■ひろたりあん通信バックナンバー
2012年2月号
わが街 今昔 
青葉区新石川1丁目(昭和44年1月)
 

  横浜市立山内小学校の開校は明治6年。谷本、鉄、田奈と並んで青葉区では最も古い小学校である。

 写真の木造校舎は昭和12年に建てられたもの。それ以前は桑畑だったという。当時の名前は『都筑郡山内尋常小学校』で、その二年後に『横浜市立山内小学校』に名前が変わったが、さらに二年後の昭和16年、日中戦争後の社会情勢によって設けられた国民学校令によって『山内国民学校』となった。

 再び『山内小学校』に戻るのは戦後の昭和22年である。

 昭和42年4月、農業実習の畑だった場所に鉄筋校舎(写真右・C棟)が増築された。その年、創立九〇周年記念の行事が行われ、校歌と校章が制定される。

 翌年、児童数増加に伴い美しが丘にプレハブの分校(元石川分校)が建てられた。現在の美しが丘小学校だ。

 昭和50年夏、戦中戦後から高度成長期と山内の子どもたちを見守ってきた木造校舎が壊され、鉄筋三階建ての新校舎A棟とB棟が誕生した。ただ、区画整理の対象外であった小学校界隈は、曲がりくねった旧道とともに今も昔の面影が残されている。
 

 

十字屋さん手前の高台から、山内小学校を望む。(平成24年) 

写真提供 : 飯島一世さん

 

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