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| ▼2010年11月号 |
| 地名推理ファイル歴史探偵 高丸の地名推理ファイル」 |
■絹の道を往く 八王子編 Vol.4![]()
いつか見た情景 八王子駅から「川口小学校(武蔵五日市)行き」に乗り、萩原橋で浅川を渡って三つめのバス停だ。住所は八王子市中野上町4丁目になる。 (もしかして、見間違いだったのでは?)
慌てて降りたのはいいが、急に不安になってきた。 (いや、確かに見た!) いずれにしろ、降りたんだからしかたない。白線を引いただけの申し訳程度の狭い歩道を対向車を気にしながら、バスで通ってきた道を引き返す。 パッと視界が開けた。民家が途絶え、現れたのは金網のフェンスに囲まれた、だだっ広い駐車場。その奥に…「あった!」車窓からチラリと見えた、あの建物に間違いない。 切妻造りの木造二階家、茶色い板壁、ガタピシと音がしそうなガラス窓…、一棟だけかと思ったら、同じ形の建物がもう一つ隣に並んでいた。 映画のセットでもテーマパークでもない、リアルな「ALWAYS三丁目の夕日」だ。
(おっと、この建物に出会ったのは、十数年前。三丁目は、まだ上映されていなかったか…) 昭和の匂いに誘われるまま、無断で駐車場の中に入り、建物に近づこうとした、その時。砂利を踏みしめる感触がスイッチになったのか、さっき網膜に映し出された8ミリフィルムの映像が、今度はビデオのように鮮明な映像となって、ふたたび目の前に現れた。 広がる田んぼ、蝉しぐれ、黒い工場、大きな屋敷、そして毛糸の香り…。 一宮(いちのみや)だ。正確には、東海道線の木曽川駅の東側になる。 小学校の頃、春と夏の休みには、名古屋から一時間ほどで行ける一宮の(いとこ)の家に泊まりがけで遊びに行っていた。現れた映像は、確かにその時の情景だった。
信じられないかもしれないが、目を開けて他のものを見ているのに、視界の端っこの方に、まったく違う景色が見えるという現象が時々起こる。(例えば、旅先の町並みや電車の車窓の風景など…) 過去に見たことのある情景が、それも鮮明に再現されるのだ。 この時も、ザリガニやドジョウ、カエルを捕まえたこと、藁を集めて田んぼの畦に秘密基地を造ったこと…、小学校の先生(もちろん、女の先生)に、花飾りをプレゼントしようとレンゲ草を摘んで枯らしてしまったこと…。土筆(ツクシ)の袴を取らされて、指が真っ黒になったことなどが、ビビッドな映像となって現れた。 田んぼは現在(いま)も残っていた。 (あの時、おばさんたちが作ってくれた、つくしの卵とじや佃煮は美味しかったな〜) な〜んて、味まで思い出していた。
「なるほど」 建物を間近に見て、その理由がわかった。 普通の木造家屋とは、明らかに違う大きさ。長さもだが、高さが尋常じゃない。屋根までの高さは、隣に駐車してある軽自動車五台分はあろうか。もしかして三層二階? 一見、古い校舎にも思えるが、屋根の上にある更に小さな屋根が、それを打ち消した。古い養蚕農家などに見られる「越(こし)屋根」だ。
いとこの家は、撚糸(ねんし)工場を経営していた。撚糸とは、糸に撚り(より)をかけること、つまり、ねじりあわせた糸のことだ。いとこの工場だけでなく、周辺にも似たような建物が建っていた気がする。 地図で調べたら原三渓の生家と5qほどしか離れていなかった。いずれにしろ、名古屋の街の中では、お目にかかれない建物。だから覚えていたのだろうか? ちなみに、木曽川駅からほど近い場所に建つ「黒川小学校」は、『功名が辻』の主人公、あの山内一豊が生まれた黒川城の跡地であった。 愛知県の一宮市は、八王子と同じ「織物の町」である。
地名の由来である尾張一の宮「真清田(ますみだ)神社」の摂社「服織(はとり)神社」には、織物の神様が祀られている。 また、七月の第四日曜を中心に行われる織物感謝祭は、仙台、平塚と並ぶ、日本三大七夕祭りの一つに数えられる。 江戸時代は絹織物が盛んだったが、明治以降は「毛織物」に移行した。この頃(昭和40年代)の撚糸工場も、もちろん絹ではなく、綿や毛織物であった。
日本機械工業梶@ といっても、すでに寮としての役割を終えたのか、ガラス戸にはカギがかけられ、建物の周りには雑草が生い茂っていた。 日本機械工業鰍フ本社工場は、この建物の道(秋川街道)を挟んだ向かい側にあった。 機械工業というから、機械部品でも製造しているのかと思ったら、なんと、世界初の消防自動二輪をはじめ、はしご車や化学消防車など、国産消防自動車のトップメーカーであった。 さらに調べると、あの片倉工業(片倉製糸紡績工業から昭和十八年に改称)の連結子会社というではないか。 つづく
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