■ひろたりあん通信バックナンバー
 2009年2月号
 バスに乗って旅に出ようよ
 
 鉄ちゃん大塚のぐるり途中下車の旅

  「田舎〜のバスは〜おんぼろ車♪ デコボ〜コ道を〜ガタゴト走る♪(『田舎のバス』 詞 三木鶏郎 昭和30年)」という、現代なら地方のバス会社から猛抗議を受けそうな歌が流行したことがある。

 タイヤがツギだらけだったり、牛が走行を妨げたりっていうコミックソングだ。昔の田舎のバスが「おんぼろ」だったかどうかはともかく、未整備・未舗装の「デコボコ」道を上下に跳ねながら「ガタゴト」走った記憶はある。

 母の生家は地方の県庁所在地から、20qほど離れた山里にあった。幼い頃、母に手を引かれ帰省したことがある。

 駅前からボンネット型のバスに乗り込み、市街を走行した後左折して、山里へのデコボコの一本道をガタゴト向かうのだが、情報標識がまだ少なかった時代、運転手が左折しようとした時、車内中から「違いまーす」の合唱。運転手が曲がる道を間違えるなんて、今では考えられないほどのんきな時代だったとも言える。

「このあたりだって似たようなものさ」横浜のチベットと自嘲された当地にも「田舎のバス」が走っていた時代があったのだ。遠足の思い出も含め、バスにノスタルジックな思いを馳せるのは、私だけではないと思う。

 自転車通学だった高校時代、通学定期に憧れた。バス通学、汽車通学の友人が少し羨ましかったのは、例えば警察手帳、あるいは黄門さまの印籠みたいに、提示することで手続きが免除される、そんな心地よさを味わいたいという自己顕示欲求だったかもしれない。東急バス1日乗車券なら、そんな夢を果たせるだろうか?

 


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東急バス1日乗車券 
 今回のテーマは途中下車の旅です。といっても「鉄道」ではなく「バス」。今回は鉄ちゃんでおなじみの私、大塚がバスに乗って旅をします。

「鉄道からバスに乗り換えですか? じゃあ、これからバッちゃんと呼ばなくっちゃ」と、同僚の上野女史は笑いますが、乗り換えたわけではなく、バスも特集して欲しいとの読者の声にお応えすべく、鉄バカの私がご指名を受けたのです。

「旅なんだからね。ちゃんと途中下車して歩くんだよ。大丈夫?」と宮澤さん。

 わかっています、ちゃんと心の準備はできています。身体の準備は…ま、いいでしょ。

 もうひとつ準備したのは、「東急バス1日乗車券。エコロジー&エコノミー(セコく?)に「ぶらり」するのには欠かせません。「ひと筆書きで回る」というルールも自らに課しました。

 一日何度でも乗り降りできて、たった五百円♪くわしくは、東急バスウェブサイトなどでご確認ください。なお、携帯サイトもありますので、バスに乗る直前に時間を調べることもできます。
 

携帯メールする羅漢さま
 廣田新聞店本部の最寄りのバス停、「上市が尾」で「柿23柿生行」に乗ります。始発は市が尾駅です。

 ここで注意しなければならないのが、この柿23系統は東急と小田急で共同運行されていることです。小田急バスではこの「1日乗車券」は使えません。ですので、時刻表で時間を確認します。上市が尾バス停の場合、バスの発車時間の右側に「小」と「東」の文字がふられています。「東」の文字のある時間を狙って乗りましょう。

 「上市が尾」を出ると横浜上麻生線沿いに鉄町の田園風景を見ながら進みます。終点柿生駅のひとつ手前、新中野橋で降ります。

 上麻生線沿い、ローソンの信号を右に入り、新聞店の先の狭い坂を登っていきます。身体の準備が不足している私には結構しんどい。本日一回目の山登り(ってほどでもないけど)です。

 頂上に「浄慶寺」がありました。ここは川崎有数の紫陽花の名所。初夏六月には、三千株の紫陽花が見事に咲き誇ります。もうひとつの名物はユーモラスな格好をした沢山の羅漢さま。お酒を飲んでいたり、将棋を指していたり…、携帯メールをしている羅漢さまには、笑ってしまいました。

