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横浜開港資料館蔵
愛郷心はだれでも持ち合わせているようで、そういう話題になると各自の「ふるさと自慢」が始まる。
それが歴史であったり、偉人であったり、風光明媚な自然や食文化だったり、自慢すべきが何もない者は何もないことすら自慢の種にする。
私は西の歴史ある港町の生まれで、そのロケーションが織りなす風土に惜しまぬ愛着を持っている。

昔「港町ブルース」という歌謡曲があった。まだ若き森進一が、北は函館から、南は鹿児島まで、港町を点々とさすらう女性の心の旅路を歌い上げてヒットしたが、その歌詞の中で、わが故郷があっさり素通りされたことが、正直たいそう不満であった。
ただ、東西を代表する横浜と神戸も歌詞に取り上げられなかったことは、あえて名のある港町を避ける作詞者の意図があり、だからこそ故郷は横浜・神戸と列する名港なのだと、今思えば勘違いも甚だしい
。
そんな理屈で、わが愛郷心をなだめていたのだが、哀愁の響きのある汽笛を流しながら外国船が入ってくる港と、大漁旗をはためかせながら漁船が入る港を、同列に語れないのは当然だ。
横浜生まれの娘は「あたし、ハマッ子だから」と、ことあるたびに自分と地方出の父親との差別化を図り父をバカにする。
確かに私には港町ヨコハマが持つ洗練されたセンスに乏しいことは認めるが、考えてみれば、娘より横浜キャリアは長いし、じゃあ私だって「ハマッ子」だ!
「そんなくだらないこと考えるお父さんって『ヒマッ子』ね」「?」「暇人ってこと」いずれにせよ、開港百五十年のキャリアには父娘共々かなわない。
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横浜の博覧会といえば、二十年前に「みなとみらい地区」で開催された『横浜博YES'89』を思い出す。
市制100周年、開港130年を記念して開催されたイベントは、平成元年の3月から10月まで、191日間という長期に渡って繰り広げられ、1300万人以上が訪れた。
その時設置された大観覧車「コスモクロック21」は、今もみなとみらいのシンボルとして活躍している(当時、世界最大)。
横浜美術館や横浜マリタイムミュージアム(横浜みなと博物館)もこの時に建てられたものだ。また、桜木町駅から桜木町ゲートを結んでいた動く歩道は、平成五年に開業したランドマークタワーの通路として健在である。
開港100周年の記念祭は、昭和三十三年に横浜公園平和球場で開催された。因みに平和球場は現在の横浜スタジアムである。
三丁目の夕日の年なので、私はまだ生まれていない。当時人気絶頂の美空ひばりさんがコンサートを開いたそうだ。
この年に建てられたのが、横浜市庁舎とマリンタワーである。
マリンタワーは、2006年の12月に営業を終了したが、開港150周年に向けて新たに生まれ変わり、今月23日(土)に再び営業を開始する。
開港50周年は明治42年(1909年)、祝賀会は当時建設中だった新港埠頭(当時の横浜港の中心、現・赤レンガ倉庫付近)で行われた。
横浜市民なら誰もが口ずさめる横浜市歌(森鴎外作詞)が作られたのも、横浜の市章が制定されたのもこの時だ。
また、「ジャックの塔」の愛称で親しまれる横浜市開港記念会館(開港記念横浜会館)が市民の寄付によって建設されることが決まったのもこの時である(竣工は大正6年6月)。
豪華な装飾が施された山車や花車、ちょうちん行列や大名行列が市内を練り歩き、イルミネーションが夜の街を照らした。
この年は、日露戦争後の不況などで、横浜は将来に対する不安を抱えていたという。しかし、約20万人の人出が出て、三日間の予定が5日間に延長されるなど、市民あげて開港記念日を盛り上げた。
