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あけましておめでとうございます。今年も廣田新聞店ともども、ひろたりあん通信をどうぞごひいきに。
私はと言えば、新年早々、あまり体調が思わしくない。運命論者ではないが「今年の運勢はよくないのかも」などと不安になったりもするが、なんのことはない、原因は正月休暇の暴飲暴食のせいだ。
そして毎年同じことを繰り返しているのだ。体調管理ができないのは、社会人として恥ずべきこととは知りつつ、ついつい浮かれて破目を外すのは、自分がまだ若いからなのか…、そんなわけはなく、若者ならず馬鹿者なのである。
昔、正月には母に「お前も一つ歳をとったんだから、しっかりしないと」と言われたものだが、正月になると実年齢より二つ上になる「数え歳」の話を若者にすると不思議がられ、余計に自分が老けたような気がする。
歳はとりたくないと思いつつ、加速度的に歳月は過ぎてゆき、実年齢と「精神年齢」との差も加速度的に広がっていく。若い時はどんなに不摂生をしても平気だったが、今では薄氷を踏む思いで不摂生をしているのだ。
体調のよくないことに加え、もう一つ災難が舞い降りた。締め切り間際というのに、宮澤高丸の原稿が未だあがってこないのだ。納期を守れないのは、社会人として恥ずべきことだという自覚はあるのか!
本来は、記事の内容に合わせて、このスペースを埋めるのだが、仕方ない、見切り発車とした。新年早々、読者に愚痴を披露するこの屈辱を察してほしい。夜が更けてきた。寒い。…やっぱり今年は運勢がよくないのかもしれない。
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地元の人に尋ねると早淵川は小石というよりも大きな岩盤の上を流れていたそうだ。
今の『ウシオ電機研究所』の近くには堰が設けられていて、当時の子供達は、水浴びや魚とりをして遊んでいた。堰は飛び込みをしても大丈夫なほど深かった。
その堰から三百メートルほど下った辺り、六尺道と呼ばれた旧道から川岸の洗い場に降りる坂があって土地の人はここで収穫した野菜や農具を洗っていた。早淵川は人々の生活の一部であり、子供たちが自然と触れ合うための貴重な遊び場でもあった。
「川? 川なんか、あったっけ?」
昨日今日住みはじめたのではない、十年以上も青葉区に住んでいる。そんな友人がキョトンとした顔で尋ねる。
「ほら、あざみ野から保木(美しが丘西)に向かって県道があるでしょ。あの真ん中を流れてる…」
「あ、あれ。あれ川だったんだ」