王禅寺ってあったんだ〜
 二年ほど前に柿生駅南口のバスロータリーが商店街の裏手に移転しました。坂を少し上って、そこから「柿01たまプラーザ行」に乗ります。

 しばらくすると「裏門坂」というアナウンス。「裏門」はどこの「裏門」なのか気になっていたんですが「王禅寺」の「裏門」だったんですね。せっかくなので、王禅寺ふるさと公園を抜けて境内を散策します。公園の丘をずんずん登っていくと、「王禅寺の正門」はありました。

 本堂を見つけ「ここが王禅寺なんだ〜」地名だけでなくお寺として実在していることを実感。境内には「禅寺丸の原木」といわれる柿の木がありました。

 日本最古の甘柿の品種と言われています。普段、何気なく通っていた「裏門坂交差点」の奥に深い歴史があったのには驚きでした。

 王禅寺の西門を抜け、通りに出ます。「日立研究所下」停留所です。気分も上々なので、バス通り沿いに虹ヶ丘営業所まで、もうひとつ山越えをして歩きます。
 

富士山登頂
 虹ヶ丘営業所から「た41たまプラーザ駅行」に乗ります。この「た41系統」は運行本数が多いんです。ちなみに、時刻表で数えてみると、一日平日172本。昼間も8本/時で出発するので、時刻表を気にしなくたって大丈夫ですよ。

 平津三叉路を過ぎ、たまプラーザ駅に到着。駅の通路を抜けて南口に出ます。始発の南口ロータリーには向かわず、ズルして目の前の「たまプラーザ駅南口」バス停から「た92センター南駅行」に乗っちゃいます。

 国道二四六号を横断し、港北ニュータウンへ。「山田富士〜、山田富士〜」以前「川和富士」に行ったときに、とても見晴らしがよかったのを思い出したので、山田(やまた)の「富士」にも行ってみましょう。

 ここは以前、グリーンラインの取材のときに来た公園(山田富士公園)です。そのときは、下調べをしていなかったため「富士」があることに気づきませんでした。

 本日二回目の山登りです。ダイエットのつもりではないけど、息があがってきます。その上、山頂までもう少しというところで「おぉっと!」転びそうになってしまいました。模造富士といえど、落ちたら大変。山登りの汗の上を冷や汗が通過します。 頂上にはご丁寧に噴火口までありました。ぐるっとひと回りして景色を楽しみます。(ひと回りすることを『お鉢巡り』というそうですね)ビルの向こうに本物の富士山を見ることもできました。

 山頂から反対側を下り、白やピンクの梅の花を愛でながら、山田富士公園を通り抜け「北山田駅」バス停に出ると、先ほど乗った「た92センター南行」に乗り込みます。城山(じょうやま)の交差点を右折して、サレジオ学院の前を通り、途中の「センター北駅」で降ります。

 乗り継ぎを考えましたが、東横線方面に向かう便がここからはありません。センター南まで行ってしまえばよかったです。仕方ないので、この後の行程を考えながら散策します。
 

ダ〜ッ! と気合のまもる君
 しばらく歩いていると、また見つけてしまいました「山」を。

地下鉄の高架橋に挟まれた場所にある「吾妻山」は、茅ヶ崎城跡や中央公園などの山と合わせて、『都筑五山』と言うそうです。頂上は公園になっていて、上からなら地下鉄の行き交うのが見えそう…、鉄ちゃんの血が騒ぎ始めます。

 そんなに高くないので、ここも登ることにします。今日三回目の山登りです。ここまですれば、宮澤さんも納得してくれるかな。

 しか〜し、歴史博物館と「ミナモ」、そして最近出来た「RuLaLaこうほく」と、周りを大型店舗の建物が囲んでいて、景色を楽しむことはできませんでした。それでも、行きかう地下鉄の車両を眺めながら、ベンチでひと休みします。

 山を降りたら、歴博通りを渡り、おなじみの彼に「よっ!」とご挨拶。そう「都筑まもる君」です。交通安全を願って、いつも「ダァ〜〜〜ッ」って叫んでいますね(笑)。

 まもる君の前を通り過ぎ、大塚歳勝土遺跡公園の下の「吾妻山」バス停から乗車します。ここに停まるバスは綱44・45・49の三つの系統番号がありますが、どれも綱島行です。

 勝田橋をかすめ、左折すると中原街道に入ります。道路拡幅工事が進んでいるようです。

 東山田駅そばの百石橋西側交差点を通り過ぎ、道中坂下で右に曲がって、そのまま綱島に向かいます。

 高田交差点から綱島駅までの区間は、バスには狭い道です。東横線のガードをくぐり左折。すると、客待ちのタクシーが停まっているところで「終点です」との案内。注意しながら、バスを降ります。お年寄りや子供には危ないかもしれませんね。

 一旦駅構内に入ります。そろそろ、お腹が空いたので「弁天庵」というお蕎麦屋さんに入りました。

綱島温泉
 さて、お腹がふくれたら、ひと休みしたくなってきました。どこかないかな? 

