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中高年世代で、山歩きがブームとなっているようだ。
無謀な行動さえ戒めれば、心身ともに健康的な趣味だが、無謀かつ不健康な生活を送る無精者(私のこと)には不向きである。
それでも若い時分には、トレッキング好きの先輩に連れ回されたので、八ヶ岳あたりは結構詳しいつもりだ。
頂上での爽快な達成感や、翌日の猛烈な筋肉痛が懐かしくもある。だから、たまには家族で…と思わなくもないが、都会っ子の妻は、かつて一緒に行った甘利山(1731mの山だが1638mまで車で行ける)ですら、残り二十分の行程を私に悪態をつきつつ、いやいや登ったという苦い体験があるから、承諾はあり得ない。
それ以前に、すでに妻が山歩きに適した体型を保持していないのは、昼寝中に飼い猫が彼女のお腹への登山を楽しんでいるのを見ても明白である。
だから、わが家の「アウトドア体験」は、せいぜい河川敷でのバーベキューくらいで、この時は妻の血をひく娘も、焼肉につられて参加するが、「自然と向き合う」的な教育をおろそかにしているという反省はある。
今回の特集は古代人体験だ。古代人の生活は、究極の「アウトドア」であろう。すべて戦いの中で種を残していく。そんなご先祖様がいたから現代があるなら、それを体験させるのも教育ではないか。
だから「竪穴住居に泊まろう!」というイベントに参加しようと提案したのに「だめ、虫が出るから」とはなんだ!「古代でも外で戦うのは男で、女と子どもは一日中家にいて、帰りを待っていたのよ」妻への教育が先かもしれない。
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「大塚・歳勝土(さいかちど)遺跡」をご存じですか?
センター北駅の近く、歴史博物館に隣接した国指定の史跡です。ここで古代人体験のイベントがあるのを聞きつけたのは上野担当。
「ひろたりあんで古代人になりませんか?」
自分たちの住む町の歴史・自然について、楽しみながら関心を深めることができるようにと企画された、小学校五・六年生対象のイベントです。
都筑区青少年指導員連絡協議会・横浜市歴史博物館・都筑区役所の共催で、参加小学生や中高生ボランティアたち青少年の健全育成を目的としています。平成十二年から始まり、かれこれ10回目だそうです。
「古代人」なら、風貌的には私よりもふさわしい先輩はいます。 でも、私の名前が、遺跡と同じ「大塚」だという安易な理由で、案の定私に指令が下されました。まあ、こういうの嫌いじゃないんですけどね。
8月1日土曜日、まずまずの天気の中、『はじめ人間』になるために、私大塚はカメラ担当の上野を引き連れ歴史博物館に向かいます。
貫頭衣が着られてホッ
歴史博物館で受付をすると、貫頭衣(かんとうい)を渡されます。
ほら、昔社会科で習いましたよね、真ん中に穴が空いてあるだけの布で、頭からかぶって腰に帯ひもを巻く、古代人の衣装です。 今日はこれを身につけて古代人になるのです。
小学生に交じっての参加ですので、果たして自分が着られるかという心配はありましたが、構造がシンプルで、いわば究極のフリーサイズなので大丈夫でした。
「なかなか似合いますよ」と上野。石斧でも持てばもっと気分が出そうです。
「でもこんな栄養たっぷりの人、古代にはいませんよね」
フン! 石斧を持っていたら、彼女を成敗してやるところです。
さて、講堂で開村式があり、早速行動開始です。参加の子どもたち42名に対しスタッフは約60名。都筑区の青少年指導員、中高生ボランティア、学芸員実習の大学生の方々が、ボランティアでサポートしてくれます。
博物館館内の常設展示室に案内されました。

大塚・歳勝土遺跡は、弥生時代(約二千年前)の集落跡の大塚古墳と、その住人の墓地跡である歳勝土遺跡の総称です。そのジオラマの前で、説明を受けます。
大塚遺跡は「村を守るために周りを掘り溝(濠)をめぐらせた環濠集落」という造りになっていて、他の集落の者が攻め込んでくるのを防いでいたとのことです。溝は三メートル以上の深さがあったそうです。その集落が墓地を持っていたとはっきり特定でき、ほぼ完全な形で出土するのは大変まれなことなんだそうです。
さあ、遺跡公園に向かいます。博物館の屋上から歩道橋を渡りながら、博物館の先生の説明を聞きます。