川だと認識してもらえないのも無理はない。コンクリートに固められ、県道の真ん中を矯正されたようにまっすぐ流れ、しかも、降りられないようにフェンスに遮られている。
橋から覗くと、その意外な深さに驚く。二重三重にガードされ、人が川の水に触れるどころか、近寄ることすらできない。
早渕川
横浜市の最北端、青葉区と川崎市の境界付近が源流だ。青葉区を出ると、都筑区、港北区を流れ、綱島で鶴見川と合流する。全長13.7キロメートル。約三十年前、多摩丘陵と共に誕生したといわれる。
今から五年程前。連載『地名推理ファイル・美しが丘西編』の中で、この早渕川のことを書いた。冒頭の文章のあとには…。
今では単なる雨水を排水するためだけの水路でしかない。
というため息まじりの文章が続く。今もそれは、変わっていない。
当時大ヒットしたアニメ映画を引き合いに出して
このままでは「クサレ神」と言わないまでも、コハク川の神のように、人々から忘れ去られ、名前も消されてしまうだろう。
ニギハヤミハヤブチヌシ?人間によって殺されてしまった川の神。それは早渕川の守り神である。
川の思い出、川との関係をどうか忘れないで欲しいものである。
今読み返すと、最後にそう結んでいた。何気なく書いた「ハヤブチノヌシ」が、まさかミュージカルの主役になるとは思わなかった。
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青葉区小中高生ミュージカル
2001年、青葉区民まつりで万葉の伝説を下敷きにした『手古奈』が上演され、青葉区の小中高校生が一緒になって作るミュージカル『横浜市青葉区小中高生ミュージカル』がスタートしました。
翌02年は横浜中華街が舞台の『愛しのチャイナタウン!』
続く03年度は、やはり横浜、子安の浜の浦島伝説をモチーフとした『新・浦島伝説―海の祈り・陸(おか)の夢―』。この作品はひろたりあんの特集記事でも取り上げました。小中高生ミュージカルとのお付き合いはこの時からです。
2004年は、青葉区を舞台にした『こどもの国物語』。
戦時中、田奈にあった弾薬庫のお話です。当時の子どもたちと現代の子どもたちの不幸や様々な問題。
戦争という重いテーマだけに、出演者全員が共通理解を深めようと、フィールドワークも行われました。 このフィールドワークには、私も同行取材させていいただきました。
『こどもの国』の敷地内に、今も残る真っ暗な弾薬庫や防空壕。その中に恐る恐る足を踏み入れ、ガイドさんの説明に真剣な表情で耳を傾ける子どもたち。少しでも当時の状況を理解しようとする真摯な子どもたちの姿に心を打たれたのを覚えています。
休演宣言
2005年、この時もフィールドワークに同行しました。場所は三浦半島・小網代の森。約2時間、自然観察をしながら森の中を歩きました。(今だから話しますが、この時トイレを我慢していましたのです。歩いているうちに尿意はいつのまにか消えてしまっていたので、大事には至りませんでしたが…)
舞台は、『森の記憶・いのちの伝言』というタイトルで、失われてゆく自然を小網代の森に棲息するアカテガニの視点から描かれました。
翌年は、四年前に上演した『愛しのチャイナタウン』の再演。といっても、出演者は違います。立ち見のお客さんが出るほど大盛況。しかし、大成功に沸く舞台裏では、悲しい報告がされていました。「来年はミュージカルの上演をしません」スタッフによる休演宣言でした。
様々な事情でそうせざるを得なかったのですが、スタッフの言葉を聞いた子どもたちはショックを受けました。
「続けたい」「続けて欲しい」と、泣きながら訴える子どもたちに、大人たちは「必ず再開するから」という約束をするしかありませんでした。
青葉むかし物語
それから一年半を経た今年の春。小中高生ミュージカルの再開が発表されました。子どもたちとの約束は果たされたのです。
再出発なったミュージカルの内容は、青葉区制十五周年を迎えるということで、青葉区を舞台に、青葉区の民話や昔話を取り入れることに決まりました。原案は広く区民から公募することとなったのですが、青葉区にまつわる昔話は思うように集まりませんでした。
昭和四十年以降の都市開発から移り住んだ人が大半を占める青葉区で、昔話や民話を知っている人は限られています。尚且つミュージカルの原案となると…ちょっと、難しいだろうなぁ、と心配していたら、なんと自称歴史探偵、苦笑編集スタッフ、不肖宮澤に白羽の矢が立ったのです。「地球に生まれて、よかったーっ」(山本高広風に…)ワシは舞い上がりました。(宮島茂樹風に…)
今まで取材という形でしか関われなかったミュージカルに、企画の段階から関われるのは光栄なこと。さっそく事務局の皆さんが集まる「さつきが丘コミュニティハウス」に赴き、スタッフの皆さんに青葉区の歴史や言い伝え、その他あること無いこと(無いことは私の推理です)を講演?いたしました。
鶴見川のこと、大山街道のこと、絹の道のこと、驚神社、鉄神社、剱神社、杉山神社、真福寺、徳恩寺、祥泉院などの縁起から、ウルトラマン、金妻、私鉄沿線97分署のロケ情報(そんなものいらん)まで、その長いこと。話し始めたら止まらないのが不肖たる所以。それでも熱心に聴いてくださったスタッフの皆さま、その節はご迷惑をおかけしました。
早渕川フィールドワーク
とりとめもない話の中から、脚本家の、かめおかゆみこさんの琴線にふれたのは、「早渕川」の話でした。早渕川流域の二つの村、石川村と荏田村との間で起こった水争いの伝説、驚神社にまつわる様々な言い伝え、牛込の獅子舞の伝承と奉納、平川の大灯籠などなど。
「それならば横溝さんが詳しいですよ」
新石川在住の郷土史家・横溝潔さんが『山内のあゆみ』という著者の中で、このことを書かれている。数日後、横溝さんに連絡を取り、かめおかさんを案内して、ご自宅を訪ねました。
大きな村絵図を広げながら、子どもの頃の石川村や当時の祭りの様子を語る横溝さん。かめおかさんは、昭和四十年代に起きた早渕川の氾濫の話に、何か感じるものがあったようです。