 あっ、ありました。「弁天庵」を出て左に黄色い建物…「綱島ラドン温泉 東京園」です。以前、車で通りかかり気にはなっていたんですが、入るチャンスがありませんでした。今回は絶好の機会です。

 建物の中は「昭和」が漂っていました。長年営業されてきたからこそ醸し出されるこの雰囲気。浴場スペースには、番台もありました。

「あら、やっぱりお湯が黒いんだ」横浜温泉の特徴です。お湯は、そんなに熱くありません。出たり入ったり計三回つかりましたが、浴室にいたのは都合三十分くらい。でも温泉効果抜群、身体はポッカポッカです。

 綱島は戦前まで、一大温泉街だったそうですが(東横線の駅名も「綱島温泉」でした)、旅館として営業しているところはもうないそうで、この東京園が最後の綱島温泉になります。近代的な日帰り温泉もいいですが、この東京園もオススメですよ。
 

安全第一!
 さて、そろそろ帰る時間ですが、どうやって帰ろうか? まっすぐ綱島から市が尾に向かうバスはありません。東急バスでひと筆書きでまわるルールもありますので、ひとまず、新横浜に出ることにしました。

「綱72新横浜行」に乗ります。綱島駅のバスのターミナルは、綱島駅の高架下。商店街の道も狭いので、運転手さんも技術がいりますね。

 バスが乗り場に入って来ました。ベテランの係の人が、サービスプロバイダーさん(東急バスでは運転手のことをこう呼ぶそうです)に合図を送り誘導しています。

 バスが乗り場に納まり「プシュー」と音がして運転手さんが降りてきました。
「そうそう、今の感じでいいよ。だけど、もうすこし左に寄せた方が…」と、運転手さんに誘導係の方が声をかけていました。どうやら新人さんのようです。

 こうした指導が、安全運転につながるのですね。安全第一♪ 運転手さん、いつもありがとうございます。
 

終点は夢の中
 綱島駅構内を出ると、繁華街を抜け、高田方面に少し戻るように走った後、左折し、早渕川を渡ります。

「新田中学校」とか「新田農協前」など「新田」という停留所の名前が目に付きました。すぐ近くに「新羽(にっぱ)」があるから、聞き間違えないかなとかと心配になりました。この辺りは昔『新田村』と言って、新羽の「新」と新吉田の「田」を合わせて命名したそうです。

 亀甲橋(かめのこ橋)停留所を過ぎると、日産スタジアムの姿が見えてきました。ここから見渡せるのが「鶴見川多目的遊水池」(別名「新横浜公園」)と小机城跡です。天気がいい日は、城跡の向こうに富士山を見ることができますよ。

 新横浜に着きました。すぐに「市03市が尾行」の乗り場に向かいます。

 ロータリー及び・歩道橋が整備中なので、仮の出発所のようです。市が尾行バスは、始発なので一番後ろの席を陣取ります。発車したバスは、環状2号線を岸根交差点で右折し、横浜上麻生道路を進みます。車窓から日産スタジアムが見え…て…きま…し……zzzZ。

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「つぎは、下根〜、しもね〜…でございます」
 あっ、いけない。どうやら寝てしまったようです。佐江戸、川和はとうに過ぎ、明治三十八年創業の老舗呉服店「車屋」さんの建物の前をたった今通過しました。
 車内を見渡すと、なぜか私一人の貸し切り状態。ま、いいか。今日は三度も山に登ったし、心地よい疲れと温泉の効能があいまって、心も身体もリラックス。もう少し寝かせてください。市が尾駅に着いたら、きっと「終点ですよ♪」と起こしてくれるはずです、サービスプロバイダーさんが…♪                                              

                                     (大塚)

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