| ■ひろたりあん通信バックナンバー |
| ▼2009年4月号 |
| 地名推理ファイル歴史探偵 高丸の地名推理ファイル」 |
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■街道を往く 大山街道編 17 片町地蔵から、百メートルほど歩いた右手道路際に石造物群がある。その右端のひと際大きい下宿の常夜灯は、宿の入口に立っていた。 「やっと長津田に着きましたね」 荏田宿から長津田宿まで二里、およそ8キロを食事休憩も入れて、およそ四時間で歩いたことになる。
「渡辺崋山が休んだという兎来(とらい)の家は、下宿を入ってすぐのところでしたね」と津屋さん。 「上下蛇行漸く長津田といへるに至る。たばこ売屋にやすらう」と、『游相(ゆうそう)日記』には記されている。 崋山とその弟子高木梧庵が休んだ「たばこ売屋」の主人は名前を万屋藤七という。号を「兎来」、画家で俳人でもある。兎来の店は、経師や行灯も商っていたそうだ。(経師とは、書画や屏風・襖などの表装をする仕事で、必殺仕事人の松岡昌宏の生業がまさにそれである) 「聞いた話では、この常夜灯の道をはさんだ反対側にあったそうですよ」
移された常夜灯 常夜灯と石造物群が無くなっていたのだ。辺りを見回すと、道路の反対側に移っていた。しかも、常夜灯はピッカピカの新品になっていた。 道を渡ってよく見てみると、笠のてっぺんの宝珠と一番下の台座だけが元のままに残っている。「そうか、無理だったんだな」大山街道歩きを敢行した一昨年の秋に見たときは、ボロボロに剥離しかけていたが、さすがに、そのまま移動することは出来なかったんだろう。
ただ、石造物の配置はまったく同じである。地神塔や馬頭観音も、綺麗な玉砂利の上に移されていた。庚申塔も覆屋(おおいや)も新しく造り替えてあるが、新しい庚申塔の後ろに、ボロボロの古い庚申塔も安置してあった。 ふと見ると、新しい常夜灯の隣に、これも真新しいお地蔵さまが立っている。以前見たときには、台座が建っているだけで、確かお地蔵さまは無かったはず。どうやら、すべて造り替えたようだ。 台座には「信女」の文字がある。戒名だろうか?横には「俗名 ひで 行年十七才」と彫られていた。十七才という若さでこの世を去った娘さん(たぶん…)の供養のために建てられたのだろう。 石造物群の右側に車が一台停められるほどのスペースがある。そこに「長津田十景」が描かれたタイルが嵌め込まれていた。 「長津田宿常夜燈保存会」の河原一昭代表にお話を伺ったところ、まっすぐ引かれた茶色のラインが大山街道を意味していて、このタイルの位置は実際の十景と同じだそうだ。「長津田に詳しい人なら、ひと目見ただけでわかりますよ」と河原さん。
@大林晩鐘(だいりんばんしょう) A御野立落雁(おのたちらくがん) B大石観桜(おおいしかんおう) C王子秋月(おうじしゅうげつ) D高尾暮雪(たかおぼせつ) E天王鶯林(てんのうおうりん) F下宿晴嵐(しもじゅくせいらん) G長坂夜雨(ながさかやう)
H長月飛蛍(ちょうげつひけい) I住撰夕照(じゅうせんせきしょう) 兎来の家は、まさに新しく移された常夜灯の裏手(材木店、株式会社カワグチの辺り)にあった。 兎来の死後、家は廃絶したが、明治時代に新倉伝左衛門さんの末娘のヨネさんが同家を再興した。その三代目が現在、新しい常夜灯の正面向かいに住まわれている新倉一也氏である。つまり、かつて常夜灯が建っていた場所の隣になる。
長津田宿の屋号 「窪田さんの家も残っていますね。やっぱり昔は酒屋さんだったんでしょうかねぇ?」 「確かに三河屋さんといえば酒屋さんですね。あれ、サザエさんの影響かと思ったら違うんですね。徳川家康が江戸に移ったときに、三河の酒、味噌、醤油などを扱う商人を一緒に連れてきたから、酒屋さんが三河屋さんになったという話ですよ」
「そうですか。窪田さんの隣の土蔵が建っている家は旅館だったとお聞きしたんですけど」 「松本という旅館です。游相日記に出てくる琴松の家ですね」 「あ、そうでしたか」 兎来の家で崋山らが酒や蕎麦を振舞われて接待されているときに、松五郎という農夫が現れて、話の仲間入りをしたと書かれている。その松五郎も俳句をたしなむ。琴松は松五郎の号だ。琴松は、崋山から絵を描いてもらっている。実は、「長津田宿常夜燈保存会」の河原一昭代表は、琴松の五代目の末裔なのだ。 「旅館は、ほかに柳屋、鈴木屋、本旅、中旅、河内屋がありますね」 「規模は荏田宿の倍ちかくあったそうですね」 「ええ、江戸から来る旅人は、長津田宿に泊まる人が多かったそうです。せんべいやでしょ、餅屋、甘酒屋、飯屋、駕籠屋、馬方もありますね。そうそう、屋号で気になったんですけど」 「はい」 「NTTの隣に居酒屋さんがありますよね」 新しい常夜灯の左側になる。
「ええ、居酒屋のりちゃん…ですね」 「その『のりちゃん』の隣に、『スナックよこ』っていうのがあるんですよ。なんだか気になって、ネットのグルメ検索で調べてみたんですよ」 「ほぉ、それで?」 「あそこの店、本当は『食事処 横田洋子』というらしいんです」 「・・・」 「最初は、真ん中の『う』の字か、最後の『た』の字が抜けたのかと思ったんですよ。だけど地図にも『スナックよこ』って出ていたんです。どこの横なのかと思ったら、ヨコタヨーコですよ。ね、笑えませんか?」 「その『よこ』というのも、長津田宿に昔からある屋号なんでしょうか?」 「いえ、ぜんぜん」 「そうですか…、じゃ、先急ぎましょう」 長津田宿の通りは、拡張工事で以前の倍以上になった。 「二十年前は、銭湯に入りたくて長津田にはよく来ていたんですよ。その頃の道は歩道もなくて狭かったな〜」
今は、宿場町を偲ぶよすがもない。
※荏田宿〜長津田までの地図をクリアファイルブックに綴じたもの。現在恩田まで完成しています。それ以降の地図は連載にあわせて随時お届けします。
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