更にイメージを膨らませるため、実際に早渕川の流域を歩いてみようということになり、後日、かめおかさんと、演出の井上弘久さん、音楽を担当されている金子忍さんの三人を案内してフィールドワークに出かけました。
お忙しい皆さんのスケジュール調整をして、決まった日時は八月の第三日曜日午前9時。張り切って準備を進めていたのはいいのですが、その日はFMサルースの番組(ひろたりあんエスプレッソ)に出演する日、その時間。それを前日になって気が付いたのです。恐怖のダブルブッキング。どうしたものかと、慌ててパーソナリティの有馬ゆみこさんに連絡すると、「では、時間前にスタジオに来てください。宮澤さんのコーナーは録音しますから」と優しいひと言。なるほど、その手があったか。当日、何もなかったような顔で待ち合わせ場所の江田駅に立っていましたが、裏には、そんな苦労があったのです。
フィールドワークは、大山街道の荏田宿から早渕川の源流までを遡ります。夏だとはいえ、アロハシャツにテンガロンハット、手には資料を入れた紙袋と、まるで東南アジアの怪しい現地ガイドです。
そんな私に、嫌な顔ひとつせず、約2時間半の行程をお付き合いくださった三人のクリエーターの皆さん。余計な話しも多々ありましたが、演出や脚本、音楽に少しでもお役に立てたなら幸いです。
★その時の様子がYoutubuでご覧にな れますよ。
★小中高生ミュージカルのブログは↓
ブログ『子どもが元気な街は、おとなも元気になれる街』
ハヤブチノヌシ、帰るとき
かめおかさんと金子さんは、十月に行われた秋の例大祭にも足を運ばれて。牛込の獅子舞を見学されました。保存会の方にも取材されていましたので、大体のイメージは固まったのかもしれません。それから一ヶ月程経った頃、スタッフの方から「今度のタイトルが決まったよ」と連絡がありました。
「ハヤブチノヌ、帰る時」そのタイトルを聞いてビックリしました。五年前の「地名推理」の記事も読んでいただけていたのです。
「主役はカエルだそうだよ」との情報に、これまた嬉しくなりました。なぜなら、私がカエラーでカエルグッズを集めているから?いやいや、私の小、中学校時代のあだ名が「ケロ」だから?(因みに、木馬座アワーのケロヨンに似ていたからだというのが、その理由である)。いずれにしろ、自然がテーマに違いありません。

天から落ちた ひとしずくの水
地表に湧きいで みなもととなり
川が生まれる はるかとおくで
うねりくだって 平地におりれば
のどをうるおし 田畑を満たす
鳥は遊ぶし 魚はおどる
人間と生きものたちの合唱。そして川の神ハヤブチノヌシの存在。
「神は神社だけにいるんじゃないんです。川にもいるし、山にもいる。私たちのまわり、どこにでもいるんですよね」
子どもたちの稽古をながめながら、つぶやいたかめおかさんの言葉です。
そうです。石にも、木にも神はいる。いつのまにか日本人は、そのことを忘れてしまったようです。
驚神社には早渕川を見守る水の神様だという言い伝えも残っています。
源流の滝には龍の姿のお不動様もありました。
現在、稽古もラストスパート、出演者の子どもたちも連日冷たい稽古場で遅くまで頑張っています。
帰ってきた青葉区小中高生ミュージカル、ぜひ足を運んでご覧になってください。 そして、自分たちの街に川が流れていることを意識してください。
早渕川の神は、いまもそこにいるのですから。
 
稽古風景のルポ 動画です。

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