■ひろたりあん通信バックナンバー
▼2012年11月号
わが街 今昔 
■青葉区新石川一丁目 昭和57年(1982年)

 あざみ野が石川村だった明治5年、一軒の家もなかったこの場所に一人の青年が『石田屋』という店を構えました。(写真左の土蔵のある建物)

 創業した飯島林蔵氏は、当時弱冠21際。米、味噌、醤油、砂糖といった食料品から、呉服、荒物、陶器などの生活必需品をなどを扱い、川崎市の高津や東京多摩方面からも買い物客が訪れるほど繁盛しました。
 明治三十年代には、のれん分けで呉服屋、荒物屋、酒屋、八百屋を出店。その後、理髪店、種苗店、ランプ屋、鍛冶屋、お茶屋などが店を出し、こ界隈は一躍、山内村
(明治22年、石川村と荏田村、黒須田村の飛地が合併して誕生)の中心街となったのです。

 石田屋の建物の屋根瓦は、関東大震災の時にすべり落ちて割れてしまったそうで、以降は危険防止の意味合いもあり、トタン屋根になりました。その建物も平成10年に改築。土蔵はそのまま残りました。  
 
 右手奥の曲がり角にある『三浦屋食堂』も昭和34年頃の創業。昔はパンや菓子を売る駄菓子屋さんも一緒に経営されていました。

 土蔵の前のケヤキと柿の木も当時のまま。隣のアパートも健在です。西勝寺から山内小学校の前を通り、驚神社に抜けるこの旧道(県道横浜生田線)は、今でも所々に昔日の面影を残している。

JA山内、渋谷サイクル前より驚神社方面を望む(平成24年) 

写真提供 : 廣田新聞
 

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