「この下、歴史博物館通りと、さらにセンター北駅の向こう側までの範囲で、本来の遺跡があったんですよ」 すごく広かったんですね。
近くには何度も来てますが、遺跡公園に入るのは初めてです。公園内から高層マンションが見えますが、それがなかったら、古代にタイムスリップした感じになるかもしれませんね。
火のないところに…
さあ、古代人になりましょう。まずは火起こし体験です。現代はオール電化なんていうお宅もありますが、電気がない古代は、火を起こさなくては、食べ物を調理することはできません。
そこで三人ずつの組になって「まいぎり」という道具を使って火起こしをします。「まいぎり」とは、ひもでつないだ横棒を上下させることで縦棒を回転させ、溝と小さな穴を開けた板との摩擦熱で火を起こす道具です。効率よく摩擦させることで「火種(熱くなって削れてきた黒い粉)」を作るわけです。
古代人はもっと原始的な方法を用いたのでは? とも思いましたが、その辺は突っ込まないでおきます(笑)。この作業は二人で行いますが、これが、結構しんどい。
残りの一人は「火種」ができたら、麻の繊維をほぐしたものに慎重に包んで、手に持ったまま大きくぐるぐる回します。もちろん、火傷をしないように、耐熱の手袋をします。
ところが、ぐるぐる回していても、火が付かないことが多いのです。だから火が付く瞬間は、感動しますね。しんどい思いをするからこその達成感です。
私たちのグループは、女の子、男の子と私の三人での作業でしたが、女の子男の子ともにようやく二回目で火が付いた時点でタイムアップ。
私はただ「まいぎり」の棒を上下することだけで、感動を味わうことはできませんでした。少しがっかりです。
それじゃ湯呑みじゃないじゃん
次は、湯呑み作りです。材料は竹、調達のために、公園内にある竹藪に入ります。
「あっ、蚊に刺された…」
朝出てくるときまで、「かゆみ止め」を忘れないようにと思っていたのに、忘れてきました。「かゆさ」を我慢しつつ、竹の根元をのこぎりで切り、倒した竹を先ほどの場所までみんなで運びます。
各自、湯呑み作りの作業にかかります。竹の細い部分を使う子、太い部分を使う子、取っ手が付いたらまるで「ジョッキ」じゃないの? っていう大きさに切り分けている子もいます。お父さんへのお土産にしたら喜んでくれるかもしれないね。
できた湯呑みは食事の際に使えるよう、洗って乾かしておきます。
次に、黒曜石ナイフを使った、お肉を切る調理体験です。黒曜石は、黒いガラスのような石で、割って鋭く尖らせた部分を使い、包丁のように使います。槍の先の石器にも使われていたそうです。
切るお肉は『豚肉』でした。『マンモスの肉』を期待したのは私だけで、小学生のみんなは『ギャートルズ』は知らないでしょうね(笑)。このお肉は昼食の材料になります。
ひろたりあんならぬベジタリアン
そろそろ、お昼です。 私たちが、作業をしている間、ボランティアの皆さんが食事の準備を進めてくれていました。大きなお鍋とお釜で作っていたのは、カレーライスです。
突然先輩スタッフの宮澤さんが現れました。深い環濠を越えて攻め込んでくる他集落の酋長(?)のような古代顔の彼が狙っているのは、カレーライスでしょうか。
「違うだろう、かゆみ止めを届けに来てやったんだろ」さっき携帯で『かゆみ止め』を持ってきてくれるよう頼んだのは私です。
「古代人はかゆみ止めなんか使わないだろう」と意地悪を言いつつ、私に渡してくれました。
「しかし、美味そうな匂いだなあ」
すかさず上野が「だめですよ。宮澤さんの分はありません」
きっぱりと悪巧みを阻止します。
「しょうがないなぁ、牛丼屋でカレー食べるよ…トホホ』と退散していく宮澤さん。
こうして集落の平和は、一人の女傑によって守られたのでした。
さあ、食べましょう。カレーライスの付け合わせに、スティック状に切っただけのキュウリ・セロリ・ニンジンと丸のままのトマトが付いてきました。
塩をかけるだけのシンプルなものです。飯盒で炊いた古代米(濃い紫色をしています)もあります。
「カレーのおかわりは、いっぱいあるからねー」の言葉に気を良くして二杯目を食べていると「ニンジン食べてよ〜」と近くの子どもたちが寄ってたかって私に野菜たちを押し付けていきます。
古代人は好き嫌いなんかしなかったと思いますが…。食べ物を残すのは罪悪との信条から(だからこの体型です)、大量の野菜を頬張ったのでした。カレーのおかわりしなきゃよかった(苦)。
微妙に偉い古代人?
