| ■ひろたりあん通信バックナンバー |
| ▼2011年5月号 |
| わが街 今昔 |
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■都筑区荏田南町(昭和48年頃)
荏田小学校の南側に広がる田園風景です。ここから南に向かって伸びる谷戸を柚木(ゆのき)谷戸と呼びます。左手の用水路には、メダカが泳ぎ、亀もいたそうです。 剱神社の参道は荏田小学校の敷地を通り、この用水が早渕川に合流する水門付近まで続いていたそうで、水門付近に鳥居が建っていたことから、『とりい戸』という名前で呼ばれていました。 柚木の集落は広く、写真中央の森の向こうを「中村」。その先、荏田東第一小学校の辺りを「京塚」。右側の丘から西に向かって「権現谷戸」。他に「折田」「華蔵台」など11箇所の字がありました。剱神社の手前のこの辺りは字「宮前」呼ばれています。 荏田の古老は「ゆのき」ではなく「えのき」と呼んでいました。参道付近に榎の大木があったことが理由で、それが柚木の地名の起源だという話も伝わっています。 宮前の田んぼでは、毎年荏田小学校の子どもたちによって、田植えと稲刈りが行われています。ゆるやかな変化もまた、「わが街今昔」なのです。
荏田小学校裏手より南側の田園を望む(平成23年) 当コーナーでは、この地域の古い時代の写真を募集しています。大まかな時代と場所が特定できる写真をお貸しいただける方は、ハガキ、FAX、またはひろたりあん編集部までご応募ください。提供者には謝礼を差し上げます。 |