| ■ひろたりあん通信バックナンバー |
| ▼2008年12月号 |
| 地名推理ファイル歴史探偵 高丸の地名推理ファイル」 |
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■街道を往く 大山街道編 14
ふたつの富士塚 「あったということは、塚はもう無くなっているんですよね」 料亭「青柿」の駐車場の大きな桜の樹を背にして、配水池の丘を見上げながら津屋さんがつぶやく。配水池の丘にも桜の樹が数本植わっている。 「いえ、ありますよ」と私。 「えっ、あるんですか?」
「あっ、ここにじゃないですよ。しらとり台に神鳥(しとど)前川神社という神社があるんです。そこの…」 「ああ、もしかして、あの拝殿の裏手にある富士塚ですか?」 「そうです、そうです。よくご存知で」 「それは知りませんでしたね〜」 「この先、大山街道の側ですから、あとで寄ってみましょう」
配水池を過ぎ、坂を上りきると、道は田奈に向かって下っていく。 「そういえば宮澤さん、さっき恩田には二つの富士塚があると言いませんでしたか?」 「そうなんですよ。今の富士塚は下恩田の富士塚なんですけど、ここから2キロくらい北の、桂台公園の近くの閑静な住宅街の空き地に、上恩田の富士塚があったんです」 因みに下恩田の富士塚は『供養塚』という字名で、桂台の方はズバリ『富士塚』という字名になる。 「ほぉ。それで、そちらの富士塚は残っているんですか?」 「塚は直径が25メートル、高さが5メートルほどあったそうですが、残念ながら今はありません。でも、『富士浅間大神』と刻まれた石碑や願主の名前が刻まれた水鉢などの石造物が空き地に整然と並んでいるんですよ」
「石造物?」 「こちらも綾部さんが丹念に調べられて…、そうそう、綾部さんが調査されているときに、近所の人が恐る恐るやってきて、『何をされているんですか?』と尋ねられたそうです。綾部さんが『富士塚の石碑だよ』って教えると、『ああ、よかった』と、胸をなでおろされて…、近所では、お墓だと思って近づかなかったそうですよ」 「なるほど、住宅地の中に正体不明の石碑があると気味悪いですからね。分かるような気がします」 配水池から下ってきた坂は、田奈駅の方角に向かってカーブしている。かつての大山道は信号から左に緩やかにカーブしていくが、現在その場所には住宅が建っているので、信号を左折して、国道246の手前の路地を抜けて進む。路地を入ると、いつもお世話になっているブックオフがある。続いてお世話になったことのないホテルが二軒現れる。そのホテルの前を通って坂を下ると、その先の角に墓地があった。 先ほどの信号から緩やかにカーブしてきた大山道は、ここに続いているのだ。この坂は『石塔坂(せきとうざか)』と呼ばれている。
糟屋氏と岡野氏 『武蔵風土記稿』に記された五輪の塔は、経文を納めた宝篋印塔のことで、この墓地の中に保存されている。坂をまわりこんで墓地の階段を上ると、宝篋印塔はすぐに見つかった。 元亀四年三月というから、甲斐の武田信玄が三河を進攻中、病気だか暗殺だとかで撤退を余儀なくされた前の月である。 この頃、恩田村に居住していた糟屋清印という武士が、糟屋道印と妻の妙永という夫婦の十三回忌に法華経千部を読んで弔い建立したことが銘文に刻まれている。 「糟屋氏は小田原北条氏に仕えた武士だといわれていますね。確か糟屋豊後守(ぶんごのかみ)でしたかね」 「ええ、豊後守の父母が道印と妙永ではないかと言われています。岡野房恒という長津田村の初代領主の妻が豊後守の娘だということですから、清印は豊後守の可能性もありますね」 鎌倉執権北条家の流れをくむと伝えられる岡野氏だが、房恒の父は小田原北条氏の重臣で、外交に秀でた板部岡江雪斎(いたべおか・こうせつさい)である。 江雪斎は、家康の側室で紀伊徳川家頼宣、水戸徳川家頼房の母『お万の方』の叔父にあたる。 房恒は、豊臣秀吉との小田原合戦の時に、埼玉の岩槻城を守っていて負傷。北条氏が滅亡すると、豊臣家に仕え、太閤の命で「岡野」に苗字を改めた。関ヶ原の合戦では徳川方に付き、秀忠の陣中で功を挙げ、旗本に取り立てられ、その子孫は代々長津田の領主となって明治を迎えるまでこの地を知行したのである。長津田の大林寺が菩提寺である。
「岡野氏とちがい、糟屋氏の家系も系図も不明なんですよね。もしかしたら、大山の麓の糟屋庄と何らかの関係があるのかもしれません」 相模国大住郡糟屋庄。かの太田道灌が扇谷上杉定正に謀殺された糟屋舘のあったところである。その糟屋庄に武蔵七党のひとつ横山党から出た糟屋氏がいる。鎌倉幕府の御家人として仕えたというから、あながち間違いでないのかもしれない。
国道の下のトンネルは幅員が狭く、危険だな〜と思っていたら、その隣に歩行者用のトンネルがあった。トンネルには夢と題された絵画が壁一面に描かれている。この絵は、谷本中学校の美術部の生徒が夏休みを利用して描いたそうだ。 ほのぼのとしたメルヘンチックな壁画を鑑賞しながらトンネルを抜けると、先ほどの道祖神から続く石塔坂がぐるりと円を描くように県道まで下りてきていた。 「渡辺崋山が『遊相日記』で立ち寄った恩田茶屋は、この辺りですね」 「柿栗売銭四十文。崋山が描いたスケッチも残されていますね」 県道を100メートルほど進むと、『神鳥前川神社』の鳥居が見えてきた。 今年の大河ドラマ『天地人』に、この神社ゆかりの人物が登場する。さて、物語のキーパーソンでもある、その人物とは誰でしょう? つづく
この恩田配水池の一画に、富士塚はあった。 ※荏田宿〜長津田までの地図をクリアファイルブックに綴じたもの。現在恩田まで完成しています。それ以降の地図は連載にあわせて随時お届けします。
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