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「市ヶ尾駅から河口湖行きのバスが出ているの知ってる?」
大塚さんが私に聞いてきたのは、去年の夏くらいだったと思います。
「へぇ、そうなんですか」
河口湖には何度も行っていますが、市ヶ尾から直行バスが出ているのは知りませんでした。
「次の特集記事に使えないかなぁ?ほら、秋の紅葉は夜ライトアップもされるらしいよ」
「でも、山梨県だからダメなんじゃないですか〜」
「そうか〜、そうだね。ギリギリ神奈川超えちゃってるし…、やっぱり無理だろうね」と、意外とあっさり諦めた大塚さん。それっきり、その話は忘れていたのですが…
急がば回れ
「今月号の特集企画中止になったから、差し替えの企画考えてね」と、宮澤さんが慌てて部屋に入ってきました。
「また〜、エイプリルフールですか?騙されませんよ」
その日は、ちょうど四月一日でした。
「冗談じゃないって、急がないと締め切りに間に合わないんだって」
なんでも、決まっていた企画は月末になっても調整がつかず、結局この日に中止が決定したそうです。
「そんな、急に言われても…」と、さすがの大塚さんも不満顔。
「あ、あれがあるじゃないですか、大塚さん」と、例の河口湖の話を宮澤さんに言うと、
「おお、それいいじゃん。河口湖までバスで行って、一日かけて周辺の観光スポットを回る。急がば回れとはこのことだ」
つまらないダジャレと季節的にどうなの?っていう問題はありますが、棚からぼた餅、けがの功名で、急遽『河口湖周辺観光スポット巡り』の企画が決まりました。
しかし、決まったのはいいのですが、三人とも月初めは超がつくほど多忙で、この土日には『桜まつり』のイベントなどもあり、行ける日は締め切り四日前の月曜日、たった一日しかありません。天気予報を見てみると(が〜ん)雨でした。
「これは、向こうに着いてからの足が必要ですね。じゃ、私たちは車で行きますよ。宮澤さんはバスで行って、向こうで合流しましょう」
「え〜!」直行バスの話をした大塚さん本人が、あっさりとバスをパスしてしまいました。
経費節約と言われれば仕方ありません。それに旅慣れた宮澤さんの方が、詳しい情報も取材できますもんね。
チケット購入、いざ出発!
河口湖駅行き高速バスは、JRバス関東と富士急行との共同運行。基本的には座席指定制なので、予約して乗車券を購入します。ただし、予約してなくても、空席があれば乗車できるようです。
「乗れなかったら困るから、僕がインターネットで予約しますよ」と大塚さん。
「『発車オーライネット』というサイトで、予約できました〜、片道1550円ですよ、安いなぁ!2時間ちょいで着いちゃうし、同じ時間なら電車の半分の値段ですよ。しかも、乗り換えという手間が省けて…へぇ〜」
と、ひとしきり感心していた乗り鉄の大塚さん。
高速バスネット http://www.kousokubus.net/PC/
「じゃ、弁当買いに行くついでに、コンビニ寄ってチケット受け取ってきますね」と出て行きました。
コンビニで料金を支払えば、すぐに購入できるみたいです。便利〜♪
当日はあいにくの雨でした。でも、雨天決行。チケットを手に市が尾駅バスロータリーの@番のりばから、JRバスに乗った宮澤さんが旅立っていきました。それを見送って、私たちも出発です。
河口湖駅
どうやら私たちのほうが先に着いたようです。河口湖駅前に展示保存してある富士山麓電気鉄道のウンチクを「鉄道名人」大塚さんから聞いていると、ロータリーにバスが到着しました。終点だというのに、降りてきたのは、宮澤さんを入れてたったの二人。
「みんな御殿場か富士急ハイランドで降りたんじゃないかな」と宮澤さん。
「ないかな〜…って?」
「高速にのったところまでは覚えてるんだけど…気がついたらココだった。ははは」どうやら二時間たっぷり爆睡していたみたいです。(もう、旅慣れしすぎです)
三人はまず駅前の【富士河口湖観光総合案内所】を訪ねました。案内所の屋根の上に可愛い妖精がのっかっています。
「オッ、アタエユウキダナ」と、いきなり宮澤さんがつぶやきました。
まだ寝ぼけているのかと思ったら、与勇輝(あたえ・ゆうき)という名前の人形作家さんのことでした。

「知らないの? 川崎出身の作家さんで、昭和初期の子どもの人形は表情といい仕草といい、なんともいえないんだよね」
案内所の中にチラシがありました。
河口湖畔南側にある町立の美術館『河口湖ミューズ館〜与勇輝館』のチラシです。着物を着た女の子が風呂敷包みをギュッと抱きしめている写真は、本当に生きているみたいです。
「じゃあ、この美術館行きますか?」
「美術館は写真を撮れないからね。今回はこっちにしよう」と、宮澤さんが差し出したのは『猿まわし劇場』のチラシ。
「えーっ、だったら、こっちがいいですよ」
私のオススメは『オルゴールの森美術館』です。
「だから〜、美術館はダメだっていったでしょ」
「大丈夫なんです。ここは写真撮影OKですから。取材するならこっちですよ。ね、大塚さん?」
「どっちでもいいんじゃないですか。どこでも行きますよ」
運転で疲れているせいか、いまいちモチベーションが低いようです。
「ほかにもあるかもしれないので、パンフレットとか地図とかもらっていきましょう」
ということで、『まっぷくろ』(十円)という地図の描かれたビニールのゴミ袋を買って、その中にありったけのパンフレットをごっそり入れて外に出ると、雨も少し小止みになっていました。
『オルゴールの森』や『猿まわし館』などの施設は、湖の北側、駅からだと河口湖大橋を渡って左手、湖に沿ったところにかたまってあります。バスを利用される方は、駅前からボンネット型の『河口湖周遊レトロバス』が出ています。大人1000円、こども500円で、二日間乗り放題。断然お得ですよ。
たかまる?かねたまる?
