■ひろたりあん通信バックナンバー
▼2013年2月号
地名推理ファイル歴史探偵 高丸の地名推理ファイル」
■絹の道を往く 探訪編(鉄 町)Vol.3
 みたけ台の祥泉院から、鶴見川に架かる「宮前橋」を渡って鉄町に入る道路が、横浜上麻生道路(日野往還の旧道)にぶつかるT字の交差点。

  その北側の高台に中鉄(なかくろがね)村の菩提寺はあった。

「そこの『中里学園入口』という信号のある交差点です。信号の少し手前の右側にお地蔵様が立っているんですけど、そのお地蔵様の脇の細い路地を入って、坂道を100mほど上っていったどんづまりが寺のあった場所だそうです」

 寺の名は『秋光寺』。みたけ台にある祥泉院(しょうせんいん)の末寺として江戸時代の初め(明暦=1655〜1657年)に創建されたという。だが、いつの時代、どういう理由で廃寺になったのかは定かではない。

村田家文書
 路地入口のお地蔵さん前に来て、二人とも立ち止まる。

「津屋さん、どうしましょう?行ってみますか?」

「いや、よしましょう。まだ先は長いですから」

「ですよね。じつはこの坂、結構しんどいんですよ」

「行かれたんですか?」

「ええ、どんづまりに竹やぶと雑木に囲まれた墓地がありました。この一画には、現在四〜五〇軒ほどの家が建っているんですけど、そこに寺があった…という雰囲気は確かに感じますね。どこが?…って聞かれると説明しづらいんですけど。これまで見た廃寺跡と似た空気は感じました」  
 
 秋光寺の創建から九〇年ほど経った延享3年(1746)、周防国(現在の山口県)の人で惣左エ門と名乗る六部修行者が、中鉄村の村田本家五代目当主であった村田藤右エ門光貞に、寺の堂宇と本尊の再興を勧め、新たに 西国三十三体観音像を造立させた。

 村田本家は、江戸時代から名主や戸長を代々務めた鉄村の旧家である。ちなみに、六部とは日本全国六六カ国を巡礼し、一国一カ所の霊場に法華経を一部ずつ納める宗教者のこと。正式には「六十六部廻国聖(かいこくひじり)」という。

「村田家の菩提寺は、みたけ台の祥泉院じゃありませんでしたか?」

「そうです。戦国時代に丹後半島から移り住んだ村田三兄弟が、鉄村と上谷本村に土着して創建したんです。開基は村田太郎左衛門祥本という人です」

「上谷本村と中鉄村に土着したんですね。納得しました」

 上谷本は、現在のみたけ台、柿の木台、もえぎ野である。

「村田一族のご先祖は足利氏の家臣だったと…祥泉院の縁起に書いてありましたね」
「自分も、そう聞いています」

 昨年、中鉄の村田家にあった古文書(こもんじょ)約2000点が横浜の『開港資料館』に寄託された。その中には、北条氏康の書状をはじめ、検地帳や人別帳など、江戸時代の村の様子を伝える貴重な資料が数多く含まれている。

「有名なのは、文化十四年の傘連判状ですね。中鉄村と寺家村の農民二十二名が、当時の領主・筧半兵衛(政房)が課した御用金が重すぎると、一致団結して訴えた時の文書です」「放射状に署名されて、血判が押されている古文書ですね」

「そうです。円を描いて署名するのは、誰が発起人であるのかを隠すためとも、連判者が平等の立場で起請したことを表すためとも言われています」

 寄託された文書は、現在、手分けをして解読に勤しまれている。この春にはその結果が発表されるとのこと。もしかすると、秋光寺の謎も明らかになるかもしれない。

大正時代の鉄

 中里学園入口の信号の脇に『田園の憂鬱由縁の地』と刻まれた高さ約2mほどの石碑が建っている。

 『田園の憂鬱』は、昭和三十五年に文化勲章を受賞した詩人で小説家の佐藤春夫の代表作だ。大正五年春に、当時「都筑郡中里村字鉄」と呼ばれていた当地に移り住んだ佐藤が、およそ九ヶ月の田園生活を素に描いた、いわば私小説である。

 石碑は『田園の憂鬱』に「村で唯一の女学生」として登場する金子美代子さん(故人、当時十八歳)が、昭和五十七年に建立したものだ。

 一筋の平坦な街道が東から西へ、また別の街道が北から南へ通じて居るあたりに、その道に沿うて一つの草深い農村があり、幾つかの卑下(へりくだ)った草屋根があった。

「妻と二匹の犬と二匹の猫」を連れて中里村にやってきた主人公(佐藤春夫自身)は、村の様子をこのように描写した。

 それはTとYとHとの大きな都市をすぐ六、七里の隣にして、 たとえば三つの劇(はげ)しい旋風(つむじかぜ)の境目に出来た真空のように、世紀からは置きっぱなしにされ、世界からは忘れられ、文明からは押し流されて、しょんぼりと置かれて居るのであった。

 東から西が大山街道、北から南が日野往還(絹の道)。Tは東京、Yは横浜、Hは八王子だ。

「宮澤さんは読まれましたか?」

「ええ、まぁ一応…」

「どうでした?

「感想ですか?う〜ん、文学作品としての評価はわかりませんけど、正直…内容は好きになれません。大正時代のこの地域の様子が描かれているので読みましたが…でなければ、読まなかったでしょうね」

「読むのが憂鬱でしたか」と津屋さんは笑う。

「それより、後日談の『お絹とその兄弟』という作品の方が断然面白いですよ。市ヶ尾の地蔵堂のことも出てきますし、なにより…泣けます」

                                             高丸








アクセスカウンター
旅ともアクセサリーアニメDVD通販フラワーアイズ
 

■前に戻る■