■ひろたりあん通信バックナンバー
▼2012年4月号
わが街 今昔 
青葉区市ヶ尾町 昭和44年7月
 

 港北区から緑区が分区した年の市が尾駅東口の風景。区画整理が終わり、宅地分譲が始まった頃です。

 白い大きなテントは分譲住宅の受付のためのもの。開発される以前、駅周辺は港北区字鹿ケ谷(かがや)、その奥は字鶴蒔(つるまき)と呼ばれ、荏田西方面にかけては雑木の山が続いていました。

 市が尾駅開業は昭和41年。当初、駅には東口が無かったため、住民は大きく迂回しなければいけませんでした。

 市ヶ尾の開発においては数多くの古代遺跡が発見されています。なかでも特筆されるのが、昭和41年の4月に写真右手奥の高台から見つかった『朝光寺原遺跡(ちょうこうじばらいせき)』。

 関東地方で初めて見つかった弥生時代中期の環濠集落(溝で囲まれたムラ)や、竪穴住居からまとまって見つかった櫛で描いた波の文様がついた土器(後に『朝光寺原式土器』という形式が設定された)。また、古墳から発掘された鉄製の冑(かぶと)や武具など、どれも学術的に非常に高い評価を得ています。

 古代から現代まで連綿と人々が住み続けた土地、それだけ住環境に適していたということでしょう。

 駅前にお店が建ち始めるのは昭和50年代。現在は東口商栄会として、数多くの商店や飲食店が軒を連ね賑わっています。
 

 

 

プラザビル7階テラスより駅東口方面を望む(平成24年4月)

写真提供 : 市ヶ尾町 青木さん

 

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