■ひろたりあん通信バックナンバー
2010年10月号
わが街 今昔 
■青葉区美しが丘3丁目(昭和43年)



 開発が始まったばかりのたまプラーザ、美しが丘公園から保木(美しが丘西)へ抜けるバス通りの写真です。 正面に見える団地は東急の社宅、その右側がたまプラーザ団地です。撮影場所は、現在の平津三叉路のあたり。  この頃は、たまプラーザ団地から続く丘陵によって遮られ、行き止まりとなっていました。崖の上の峰道から撮影されたのでしょう。撮影角度から高さが想像されます。
 当時、道の両側は急峻な崖で、その山を削り田畑("こしっぱ""あまぬま"と呼ばれていた)を埋め立てて現在のバス通りが造られたのです。
 写真左手、下から2本目の細い道は軍事(開拓)道路と呼ばれる開発前の主要道です。  信号のない出来たばかりの直線道路では、自動車メーカーのテスト走行が行われたそうです。3台並んだスポーツカーが駅前からこの道を猛スピードで走り抜けていったとか…、当時はそんな事も許されたのでしょう。
 美しが丘1〜3丁目が誕生したのは、この翌年(昭和44年1月)のことです。  

美しが丘第6公園よりたまプラーザ駅方面を望む(平成22年10月)
写真提供 美しが丘 白木勝 さん  


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