■ひろたりあん通信バックナンバー
▼2012年8月号
地名推理ファイル歴史探偵 高丸の地名推理ファイル」
■絹の道を往く 探訪編(市ヶ尾) Vol.7

作家・廣田花崖
 「花崖(かがい)さんが執筆活動を行った山房(さんぼう)は、この廣田新聞店の建物の裏手になりますか?」

「ええ、昭和の初めに建てられた山房はそうです。丘の中腹なので、結構目立ったそうですよ」

 作家・廣田花崖は、廣田新聞店の創業者である。本名、鐵五郎。明治二〇(1887)年4月、神奈川県都筑郡下谷本村(現、藤が丘2丁目)に生まれる。二十代の頃、公務中の事故により下半身不随となる。

 大正八(1919)年、三十三歳の時、上市ヶ尾(現廣田新聞店)に山房を建て、執筆活動を開始。その傍ら横浜貿易新報社(現神奈川新聞)の通信部を開設する。

「大正八年に建てられた最初の山房は、日野往還に面していたそうです」

「そうですか。すると、この販売店の場所ということになりますか」

「同じ場所で文章を書いて発表しているかと思うと、畏れ多いというか、申し訳ないというか…」

「いいんじゃないですか。地元を愛する思いは、立派に跡を継いでますよ」

 歴史バカの私とは違い、農業関係、キリスト教関係、新聞小説、冒険小説、翻訳物、紀行文、俳句、短歌に少年少女雑誌の連載と、作品の幅はとんでもなく広い。

「郷土史家の相沢雅雄さんは花崖の作品を自費でずいぶん集められていますけど、花崖は決してマイナーな作家ではなかったとおっしゃってましたね」

「知名度が今ひとつなのは、どんなジャンルでも書けてしまう才能が災いしたんでしょうか?」

「それは、花崖自身も自嘲気味に書いていました。『筆量においては、どんな文人にも負けないが、文人としての見ばえがない』と…」

大きな声
「最初の山房は茅葺き屋根だったそうですけど、障子ではなく、当時としては珍しいガラス窓だったそうで、床屋さんと間違えて入ってくる人もいたそうですよ」

「ははは、よほどモダンだったんですね。そういえば、この界隈で電話を引いたのも花崖さんが最初だったそうですね?」

「電話を引いたのは、昭和八年ですから新築の山房に移ってからですね。川和から九十九本の電柱を立てて引いたそうです」

「近所の人たちがよく電話を借りにきたそうですね」

「大場町の白井(浩三)さんは、この地域の文化人第一号だっておっしゃってましたね。子供の頃、お母さんにくっついて電話を借りに来ると、『おーっ!来たかーっ!』って大声で挨拶されたそうです。勉強を教わったという子供もたくさんいたそうですよ」

養蚕農家の日常
「そういえば、代表作の『田園』に養蚕について書かれた短編がありましたね」

「あ、『養蚕の家』ですね」

 大正八年五月の末頃のある日。花崖が人力車に乗って、谷本村のT老人(谷本真司氏)の家を訪れる話だ。(以下抜粋)

 
蚕は可なり大きい家の表二室、それは十畳に八畳、それでも置き切れなくて定口(じょうぐち)の右側庭の端にある物置小屋にまで持って行ってある。すべて室の両側へ竹で棚を作って、目の及ぶ限り白い物がウヨウヨと餓えた者のように蠢いている。どの室も皆給蚕(きゅうそう)の最中だ。―略―老若男女、余計な手は一つもない。新聞が来ても気にするのは、糸相場ばかり。赤児は泣かないのが仕事、小さい子は邪魔をしないのが仕事、養蚕時ばかりはすべてが仕事の範疇に叩き込まれる。 忙しい、忙しい、眼中夜なく昼はなく飯(めし)時なく、ただ有るのは蚕のみ…

「養蚕農家の繁忙極まりない日常がよくわかりますね。その忙しさを煎じて、ヒマで遊んでいる人間に飲ませてやればいいんだ、というようなことも書かれてました」

「汗水流さないで遊んでいる人間が嫌いだったみたいですね」

「でも、最後に、『かくいう彼(花崖自身)などは、まっさきに服用しなければいけない』…というオチがあって、笑ってしまいました」

「そういうユーモアが、花崖の人間的魅力なんです」

しろきや
 新聞店から八〇mほど進むと、出口橋という橋がある。下を流れるのは大場川。ここで五箇村用水と合流する。

「このあたりに堰があって、地元では(ドンドン堰)と呼んでいたそうです」

「ほぉ、ドンドンというくらいですから水量もあったんでしょうね」

「ええ、子供たちが飛び込んで遊んでいたそうですよ。しじみも獲れたそうですから、水は綺麗だったんでしょうね」

 「出口橋」は、かつて土橋だったそうだ。橋を渡ると、旧道は左に大きくカーブを描く。
「この辺りに『しろきや』という和菓子屋さんがあったそうです」 

 正確には菓子製造卸問屋。明治初年、白井仙之助という人が創業したという。


 

高丸



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