■ひろたりあん通信バックナンバー
 ▼2008年11月号
地名推理ファイル歴史探偵 高丸の地名推理ファイル」
■街道を往く 大山街道編 12

 神奈川新聞に「『絹の道』で交流・一都五県結ぶ」という記事が載った。開港150周年記念のイベントの一環だそうだ。

 製糸や養蚕で栄えた群馬、埼玉、長野、山梨、そして東京、神奈川。絹の生産地と交易路を結ぶ一都五県がひとつになって、物産展や展示イベントを行い、都市間の交流を推進していこうという企画である。

 横浜市では六つの区が参加するというので、調べてもらった。中区、保土ヶ谷区、旭区、瀬谷区。泉区、緑区の六つ。

 なるほど…(ん?)ちょっと待って! 青葉区が入っていないではないか。市ヶ尾で大山街道と交差する日野往還(横浜上麻生線)は『絹の道』と呼ばれていたと以前に書いた。だとすると、製糸工場があった川和も通るわけだから都筑区も入らなければオカシイ。日野往還とは別に、早渕川沿いのルートも考えられる。元石川にも、かつて安藤製糸場という工場があった。そこの女工さんは山梨から来ていたという。

 ここでいう『絹の道』は、JR横浜線や国道16号を想定しているのだろう。もちろん、それがメインのルートだと認めることはやぶさかではない。ただ、掲げている事業の中に、「絹等にかかわる諸調査と、その成果としての資料の作成」や「歴史的資産の保存活動」とある。養蚕地帯から横浜につながる交通路はほかにもあるし、日野往還が、そのうちの一つだったことは、厳然たる事実である。

 ぜひ、青葉区も手を上げてもらいたい。(もちろん、都筑区や麻生区も)でないと、鎌倉街道のように歴史的事実が抹殺されてしまう。なんたって、絹の道は青葉区総合庁舎のすぐ脇を通っているのだから。歴史の「つながり」を把握し、さらに、未来の「つながり」を考究していくためにも、区民の皆さんもあちらこちらで声を上げて参戦を促しましょう。

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記憶と記録
 話が逸れてしまった。青葉区もえぎ野2-1にある「ヤマト運輸・青葉営業所」。かつて、この場所にあったという『上谷本富士塚』。富士の山開きの時には、露店が並び、農耕馬による競馬が行われていたという。

「競馬が出来るほど、平坦でまっすぐな道だとすると…、たぶん、この直線ですね」

 国道246号に戻り、通ってきた道を振り返る。相変わらず、沢山の車がスピードを上げて駆け抜けていく。

「今の景色からは、馬が走っている姿など想像できませんね〜」と津屋さん。

「確かに。石原さんは、開発前の古い地図と現在の地図が頭の中でひとつになって情景が浮かんでくるとおっしゃっていましたけど…、私たちのように昔を知らない人間には無理ですね」

「それは、ここに限ったことじゃありませんよ。百人いれば百人のイメージがありますから」

 すべてがそうだ。写真が残っているとか、せめて地形に当時の面影があればイメージはできるだろう。賑わった宿場町や人々が行きかう街道だとか言われても、想像するのはテレビや映画の時代劇に登場する景色である。それで一応納得するが、心の中にはいつもモヤモヤとしたものが残っていた。

「まさに隔靴掻痒ですね。私もそうですよ。しかし、それは歴史探訪の宿命です。本当のことは、その時代に生きてなければ分からないし、古文書はそこまで親切じゃありません」

「だから、その土地で生まれ育った人に話を聞くことが大事なんですね」

 「ヤマト運輸」の十字路まで戻り左折する。ヤマダ電気の駐車場に沿って、次の十字路も左折、信号で三たび左折して再勝橋で国道246号を渡る。

「この橋は、尾根を切り通したんですね。橋のたもとにはサイカチの木があったそうですよ」と津屋さん。

再勝、再価値、ハンカチ?
 サイカチは『皀莢(そうきょう)』と書く、別名『カワラフジノキ』。日本の固有のマメ科の落葉高木で幹や枝にするどい棘がある。

 木材は薪炭や建材、家具などに利用される。棘は腫れ物やリウマチ。長くねじれた茶色い実の莢(さや)は、去痰、利尿の漢方薬として用いられ、豆はおはじきにもなる。若芽は食用にと、もういたれりつくせりの万能の樹である。(特集記事のゴンズイとはえらい違いだ)

「鎌倉幕府の御家人で葛西氏という一族がいるんですけど、ご存知ですか?」

「東北に土着した葛西氏ですね。小田原征伐に参陣しなかったために秀吉に改易されたんじゃなかったですか?」

「ええ、その葛西氏がサイカチの木をたくさん植えたという話が東北に残ってるんですよ」

「ははぁ〜分かりました。葛西が勝ちでカ・サイカチ。駄洒落ですね」

「本当のことですよ。あ、それとサイカチの実はサポニンが多く含まれているので、昔から洗剤として使われているんです。これが川を汚さず、身体にも優しい。エコロジーの観点から、最近見直されつつあるんですよ」

「価値が見直された。つまり再価値ということですか。だんだん宮澤さんの駄洒落にも慣れてきましたよ」

「い、いや…、駄洒落を言ったつもりじゃないんですけど…」

 再勝橋を渡ると住所は、もえぎ野から藤が丘に変わる。因みに、藤が丘の町名は、富士塚があったことと、野生の藤の木がいたるところにあったからだということだ。

 その先の信号で右折。坂を下る。ここからの住所はつつじが丘。右側のマンションは、8年ほど前まで『青葉台ボウル』というボウリング場であった。

 下った先のT字路を右折、『つつじが丘第二公園』に沿ってそのまま歩くと、バス通りに出る。バス通りを右に曲がって、今度は246の高架をくぐる。クネクネと曲がりくねって分かりづらいが、246号が出来る前の新道と大山道の旧道は同一だったのである。

砂利道だった当時、乗用車やトラックが砂塵をあげて疾駆する中、鼻や口に手布(ハンカチ)をあてて歩行した、と『都筑の丘に拾う』には記述されている。
                               

                             つづく 

青葉台ボウルは、現在マンションになっています。

旧道は、田園都市線の線路から、この辺りでマンション側に向かって続いていました。

 

※荏田宿〜長津田までの地図をクリアファイルブックに綴じたもの。現在もえぎ野まで完成しています。それ以降の地図は連載にあわせて随時お届けします。

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