| ■ひろたりあん通信バックナンバー |
| ▼2011年12月号 |
| 夢の吹く丘 〜都筑の丘のすばらしき人々〜 |
■ぎゃらりぃ陶遊 河村
亘依( のぶよ) さん![]() 「良い生き方を!〜心がける〜 丸い心でいつもニコニコ 心やさしく穏やかに…、人のため世の中のために…」 丁寧な文字で書かれた小さな紙片。一昨年、がんで亡くなられた河村さんのご主人の遺品の中から、領収書と一緒に見つかったメモだ。死後に発見された宮沢賢治の「雨ニモマケズ」の詩と同様、その人の飾り気のない真心と人柄が感じられて胸が熱くなった。
被災地の子供を救う会
あの事とは…3・11の大震災である。最愛の人を亡くされ、悲しみにくれながら暮らしていた河村さんと娘さんは「何かしないではいられない」という思いに「揺り動かされ」すぐに、友人たちに電話をかけた。 「子供たちが寒い思いをしているだろう、お腹をすかしているに違いないと考えて、支援物資を送ることにしたんです。でも、どうしたらいいのか方法が分からなかったんですね。たまたま浩太郎君の名刺があったので相談したら、すぐに動いてくれて、物資や募金の送り先などを調べてくれたんです」 浩太郎君とは、春の選挙で初当選した市会議員の藤崎浩太郎氏だ。 友人が支援を呼びかけるサイトを立ち上げ、娘さんがチラシを作り、皆で街頭に立って募金を募った。 「全国からものすごい問い合わせで、お店の中も、支援物資で足の踏み場もないくらい。組織が何も無かったのに、人の気持ちっていうのはあんなに動くものなのだなと思いましたね」 しかし、物流の停滞、支援物資の受け取り拒否(新品でないと受付けないという不合理な規制)などがあり、すべてがスムーズに運んだわけではなかった。 「突き当たると何かが開ける。突き当たると前が開ける。みんなの善意で動いている時っていうのはそうなんですね。平凡な主婦と娘がやろうとして出来ることじゃないんですよ」 結果、250万円以上の義援金が集り、山形県天童市を経由した支援物資も第一便、第二便合わせて160箱以上が宮城県の被災地に送られた。
『ぎゃらりぃ陶遊』
「主婦が家庭のことをしながら、こういうお店を出すというのは、(走り)だったんですね。当時としては…」 女優の原日出子さんをはじめ、友だちの家に遊びに行くような感じで気軽に訪れる常連のお客さんも少なくない。 ご主人の看病もあり、二年ほどお店を休まれていたが、この十月にふたたび営業を再開された。「主人からも亡くなる時に『この店をちゃんと続けていってね』って言われていたんですけど、なかなか出来なくて、お友達に背中を押されるようにして…木、金、土と週三日だけ開けることにしたんです」
週三日にされたのには理由がある。 「がん患者ではなく、がん患者のご家族に対する心のケア。患者さんには、お医者さんが付いてくださってますけど、その家族って、とても不安だし、心もすごく悲しいし…、そういう人たちの心のケアが出来るボランティアができないかな?て考えたんですね。月火水を空けてるのは、そういう方たちのために何か出来ないか?と、そいういう意味もあって、あえて三日にしたんです」
土鍋のような生き方 店内にはたくさんの土鍋が並べられていた。眺めているだけで土のぬくもりと優しさを感じる。丸くて、深くて、大きくて…。思わず、ご主人が残されたメモを思い出した。 ヤマハのポピュラーソングコンテスト(ポプコン)など、大きな音楽祭のプロデュースを数多く手がけられたご主人、ご自分の結婚も、ご自分の葬儀までも、ご自身でプロデュースされたという。 迎える死をわきまえ、残りの人生の一日、一日を悔い無く生き、最期に「幸せだよ」と感謝の言葉を残して旅立たれた。 良い生き方は、良い死に方。メモの生き方を実践されたご主人に拍手。
そういう人に私もなりたい。いや、せめて…土鍋のような人間に、私はなりた〜い。 宮澤高広
ぎゃらりぃ陶遊 青葉区あざみ野 4−39−10 TEL 902-4776 木、金、土曜日 営業 E-mail nobuyo@touyu.jp
歴史探偵・高丸の思いつくままの漫筆、雑筆 |