| ■ひろたりあん通信バックナンバー |
| ▼2011年4月号 |
| 地名推理ファイル歴史探偵 高丸の地名推理ファイル」 |
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■哀悼みちのく…震災に寄せて 白河、三春、二本松、福島、相馬、小高、いわき…。福島県の中通りから浜通りをぐるっと回る「城巡り」の旅に出たのは、十八年前。関東のソメイヨシノは、すっかり花を落とし、八重桜が満開を迎える、ちょうど今頃の季節だった。 北に向かうにつれ、桜がどんどん花を付けていく。ビデオを巻き戻しているような、そんな不思議な気分。車窓の景色をずっとあきることなく眺めていた…。
知人との会食、思い出話に花が咲いた、その三日後。信じられない…いや、信じたくない悲劇が東北地方を襲った。 東北地方太平洋沖地震…。 想像をはるかに超えた津波が、太平洋沿岸部の町や村に壊滅的な被害をもたらしたのだ。
陸奥の思い出
南北朝争乱から戦国時代まで約260年間、平将門の末裔を標榜する相馬氏が本拠を置いた町。将門の故事にならって、毎年七月に『相馬野馬追ひ祭』が行われる。 この町も明治以降は絹織物が盛んであった。 城跡の高台には『小高神社』が建つ。川の氾濫原にあるためか、別名を浮船城という。
今回、津波という海の氾濫に加え、原発事故という文明の反乱…人災が加わった。住民の方の無事を祈らずにはいられない。 小高だけじゃない。釜石、宮古、一年半前に行った石巻、そして女川も…爆心地のように変わり果てていた。
三陸の北リアス線、宮沢賢治の童話『グスコーブドリの伝記』から「カルボナードしまのこし」という愛称がつけられた駅舎も流されたという。行ったのは台風の時期。駅近くの防波堤を歩いていたら、おりからの強風で、大きな石が波と一緒に飛んできたのを思い出した。 宮沢賢治のふる里、岩手県花巻を訪ねたのは30年前。以来、東北の美しさと、そこに暮らす人々の優しさに魅了され、何度も何度も足を向けた。 今回の被災地の半分は、二度以上訪れている。 迷子になって道を尋ねたら、近くの人みんなに声をかけ、一緒に悩みながら近道を教えてくれた農家のおばちゃん、急な雷雨に、軒先を借りて雨宿りしていたら、「乗ってけ」と、車で博物館まで送ってくれたお菓子屋さん。「食わねっか?」と、どこの馬の骨とも知れない私に、お昼を用意してくれた旧家の当主。夜が明けるまで酒を酌み交わした地元の人は数えきれない。 「今の自分があるのは、東北の御陰」 こう書くと、追従や便乗に取られるかも知れないが、嘘じゃない。単なる城マニアの自分に、地名推理という歴史の新しい見方を教えてくれたのも東北。東北が無ければ歴史探偵は存在していないと言っても過言ではない。
そもそも、「高丸」というペンネーム自体、東北ゆかりの名前なのだから。
高丸の意志 都人は異族、野蛮人の暮らす国だと蔑んだ。その異郷の地に金(きん)が出た。色めき立った中央政権の侵略は、その時始まった。
中央の歴史では、(蝦夷の反乱、蝦夷征討)と記されているが、そうではない。これは侵略である。 だが、幾度となく侵攻を試みた朝廷の大軍も蝦夷軍の巧妙なゲリラ戦によって、ことごとく撃退させられた。指揮をとったのは、胆沢を本拠とする蝦夷の長、その名も「阿弖流為(アテルイ)」。 彼の知略によって朝廷軍は何度も煮え湯を飲まされたが、二十年近くに及ぶ戦争のため国土が疲弊し、最後は征夷大将軍・坂上田村麻呂の懐柔工作によって和睦。 しかし、都に上る途中、アテルイは朝廷の騙し討ちにあい首を斬られた。 大阪府枚方市にアテルイの首塚があり、隣接する【片埜(かたの)神社】で毎年慰霊祭が行われている。私も二度ほど参列させていただいた。 岩手県平泉に坂上田村麻呂が、蝦夷を討伐した記念として建てた『達谷窟(たっこくのいわや)毘沙門堂』がある。 そこの縁起に「延暦二十年、大将軍(田村麻呂)は、窟(いわや)に篭る蝦夷を激戦の末に打ち破り、悪路王・赤頭・高丸の首を刎ね、遂に蝦夷を平定した」とある。
賊将として記されたこの「高丸」こそ、我が名の由来である。 陸奥は(道の奥)、つまり道が無い(悪路)。阿弖流為は『悪路王』とも呼ばれる。赤頭や高丸らは、悪路王の部下だったとも、また蝦夷の一部族の総称だとも云われる。
南北朝時代に書かれた『諏訪大明神絵詞』では、「桓武天皇の御世、夷である安倍高丸が暴悪した時・・・勅を奉って追討した」とある。つまり、阿弖流為の別名だという説だ。 どこかでお会いした時にガッカリするので、くれぐれもEXILEのヴォーカルを想像しないでほしい。どちらかと言えば、同名のものまねタレントか…。 『高丸』を名乗ったのは、東北の英雄「阿弖流為」が、その後の歴史から抹殺され、仇である田村麻呂が東北の英雄にすり替わったことへの反発であり、敗者の歴史、地方の歴史にこそ真実があるという確信。勝者が書き換えてきた歴史(定説)への抵抗である。 金という都の贅沢品、蝦夷にとっては無用の長物によって東北の地は蹂躙され、長く差別を受けてきた。 現代の原発の問題も、まったく同じ構図ではないか! どれだけ東北に依存すれば気がすむのか! 震災について少しだけ触れるつもりが、こみあげる思いを抑えきれず、途中何度も泣きながら、結局最後まで書いてしまった…陳謝。
被災地の一刻も早い復興と、一人でも多くの人に笑顔が戻ることを心から願ってやまない。
歴史探偵・高丸の思いつくままの漫筆、雑筆 |