その背景には、将来の不安感をふっとばそうとの市民のパワーが働いたのかもしれない。
『Y150』は開国博
そして今年、100年に一度の未曾有の経済不況だといわれる中、ついに『開国博 Y150』が開催された。
開港博ではない、開国博である。(知らなかった。いつの間に…)
4月28日のオープンに先立つ5日前、無料招待の横浜市民五千人と報道関係者のためのプレビューイベント、いわゆる内覧会があった。
私も招待されたので、どんなものかと勇んで行ってきた。 桜木町駅で下車し、信号を渡って汽車道の線路の上をスタンドバイミーの少年よろしく、胸ときめかせながら歩いて新港地区へ向かう。
運河パークに着くと、ナビオス横浜の凱旋門のような吹き抜けから、第一会場となる「Y150・はじまりの森」の白いゲートが見えてきた。
と、私は歩いてここまで来たが、歩くのが苦手な人は、桜木町駅前から「観光スポット周遊バス・あかいくつ」が出ている。料金は百円也。青葉・都筑からなら、市営地下鉄・市営バス共通一日乗車券(大人=830円)をお薦めする。
あざみ野から桜木町まで、往復で700円なので、バスに一回乗れば元は取れる。 「あかいくつ」も乗車券を見せるだけで乗れるし、開国博以外のスポットをあちこち見て回るのにとっても便利だ。
はじまりの森
「はじまりの森」会場を入ると、左手に『横浜ものがたり』のブースがあった。横浜から「はじまり」、全国に広まったあらゆるものをここで知ることができる。
年表をサラッとなぞったら、映像シアターで『横浜開港物語』というビデオを観る。横浜の町を発展させていった先人たちが時空を旅するというプチSFのドラマ仕立てだが、あのモノマネのコロッケさんが、ペリー提督や高島嘉右衛門などになりきって真面目に演じているのが妙に可笑しい。
上映時間は16分足らずだが、笑いながら横浜開港の歴史を学ぶことができる。
このゾーンで一番のお気に入りは、瓦版屋だ。私が新聞屋さんだからというわけではないが、瓦版屋の衣装に身を包んだ女の子が、朗々と横浜の「ことはじめ」についての口上を聞かせてくれる。
ややオーバーアクションだが、一生懸命さが伝わってきて、見ていて小気味良い。
ひと息ついたところで話を聞いてみた、瓦版屋は女性二人と男性一人の計三名いて、順番に演じているそうだ。途中、セリフが出てこないこともあるそうだが、「本番までには完璧に覚えます」と、爽やかに笑ってくれた。
鉄小の椅子発見
横浜ものがたりゾーンを出ると、見覚えのあるモノを発見した。ベンチである。座っているお客さんに怪訝な顔をされながら、ベンチの下を覗き込むと、「くろがねBLUE」の文字が…
やはり、二ヶ月前に鉄小学校の子どもたちが作ったベンチだ。感動の再会♪ お客さんに伝えると、同じようにベンチの下を覗き込んで「子どもが作ったとは思えないね〜」と、感心しきりだった。
ラ・マシンは休業中
そのベンチの向こうに、ベイサイドエリアの目玉、巨大なクモがいた。フランスの巨大スペクタクルアート劇団制作の『ラ・マシン』である。ところが、この日はメンテナンスのため動かないとのこと。ショック!
隣で若い女性が「なんでクモなの〜?」とつぶやいていた。誰もが抱く疑問だ。聞けば、糸を吐くクモは、会場や「横浜の夢」を紡いでいくというイメージから。同時に「WEB」つまりクモの巣型ネットワークのシンボルがクモだそうだ。(う〜ん、なんだかな〜)
クモが悪いというわけではない。どちらかというと、自分はクモが好きだ。人が通る場所に巣をこしらえて、壊されても、壊されても、また同じところに巣を張る。その健気な姿に感動すら覚える。その方が『開国博』のテーマに合っているのではないか。
開港からの発展、関東大震災や空襲で壊滅的な打撃を受けながらも、すぐに復興してきた横浜の街と人こそクモではないか!
