■ひろたりあん通信バックナンバー
 2008年3月号
 いちご一笑の気配り農園
    地元でいちご狩り 「ひでくんちのいちご畑」 

 娘が幼稚園児だった頃のことだ。年長組の先生が、園児の自己紹介を兼ねたアルバムを作ってくれた。その中に「好きな食べ物は?」という設問があって、みんなが「ケーキ」だの「カレー」だの答えているのに、わが子の答えはひと言「お肉」…。

 おいおい、子どもらしくないぞ、妻と二人で苦笑いをしたのである。

 娘が生まれた時に先輩が「子どもにあまり贅沢をさせたらダメだぞ。特に食べ物には…」とアドバイスをくれた。 自分の失敗談を語った後、「食費が大変、ってカミさんにグチられるんだよ」と嘆いた。でもそんなアドバイスは、わが家には不要だ。倹約こそ賢妻の努めと信じる妻がいるからだ。

 ところが、神戸に嫁いだ妹から、神戸牛が送られてきたことがあって、ステーキにしたら、まだ三歳にもならなかった娘が、一枚ぺろりと平らげたのである。思えばその日から、娘の「お肉」好きが始まった。

 端緒が神戸牛だったからか、娘の肉へのこだわりは日増しに強まり、今では輸入牛など出しても「あーあ、美味しいお肉が食べたいなあ」と聞えよがしに呟きつつ、不満そうに食べている。もちろん妻は知らん顔だが。

  その肉好き娘は、イチゴが嫌いだ。「イチゴが嫌いな女の子なんて聞いたことがないぞ」「だって酸っぱいもん」そう言って、ケーキのイチゴを除けて食べている。幼年期に安いイチゴばかり食わせたせいか? 

 女の子らしくさせるためイチゴ狩りにでも連れていくか。自分で摘んだ甘いイチゴなら、好きになるかもしれない。



★          ★          ★ 

「季節柄、イチゴ狩りがいいんじゃないかと思い、提案しました」

 毎月の編集会議で十店舗の担当が企画を持ち寄り、順番にプレゼンテーションしたあと、多数決で決めているこの特集記事。いつものように市ヶ尾店が先陣を切りました。

 その「イチゴ狩り」の企画に瞬間(やられた!)と思いましたが、中村担当の次のひと言で(しめしめ♪)に変わりました。

「少し遠いんですが、厚木、伊勢原、海老名にイチゴ狩りができる農園があるので…」

 かく言う僕たち、港北NTセンター南店の企画も同じく【イチゴ狩り】。

 企画がかぶれば、採用される確率は増すだけでなく、二つを比べて少しでも魅力的、または付加価値のある方が取材を任されるのは当然です。その点、僕たちの企画の方が断然いい。

「小林君。なにニヤニヤしてるの?」

 いかん、嬉しさが顔に出ていたみたい、宮澤さんに指摘されちゃった。

「え〜、僕たちもイチゴ狩りを提案します。ただし、遠い厚木や伊勢原ではなく、地元です」

「地元って、横浜? 川崎? まさか青葉区や都筑区じゃないよね?」半信半疑の一同。

「そのまさかです。僕は都筑区に住んでいるんですが、家のすぐ近くにイチゴ狩りができる農園があったんです」ここで、一年前の神奈川新聞の記事をみんなに見せました。

「へえ、一年前にオープンしたんだ〜。よく見つけたね。池辺町か。配達エリアじゃないけど、まさに地元だね」

 これには市ヶ尾店の中村担当も「知らなかった、近場にあるなら、それにこしたことはないなあ」と、完敗を認めざるを得ないようです。 多数決の結果は、言うまでもありません。

