■ひろたりあん通信バックナンバー
▼2012年6月号
わが街 今昔 
青葉区市ヶ尾町 大正14 (1925) 年6月15日
 

 「平三郎水野先生は、愛知縣丹羽郡大口村の人、明治四年を以て生る。資性皎潔熱誠旦覇気に富み、壮時遠大の志を懐(いだ)きて武州都筑郡中里村に居を移し、明治四十年、武蔵蠶業金城社を創立して、此地育蠶団体の嚆矢を成す」

 市ヶ尾の朝光寺に建てられた『謝恩碑』の一文です。

 明治から大正時代にかけて、中里村を含む鶴見川流域の村々に養蚕を指導して回った水野平三郎氏の居宅は市ヶ尾にありました。

 記念写真は、平三郎氏が興した『武蔵蚕業・金城社』の新築の事務所から生繭が出荷される様子です。各村の養蚕農家から集められた繭は、馬車に乗せられ製糸工場に運ばれました。

 子どもの姿も見える二階は蚕室。手前の用水路(五箇村用水)の側には桑の葉が植えられているのがわかります。この細い路地は横浜と日野、八王子を結ぶ『絹の道」の一つでした。当時沿道は一面桑畑だったそうです。   
(詳細は、『地名推理ファイル・絹の道編』をお読みください)

上市ヶ尾交差点より叶野商会および廣田新聞本店(奥)を望む(平成24年)

 

写真提供 : 市ヶ尾町 水野さん

 

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