因みに、この巨大クモが吐くのは、糸ではなく水。未来にばかり目が向いて、過去を水に流してしまわなければいいが…、おっと、せっかくの博覧会に水をさす発言でした。
買い物は無料会場で
「はじまりの森」を出たところにある赤レンガ会場は無料である。
ベイサイドエリアには、有料と無料の会場がある。開港五カ国(アメリカ・オランダ・ロシア・イギリス・フランス)と五都市(函館・新潟・横浜・神戸・長崎)の物販ゾーン『開国・開港の街』と、開港150周年のイメージキャラクター「たねまる」をモチーフにしたオリジナル商品を販売する『公式記念品ショップ』などが常設されていた。
ソンブレロ(帽子)と、その場で作ってくれる「たねまるオリジナルはんこ」に惹かれたが、買い物は後回し、次のトゥモローパーク(有料)に向かった。
ライバル登場
ここの未来シアターでは、新感覚SFファンタジー『BATON』が上映されている。タイミングがよかったので、ほとんど並ばなくて入場できた。
サーカス小屋のような会場の背もたれの無い長椅子に座ると、いきなり迫力のアクションシーンから始まった。
いきなり登場したキャラの顔がケイン・コスギに似ているな〜、と思っていたら本人だった。
役者さんを実写撮影してから特殊な技法でアニメ化するという新しい映像だそうだ。
でも、それってディズニーがやってなかったか?日本最初のカラー長編アニメ映画『白蛇伝』もそうだし…(五十年前だから誰も知らないけど…)
ま、迫力も違うしテンポも速い、それなりに楽しめる映画ではある。会場を出ると、お客さんから「子どもに見せるにはどうかな? 」という意見がチラホラ聞こえてきた。それは言えてる。不法侵入者が税関(?)を突破して、大暴れ。相手の首を飛ばしたり、自分の身体を半分切り離したり、低学年の子どもなら泣いてしまうぞ。
それともう一つ。期間を置いての三部作だから、全部見るためには三回来なくてはいけない。どんだけお金がかかるんだ?
シアターを出ると、ステージで「たねまる君」のショーをやっていた。打って変わって、こちらはほのぼのとしたショーだ。
いつの間にかたねまる君にライバルが現れたらしい。その名も『ペリーていと君』。黒船の身体に黄色い吊りあがった目。アメリカという国をイメージした造形だろうか? (デザイナーに拍手)
それに名前のダジャレ感が私好みだ。以外と人気が出るかも…。
次のスーパーハイビジョンシアターは、結構待たされた。これって腰に来るんだよね。しかも、会場には椅子が無い。そして、あっと言う間に終わった。「gift 未来へのおくりもの」というタイトルだそうだが、まったく、横浜に関係のない映像に「・・・」。シアター会場を出ると、紙の葉っぱにメッセージを書いて、巨大なビーチボールの中にエアーで送り込む装置があった。思いやりのメッセージを書こう!ということなので、「早いうちに、開国博のテーマを修正したほうがいいのでは…」と書いた。日産の電気自動車「PIVO2(ピボツー)」の展示コーナーには椅子があった…寝てしまった。
開国は平和裏に行われたのでは無い
トゥモローパークには、夜空に浮かぶ直径約20メートルの巨大な地球、アースバルーン『HOME』が浮かんでいる。
宇宙飛行士・向井千秋さんが監修した光と音と映像のダイナミックな地球環境物語が、このバルーンに映し出されるのだ。夜7時25分から5分間ずつ、四回行われる。こいつは必見だ。
ひと通り見て回ったが、『開国博』というわりに、横浜の歴史にほとんど触れていないことに違和感を覚えた。「はじまりの森」に少しだけ展示してあるだけで、そのほとんどが横浜と直接関係のないものばかりだ。会場が横浜だというだけで、テーマが今ひとつ見えてこない。
パンやアイスクリームを日本で最初に作ったとか、映画館が出来たとか、馬車が走ったとか、良い事づくめの開港、開国。それだけがクローズアップされて、 開国前後の日本の動乱や、その後の横浜の歴史には、まるっきり触れていないではないか!と憤っていたら、プロデューサーのO氏がオープニングセレモニーでこんなことを喋っていた。
「この国の開国は、平和的に行われたんです」
・・・唖然とした。この人歴史を知らないのだろうか?
