった頃、灯りがきらめく竹飾りは、昼に見たときとは、まるで違って見えるのです。神秘的な夜の竹飾り。その昼との違いを感じてください。飾りの足の部分には、子供たちのお願い事がびっしりと書いてありました。

 このスターモールでは、総勢千人が踊りながらパレードする『七夕おどり千人パレード』が行われます。自由参加となっているので、やっぱり祭りは参加しなきゃ、という方はふるって参加してみてください。同じ○○なら踊らにゃソンソン。

湘南ひらつか織り姫
 パールロードには、似顔絵を描いてくれる絵描きさんや、レトロな雰囲気が漂う「お化け屋敷」などがありました。こちらの通りには、子どもだけでなく、大人も童心に帰ることができる楽しい出し物がいっぱいです。

 この原稿を書いているときにニュースが飛び込んできました。六月四日に開催された『織姫コンテスト』で、まつりに花をそえる三人の織姫が選ばれたそうです。審査を勝ち抜いて選ばれた美しい織姫さんは、七夕まつりだけでなく、一年間、市の公式行事等に参加します。 

 また、まつり開催中には写真コンクールも行われます。「竹飾りの部」や「イベントの部」そして「織姫の部」もあるので、会場で彼女たちをみつけたらパチリと写真を撮って応募してみるのもいいでしょう。

 美しい竹飾りに、種類豊富な露天。盛りだくさんのイベント。そしてコンクール。日本全国、数ある夏のお祭りの中で、先陣をきって開催される一大フェスティバルです。ぜひ一度足を運んでみてください。

 それでは今年の七夕祭りが晴天に恵まれることを、星にお祈りしつつこの辺で。さようなら。 

                           (勝 野) 

 

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