「じゃあ、イチゴ狩りの取材は市ヶ尾店にお願いします」

「ちょ、ちょっと、宮澤さん待ってくださいよ。まさか、イチゴだけに、イチゴオ店っていうダジャレじゃないでしょうね」

「あれっ、バレタか。でも、同じ企画だし、港北NT店と市ヶ尾店の合同でいいじゃない」

「は、はぁ…」

ひでくんちのいちご畑
 そんなわけで、中村担当と二人で取材することになりました。

 向かったのは、池辺富士で有名な富士塚古墳がある都筑区池辺町。資源循環局の裏手の広大な農業用地の一角に、新聞で紹介されていた『ひでくんちのいちご畑』はありました。

 しかし、今年はイチゴの生育が遅いため、取材に行った二月中旬開始予定が、二月下旬に延期されていました。

「小林さん、これじゃあ記事にならないですよ」と中村担当。

「う〜ん、天気ばかりは何とも…」

「イチゴが食べられないんじゃ、何のためについてきたかわからんな」と宮澤さん。

「誰も頼んでませんよ。でも、せっかく来たんだから、話だけでも伺ってきましょうよ」

 ハウスの奥に向かうと、作業中の『ひでくん』こと、田丸秀昭さんがいらっしゃいました。弱冠二十四歳。しかし、この農園のオーナーです。 

 子どもの頃からお祖父さんの農作業を手伝い、早くから専業農家を志した田丸さん。

 東京農大の三年生の時に、お客さんに直接味わってもらえる『観光農園』の構想を練り、準備を始め、卒業とともに実現させました。

 都筑区民まつりの菊花展で最優秀賞を受賞するなど、地元では知られた存在。日本中で後継者不足が深刻するなか、農業を心から愛する、見た目も爽やかな好青年です。

 

最新気配りハウス
「まず、靴を脱いでスリッパに履き替えてください」 

 案内されたハウスは、なんと土足厳禁でした。これにはびっくり。

「ハウスの設計の際に、業者さんに色々とアドバイスしてもらいました。地面に敷いている白いシートも二重になっていて、歩いても埃が舞わないようになっています。それから『ロックウール』という、綿状のものを土の代わりに使っているんですよ」

 苗床を1mほどの高さに設置する「高設栽培」のため、しゃがまずにイチゴが摘め、足で踏んで苗を痛めることもありません。なにより、清潔なので洗わなくても、その場でイチゴが食べられるのが最高です。

「あの扇風機は何ですか?」宮澤さんが指差す天井には、大きな扇風機がありました。

「普通のハウスは、ダクトを通路に這わせているんですけど、小さいお子さんが引っ掛かって転んだりしないように、ここでは使用していません。車椅子の方にも楽しんでもらえますしね。ただ、それだと暖房が端の方まで行き届かないんですよ。ですから、あのように扇風機を回して送っているんです。あと、空気がよどまないように循環させる目的もあります」

「時々、カタカタと言う音がするんですが」中村さんが尋ねます。

「暖かくなると自動で屋根が開いて温度を調節するようになっています」

 何から何まで気配りが行き届いた最新システムです。

プーさん
 イチゴ狩りは週三回、土日と水曜日のみの予約制になっています。


「毎日だと、イチゴが足りなくなるので、イチゴ狩りができるのは週三日です。よく『早い時間に行かなきゃなくなっちゃいますよね』って、聞かれるんですけど、予約をもらったら一列残しておくので、時間帯に関係なく、真っ赤に熟したイチゴを摘むことができます」

「それはいいですね〜。……???。それはそうと、さっきから蜂が飛んでませんか?」

「受粉は蜂が全部してくれるんです。そのためにミツバチを飼っているんです。ご覧になりますか?」

「見ます、見ます」

 好奇心丸出しの宮澤さん。田丸さんの後に付いて行くと、巣箱の側まで近寄ってシャッターを切りはじめました。

「こうすると、たくさん出てきますよ」と、田丸さんが箱を揺すると、穴から一斉に蜂が飛び出しました。「おおっ!」這うように逃げる宮澤さん、その姿は、まるで『くまのプーさん』です。

「でも、ぬいぐるみにしたくはないですね…」中村担当の呟きを、僕は聞き逃しませんでした。

章姫(あきひめ)と紅ほっぺ
 約三百坪のビニールハウスには、約七千株のイチゴが栽培されています。品種は、酸味が少なく柔らかい『章姫(あきひめ)』と、甘くて適度な酸味の『紅ほっぺ』の二種類。

「食べてみます?」

「も、もちろんです」と頷く三人。

 手渡された二種類のイチゴは、どれも大粒で、真っ赤に色づいています。

「あ、甘い♪香りが鼻から抜けるね」

「熟したのは朝のうちに直売用に摘んでしまったので、それはまだ完熟じゃないんですよ」

「えっ、こんなに甘いのに完熟じゃないんですか?」

驚きの美味しさ、ミルクいらずの甘さです。

体験型直売所
「もう少しすると、ツルが伸びてきて、実が下がってくるんですよ。赤いのがいっぱい並んでいるのを、子どもが最初に見つけて『あーっ』って、喜ぶんですね。大人は上ばかり見ているのであまり気がつきません。子どもがしゃがんだ時に、初めて気づくんですよ」