午後の部は、遺跡の見学です。
二グループに別れ、私たちは古墳(歳勝土遺跡)を先に見ることになりました。
ガイドの先生は「生死の順番と逆の、死んだところを見てから生きているところにいく、スペシャルバージョンの説明をします」 でもせっかくのユーモアも、子どもたちには伝わらなかったみたいです。
古墳は「方形周溝墓」で、発見されたうちの五基が復元されています。
「ここに埋められた人は、特別と言うほど偉い人だったわけではないですが、誰でも古墳に入れたかというと、そうでもなかったようです」
すると子どもたちの一人が「微妙に偉い人だったんだね〜」
「そうそう」と言いながらも、ガイドの先生は苦笑い。
環濠集落の遺跡(大塚遺跡)に移動します。入り口で環濠の「濠」を目の当たりにします。その外側に、柱を並べ柵にしています。柵は想像で作られたもので、実在したかは不明なんだそうです。
「濠」は、公園として整備したときはもっと深かったそうで、雨風で埋まってしまっているそうです。
入口を入って左側に、発見された当時の遺構が再現されています。全体的に一段低くなっていて、穴が所々空いています。その穴は柱が立っていたところなんだそうです。
その周りには、竪穴式住居と高床式倉庫が再現されています。
その一つ竪穴式住居に入ると、真っ暗でした。すると、そばにいた女の子が私に質問をします。「昔は、電気はなかったの?」と。あまりに素朴な疑問だったので、びっくりしましたが、「さっき『火』を起こしたでしょ。その火で明かりを取ってたんだよ」と説明しましたが、わかってもらえたでしょうか?
「竪穴式住居一つで五人生活していました」とガイドの先生。
一人の子が「狭っ」とつぶやきます。
別の子が「あっ、火災報知器がある〜」と上の方を指さし声を上げました。
すかさず、ガイドの先生が、「消火器もあるんだよ〜」
話が古代の話じゃなくなってませんか? と思いながら、お茶目なガイドの先生の楽しいお話でした。
大人でもしんどい
遺跡公園の奥にある、工房に場所を移して勾玉(まがたま)を作ります。古代人は、飾りやお守りとして身につけていたそうです。
テーブルに七人ずつ座ります。勾玉の材料の石が配られます。「青田石」という石です。消しゴム大の石に、あらかじめひもを通す穴が空いていました。
鉛筆で下書きをし、はじめは、粗い紙やすりで、だんだんと細かい紙やすりで形を整えていきます。最後に水を付けながら一番細かいやすりで傷を滑らかにしていきます。削るときに粉を吸い込まないように注意します。
あまり力を入れすぎると削り過ぎてしまうので注意! とのことでしたが、時間が限られているのでつい力が入っちゃいますね。
最後に、好きな色のひもを通して完成。仲良くなった、荏田小のお友達と、勾玉完成の記念撮影をしました。
ボランティアの皆様のご協力のもと、この地域ならではの「古代人体験」イベントは無事終了。私の生まれ育った、東京下町では絶対できない楽しい経験でした。
来年も行われる予定ですので、興味のある子たち、是非参加してみてください。
歴史博物館の先生に「歴博主催の『竪穴住居に泊まろう!』っていうイベント(下記参照)もありますので、ぜひ来てください」とお誘いを受けました。
でも、眠れないからといって、夜そっと抜け出して、コンビニにでも行ったりしたら、古代人失格でしょうね。
(大 塚)

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