「大塚さん、猿まわし劇場じゃないですよ」
「あ、うっかりしてた」
私の意見が通って『オルゴールの森』へ行くはずが、通り過ぎてしまいました。
「あ、ちょっと待って」と宮澤さん。
「もう、決定済みだからダメですよ」
「そうじゃなくて、今『たかまる』って書いてあったんだよ」
道路沿いの和菓子屋さんらしき店の前の黄色い幟。確かに、たかまる…じゃなくて、「『かねたまる…餅』じゃないですか」
この目につくネーミングは、『金多留満(きんだるま)』というお店で売っている、きな粉餅のことでした。
UKAIオルゴールの森
「(愉快)だって、『オルゴールの森』って笑えるところなの?」
「あれは愉快じゃなくて『UKAI(うかい)』です。あざみ野にある『うかい亭』と同じ会社が経営しているんです。だいたいYが足りないじゃないですか」
でも楽しいところに間違いありません。園内は、中世ヨーロッパの王侯貴族の館や運河が再現されていて、異国情緒をたっぷり味わえます。
「カラッと晴れてるより、今日みたいな雨模様のほうが、中世ヨーロッパの雰囲気が出るよね」と、あくまでもポジティブな宮澤さんです。
庭園もいいですが、やはりオルゴールの音色を楽しまなくては。
エントランスホールには、世界最大規模のダンスオルガン、隣のメインホールでは、チェコの演奏家による弦楽四重奏の演奏や、あの映画『タイタニック』の豪華客船に搭載されるはずだった大きな自動演奏器の演奏も聴くことができます。
製作が出航に間に合わなかったことから、海に沈むことを免れたという幸運なコレクションです。
曲はもちろん「マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン」でした。
「宮澤さん、隣で口ずさむのやめてください」
「えっ、聴こえた? 静かに歌ったんだけどな〜」
「普通、歌いませんから」
メインホール、エントランスホール、そして、庭園の『時を告げるカリヨン』と踊る噴水の演奏は、時間が決められているので、園内を散策しながら、時間に合わせていつでも楽しめます。
きみまろ…?