 子どもが、自分の手より大きなイチゴを見つけて、大喜びで駆けてくる姿を見るのが一番嬉しいと田丸さん。

「イチゴ狩りをやってない季節は、どうされているんですか?」

「畑で野菜の体験収穫ですね。ハサミとカゴをお渡しして、好きな野菜を好きなだけ採っていただいています。夏はナスとキュウリ、トマト、ピーマン、枝豆、トウモロコシ。秋はサツマイモとか栗とか。一年通して、野菜の収穫を体験してもらいたいというのが、こうした体験型の直売所を始めた最初ですから」 

 子どもたちに、野菜がどう実っているのか、採れたての野菜がどれほど美味しいか、それを知って欲しい…田丸さんの言葉には、心底農業を愛してやまない熱い思いが溢れていました。

都筑区の野菜
 都筑区は新しい街ですが、池辺町のような農地があちらこちらに確保され、都市と農業の調和した街づくりがされています。都筑区ではどんな取り組みをしているか、区役所を訪ね、地域振興課資源化推進担当係長の鳥海さんと福祉保健課の村上さん、岡久さんにお話を伺いました。

「現在『地場野菜』を食べようという気運が高まっていますよね。横浜市の十八区の中で、都筑区は農地面積二位、農家戸数一位、小松菜やホウレンソウの作付面積も一位なんですよ。そういった意味から、皆さんに都筑区内の農業を知っていただくためのPRもしています」

 都筑区役所では、昨年五月に『農産物直売所ガイドマップ』を発行しました。携帯に便利なコンパクトサイズで直売所の地図や扱っている野菜の種類、期間などが、可愛らしいイラスト付で見やすく紹介されています。

「福祉保健課と地域振興課が協力して野菜直売所を探し歩いて作ったんです。無人の所が多いので、生産者の方を探したり、なかなか会えなかったりと、何回も通いましたね。2007年度の『ひろたりあん保存版』の即売所マップも参考にさせていただきましたよ」

「それは有難うございます。苦労して作った甲斐がありました」と、照れ笑いの宮澤氏。即売所マップを一人で担当しただけあって、生産者の方を探すのに苦労した話には大きくうなずいていました。

ところで、直売所の魅力ってなんですか?

「なんといっても新鮮さですね。その日に朝採りしていますから。それに有人の直売所なら農薬の使用状況なども分かりますし、栽培方法や農家ならではの美味しい食べ方も教えてもらえたりします。見たことのない野菜には、横にレシピが貼ってある直売所もありますよ。実は、過去に野菜を使ったレシピ集も作ったんです。ヘルスメイトさんの協力や、自分達で実際に調理したものを四季ごとにまとめたものです」

「フードマイレージという考え方があるんですが、輸入や、他の地域のものだと、輸送するために、CO2が余計に排出されます。地場野菜なら、CO2の削減にもつながるんですね」と鳥海さん。

 フードマイレージとは、輸送に伴う環境への負荷を数字で表したもの。

 一人当たりのフードマイレージは、日本が四千tkm(トンキロメートル)なのに対し、アメリカは五百tkmと大きな開きがあるのです。 

 

 

 中国製冷凍ギョーザの事件をはじめ、食の安全が危ぶまれている日本。また、四〇%という先進国最低の食料自給率で、将来の温暖化にどう対応していくのか? 今こそ、生産者の顔が見える地元の農業に目を向けてみる時期かもしれません。

 地産地消、都筑区だけでなく青葉区にも多くの直売所があります。見かけたら、ちょっと覗いてみてはいかがでしょう。形は悪くても、泥が付いていても、安くて美味しくて、とっても新鮮ですよ。

 ちなみに、『農産物直売所ガイドマップ』と『レシピ集』は都筑区役所のホームページからダウンロードできます。       

                                     (小 林)
 

『ひでくんちのいちご畑』

 都筑区池辺町1531付近 予約制 

 電話 080-6705-1515
 

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