「安政の大獄」や「桜田門外の変」はどうした?「生麦事件」が元で「薩英戦争」が起きたのではないのか?「尊皇攘夷」のスローガンのもと、幕末にどれだけ多くの人が死んでいったことか。外国が介入しないように、外国と戦争しないように、外国と対等に付き合える国にするために、どれだけの人が血を流し、どれだけの人が日本の行く末のために命を落としたのか。
大勢の尊い犠牲があったからこそ、開国ができたのであり、時代が変わったのである。それを忘れたら、横浜だけじゃなく日本の未来は無い!
少々、熱くなってしまったが…、はっきり言って、開国博は素晴らしいですよ〜、ぜひ皆さん会場に足を運んでくださいね〜と、手放しでオススメすることができるお祭りではないことは確かだ。そして、これまでの博覧会のように、終わったあと次世代に残せるものもないだろう。残念だけど…

久しぶりに港都ヨコハマを散策した。せっかくなので、横浜の歴史を学べるスポットをご紹介しよう。
ハマの生き証人
大桟橋入口に『横浜開港資料館』がある。その中庭で女子高生が、豊かに葉を茂らせた大きな木にカメラを向けていた。
「ペリー提督・横浜上陸の図」の右手に描かれている「タマクス(玉楠)の木」である(たねまる君はこの木の精だ)
19世紀半ばから関東大震災にいたる時期を中心に文書記録や新聞雑誌、写真や浮世絵など25万点を超える資料が収集されている。
7月まで『港都横浜の誕生〜新発見資料に見る近代化の原点』という企画展をやっているので、ぜひご覧になっていただきたい。閲覧室もあるので、横浜の歴史を学ぶために、最初に訪れたいスポットだ。
その隣に『シルク博物館』がある。
ベイサイドと我々が住む青葉・都筑のヒルサイドは、かつて絹の糸で結ばれていた。それを知らずして横浜は語れない(と、私は思う)絹服飾工芸の鑑賞だけではない。生きた蚕も展示されている。(最初は作り物かと思った)絹の歴史や技術も学ぶことができる。
5月25日から、赤レンガ倉庫1号館1Fで『横浜につながる絹の道物産展』が開催されるが、それと合わせて訪れてみるのもいいだろう。
また「都市形成」「市民のくらし」「ヨコハマ文化」の三つの側面から、横浜発展のあゆみを知ることができるのが、日本大通り駅の駅ビルにある『都市発展記念館』だ。横浜を知るためには、ここもぜひ押さえておきたい。
もちろん「開港150年」関連の展示や講演会をやっている『神奈川県立歴史博物館』もはずせない。
『日本郵船歴史博物館』、『横浜みなと博物館(旧マリタイムミュージアム)』と、これほど施設が充実している都市は他に無いだろう。
また、開港150周年記念イベントは、このベイサイドエリアだけではない。今年一年、いろいろな仕掛けやイベントが用意されている。
横浜の全18区を紹介するイベント『横浜18区紹介デー』(青葉区は6月7日、都筑区は6月20日)。
そうそう、毎年開港記念日(6月1日〜2日)に行われている『横浜開港祭』も忘れてはいけない。帆船海王丸の一般公開や花火大会など、今年は特に盛大に行われる予定だ。
といっても、私たちが住んでいるのは、ヒルサイドエリア。7月に開幕する『ヒルサイドエリアY150つながりの森』にも、ぜひ足を運んでもらいたい。
ベイサイドとは違い予算もかけていないが、ズーラシアの自然の中で、市民自らが企画出展する「市民創発プログラム」は、様々な展開が予想される。じつは私も市民創発メンバーの一人として参加している。その詳細は来月号で…。乞う、ご期待。
なんだか慌しい紹介記事になってしまったが「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」とか。
かつての横浜市民のように、五十年ぶりの開港博を楽しみながら、歴史を振り返り、不況や将来の不安をふっ飛ばせるヒントを見つけようではありませんか。


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