「きみまろの店?…きみまろって何だっけ?」と、大塚さん。
「タカマロの次はキミマロか?」
「だから、タカマロじゃなくて、タカマル、…じゃなくて、カネタマロだってば!」
「カネタマルだろ」
「あーっ、まぎらわしい」
「あ、キミマロって、綾小路きみまろだ!」
そうでした。面白そうなので寄ってみることに…。
「あれから四十年!今は冷めたご飯に冷めた妻。家の中で温かいのは便座だけ」
「アハハハハハ!」
「やめてくださいよ宮澤さん、店の中で笑うのは…」 店内に置いてあるテレビを見ながら大笑い。確かに面白い…でも、恥ずかしいです。
きみまろさんは、富士河口湖町に別荘をもっているそうで、特別町民の第1号に選ばれています。
クラフトパーク
「次どうします?」
「さっき、ここに来る途中で見かけたんだけど、『クラフトパーク』がいいんじゃないかな」
「えーっ、体験工房ですよ。時間大丈夫ですか?」
「じゃ、短時間で出来るものなら大丈夫じゃない」
それは何かと工房の人に尋ねたら、即座に『ジェルキャンドル』という答えが帰ってきました。
ガラスのコップに色のついた砂を層になるように敷きつめて、その上にガラス細工の人形を置き、ゼラチンのように柔らかくて透明のジェル(ロウではありません)を上から注ぎ込むというモノ。
「経費節約、三人の合作でひとつの作品を作ろうよ」ということで、まず自分をイメージした人形をそれぞれが選びました。宮澤さんはカエル。大塚さんはクマ。私は…可愛い天使(悪魔じゃないって!)。ガラス人形は一点までが無料。あとは一個につき三百円プラスされます。
「なに、このヒモ?」
砂を入れようとした大塚さんが、そう言うなり、ヒモを引っこ抜こうとしました。
「あ、ダメですよ。キャンドルの芯なんですから」
まったく、何を作るつもりだったんでしょう。 さて、配置を終えると、ジェルは、工房の人が入れてくれます。それが冷めるまでの間、お昼にしました。
このクラフトパークには、他にも蜻蛉玉、ボトルアート、ステンドグラス、そば打ちなどが楽しめます。
食事を終えて戻ってきたら、キャンドルは完成していました。

パワースポット・浅間神社
「せっかくだから、忍野八海(おしのはっかい)に行かない」と、またまた宮澤さんの思いつきです。
忍野八海は、河口湖と山中湖のちょうど中間、帰り道です。まったく、パンフレットを沢山もらってきた意味がありません。
「この雨で、富士山は見えないし、桜もまだだから、行ってもいい写真撮れませんよ」と、いいながらも素直に従う大塚さん。
「あ、ちょっと待って」
「またですか〜」
「今、雰囲気のいい参道があったような…、古い神社か何かない?」
ナビを見ると、北口本宮冨士浅間神社(きたぐちほんぐうふじせんげんじんじゃ)とあります。
「やっぱりね。有名な『吉田の火祭り』が行われる神社だよ。ちょっと寄っていこう」
吉田の火祭りとは、静岡県島田の帯祭り、愛知県国府宮のはだか祭りとともに、日本三奇祭の一つに数えられているお祭です。
「私たちは駐車場まで車で行きますね。宮澤さんは一人で参道を歩いてきてください」
巨大な杉並木の参道をテクテクと歩いてやってきた宮澤さん、どうも様子が変です。
「鳥居をくぐると急に、頭が締め付けられるように痛くなったんだよ」
「きっと神さまの祟りですよ。何か悪いことしたんじゃないですか」と大塚さん。
「ふふふ、それだから素人は困る。これこそ神社のパワーなのだ」と、頭を押さえながら妙なことを言い出しました。宮澤さんが言うには、古い神社には浄化力があって、邪気が祓われるときに、頭痛などが起こるんだそうです。
「よほど悪いモノをためこんでいたんですね〜♪」
「君たち二人のせいで、ストレスがいっぱい溜まっていたんだ!私自身に邪気は無い!」
「ほらね、参拝をすませて神社を出たら、頭痛が治った」と、無邪気にはしゃぐ宮澤さん。確かに(邪気は無い)ようです。
忍野八海
忍野八海のメインストリートには、この天気にも関わらず大勢の観光客が訪れていました。富士山の雪解け水が地下の溶岩の間を通り、約八十年の歳月をかけて濾過された澄みきった水が湧きあがる池は、とても神秘的で、季節関係なく魅了されます。
出口池、湧池、お釜池、濁池、底抜池、鏡池、銚子池、菖蒲池という八つの池があるのですが、観光客は土産物屋さんのある湧池と濁池のまわりに集中しています。それも、中国からの人が多いようです。池の中にも中国の硬貨が沈んでいました。
「観光地は今、どこもそうだよ」
宮澤さんは川下に向かってずんずん歩いて行きます。こちらには、銚子池、お釜池など、小さいけど綺麗な池がありました。
「ほら、この景色。桜の木々も雨のおかげで、しっとりと落ち着いて、優しい印象をうけるでしょ」と、カメラを向けたのは、池ではなく小川でした。
確かに、言われてみれば懐かしい日本の原風景という感じです。
「霧がかかった山々も神々しいし、こういう雨の日だからこそ、味わえる風景なんだよ」

さすが、半世紀も生きていると、言うことが違います。でも、大人の男っていう感じがして、思わず惚れてしまいそうになりました。(やばい、やばい!)
河口湖まで来たのに、富士山も桜の花も見ることができませんでした。でも、こういう旅もありかもしれませんね。
これから新緑の季節。また違った原風景が楽しめるはず。今度はプライベートで来たくなりました。もちろん、市が尾駅発のバスに乗って…ね♪
(上野)
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